第31話:モグラ作戦

「年を取るって怖いな。責任感という重圧にやられて、あまり眠れなかったよ」


 まだ暗闇に包まれる明け方、ブラックオークが目覚める前に一網打尽にする作戦を決行するため、俺はいま、地上に偵察へ来ていた。


 集落の見張りを行うブラックオークは、二体。危機感が足りないのは間違いなく、ウトウトして見張りの役目が果たせていない。魔物を引き寄せる性質があるとはいえ、森の魔物が減って襲われることもなくなり、警戒心が緩んでいるんだろう。


 強襲作戦が有効に働きそうで何よりだが……、一つだけ気になるのは、ブラックオークが手に持つ武器だ。体格の割には小さな剣であり、材質が鉄っぽい。集落の雰囲気から魔物の知能を考えると、あの武器を作れるとは思えない。


 行方不明の冒険者が持っていたもの、だよな。知らない冒険者とはいえ……、いや、深く考えるのはやめよう。


 戦いを前にして、変な感情は作るべきじゃない。まずは寝坊したリズを起こそう。話はそれからだ。


 地上に続く階段を下りて地下空間へ向かうと、ベッドの上で魔物よりスヤスヤ眠るリズがいた。俺が近づいても、まったく起きる気配がない。


 街の外で寝心地が良すぎるベッドを取り出すというのは、何とも複雑な気分になる。疲れが取れる反面、こんなにも警戒心を失ってしまうのだから。


 ヨダレが垂れるほど爆睡する冒険者って、いる? 安全な地下とはいえ、ここは敵地だぞ。Cランク冒険者としては、絶対にやってはいけない失態になるだろう。


「リズ、起きろ。もうすぐ夜明けだ。早くしないと、ブラックオークが目覚めるぞ」


「あと五分だけ……」


「定番の台詞を言わなくていい。起きろ」


「う~ん……、まだ暗いよ、お父さん」


「おい、寝ぼけて父親と誤解するな。いま、ちゃんと目があっただろ。寝起きで言うなんて、本気で思ってないと出てこない言葉だぞ」


 リズが女である以上、無理やり布団を引き剥がすわけにもいかず、俺は肩を優しく揺らして起こすのだった。


「お願い、お父さん。もうちょっとだけー……」


 ***


 外が少し明るくなり始める頃、寝坊したリズと一緒に強襲ポイントへやって来た。見張りのブラックオークの視界に入らず、程よく離れた場所になる。


「恐ろしいベッドだった。今まで寝坊したことなかったのに」


 説得力は、まるでない。かなり恥ずかしかったのか、リズの顔が真っ赤である。異性に情けない姿をさらけ出したことよりも、本気で俺をお父さんと間違えたことが恥ずかしいんだろう。


 学校の先生を「お父さん」と呼び続けたような心境なのだから。


「今後は、お父さん呼び禁止だぞ」


「私だって、わざとじゃないもん。寝ぼけてて視界が悪かったというか、熟睡しすぎて目が開いてなかったというか……」


 リズが照れたり恥ずかしかったりするときにやる行動、髪の毛クルクルをやり始めたので、これ以上は突っ込まないでおく。


 昨日は神経をすり減らして尾行したし、疲れが残っているよりはいい。ブラックオークを強襲する作戦を立てたけど、俺が討伐できるような相手ではないため、相手の方が数で有利だ。


 パーティで勝つチャンスがあるとしたら、九体のブラックオークが眠り、見張りの二体が寝ぼけている、今だけになる。


「まだ起きるには暗いけど、襲撃できるぐらいの明るさになった。準備はできてるか?」


「大丈夫。もう寝ぼけてないから」


「わかった。逃げる準備はいつでもできてるし、後はリズのタイミングで始めてくれ」


 うんっと頷いたリズは、一度大きく深呼吸をした。


 さっきまで恥ずかしがっていた姿は嘘のように身を引き締め、ブラックオークを見つめる瞳は真剣そのもの。右手で杖をギュッと握りしめると、氷の槍が生成されていく。


 中級魔法で殺傷能力の高い氷魔法、アイスジャベリン。リズが一度に作れる氷の槍は二つが限度であるため、同時に討伐できるのは、ちょうど見張りのブラックオーク二体分になる。


「アイスジャベリン」

「ブヒィィィー!」

「ブヒィィィー!」


 仲間の悲痛な叫び声を聞いたブラックオークの群れは、瞬時に飛び起きた。寝起きのオークとは思えない俊敏な動きで仲間の元へ立ち寄ると、周囲を警戒。そこへ、リズの魔法が再び放たれる。


「アイスジャベリン」

「ブヒィィィー!」


「ごめん、一体外した」


「気にするな。作戦通り退避しろ」


 リズが穴の中に撤退する頃には、魔法が飛んできた方向をブラックオークに目視されるため、俺たちの居場所がバレる。怒涛の突進でこっちに来るところを見守ってやる義理はないので、土ブロックを周囲にトントントンッと敷き詰めて、穴を塞いでいく。


 天井を塞げば暗くなるが、通路に光魔法を付与したブロックがあるから、何も問題はない。


 ゴンッ!


「ブヒッ!?」


 なお、穴を塞いだ土ブロックは特別製になる。土魔法を付与した土ブロックで、重みのある耐久力抜群の『硬質ブロック』だ。よって、物理的な衝撃で壊れにくい。


 ゴンッゴンッゴンッ!


 壊れる可能性はゼロではないため、すぐに撤退してリズの後を追う。仮に壊れたとしても、通路の大きさは人間用に作ってあるので、ブラックオークは引っ掛かって通れないけど……怖い!


 今回のブラックオーク討伐戦において、俺とリズは一つの作戦を考えた。それが、モグラ作戦である。


 中級魔法で戦うリズの攻撃を活かすには、強襲チャンスを何度も作る必要があった。魔法の威力が弱いと言っても、急所を攻撃すれば致命傷になる。


 確実に討伐できるようなチャンスを作ってやれば、上級魔法が使えなくても、十分に戦うことができるだろう。その準備をするため、俺がコソコソと夜中の内に掘り進めて、通路を作っておいたんだ。ブラックオークの集落を中心にして、いくつもの出口があることで、常に敵の背後にまわり続けられる。


 ブラックオークたちがブヒブヒ叫びながら硬質ブロックを壊そうとする間に、俺とリズは合流して、第二地点に到着。天井をスコップで開けると、予想通りブラックオークの背後を取れた。


「アイスジャベリン」

「ブヒィィィー!」

「ブヒィィィー!」


 振り向いたブラックオークたちに手を振って居場所をアピールした後、硬質ブロックで塞ぐ。すると、今度はこっちにやってくる。


 単純な作戦だが、効果の高い作戦だ。魔物と正々堂々戦う必要はないし、命を懸けた戦いである以上、勝たなければ意味がない。


 リズの風魔法でブラックオークの足音を感知し、安全な穴から再び顔を出す。


「アイスジャベリン」

「ブヒィィィー!」


 魔法を放った瞬間、角度が悪いこともあり、一体のブラックオークに途中で気づかれてしまった。Cランクの魔物なだけあって、目視できる安全な距離での魔法攻撃は、避けるだけの身体能力を持っているみたいだ。


 すぐに硬質ブロックで穴を塞ぎ、地下の通路に避難する。


「ブヒブヒ……」


 当然、こんなことをしていれば、ブラックオークも学習するのは当然のこと。でも、あくまで相手は魔物だ。俺がわざと硬質ブロックを叩いて居場所を知らせれば、ドンドンドンッと足音を鳴らして近づき、硬質ブロックをガンガンッと攻撃し始める。


「アイスジャベリン」

「ブヒィィィー!」

「ブヒィィィー!」


 攻撃するリズが別の場所にいるとも知らずに。


 なお、この作戦が実行された時点で、一ヶ所の通路は封鎖せざるを得ない。俺がリズと別れたことで、硬質ブロックで穴を塞げないからだ。通路が狭いため、奥まで踏み込んで来ることはないと思うが、万が一のことを考えておいた方がいい。


「ミヤビ、残りは二体。遠距離ポイントに行ってくる」


「わかった。周囲の魔物にも警戒するんだぞ」


「任せて」


 そして、慎重になったブラックオークが背後を取られたことで、混乱状態に陥るだろう。あいつらは急に現れて怖いブヒ、姿が見えないと怖いブヒ、と。


 そこへ、おいしい餌を見せるようにリズが地上に現れることで、ブラックオークは冷静な判断ができなくなるはず。敵を倒すという魔物の本能が働き、討伐に向かうしか選択肢がないんだ。背を向ければ魔法が飛んでくるし、また見失えばどこから攻撃されるかわからないから。


「アイスジャベリン」

「ブヒッ!!」

「ブヒッ、ブブヒヒッ!」


 しかし、魔法が当たっても、最後は決死の覚悟で突っ込んでくるかもしれない。その時のパターンを想定して、途中で大きな落とし穴が設置してある。正面から攻撃したとしても、あくまで正々堂々と戦う必要はないんだから。


「ブッヒーーー………」

「ブッヒーーー………」


 ちなみに、魔物が逃走したときのことも考えていて、大きく円を描くように落とし穴を設置。最初に落とし穴があると気づかれたら、もっとブラックオークも冷静になり、闇魔法で応戦してきた可能性がある。そのため、最後の手段として落とし穴を使うことにしたんだ。


 つまり、俺の出番は戦闘が始まる前にほとんど終わっていて、リズが手柄を上げられるようにサポートするだけ。冒険者としての名声よりも、快適な暮らしができる空間を作って、のんびり素材採取をして過ごしたいよ。……一緒に冒険できる仲間がいたら、もっと楽しくなるとは思うけど。


 無事にブラックオークの討伐を終えたリズと合流すると、晴れやかな笑みを浮かべていた。


「今日の私たち、Aランク冒険者並みの活躍してない? カッコよかったよね!」


 穴を掘る荷物運びのサポーターを戦力として数えられても困ってしまうけど……、『今日の私』と言わないところが、リズの良いところである。モグラ作戦がカッコよかったかと聞かれれば、カッコ良くはないと断言できるだろう。でも、戦い方を誰かに見られたわけではないし、わざわざ否定する必要もない。


「うちの魔法使いは強いからな」

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