第22話:付与魔術Ⅰ
依頼報告を終えた後、冒険者ギルドの図書館へ向かうリズを見送り、俺は街の外へ出た。一人でいても危なくないように、街の門に近い場所で付与魔術の実験を行う。
ここなら見晴らしがいいし、何かあっても門兵さんに助けを求めやすい。冒険者らしくない行動だと思うが、俺の本職はクラフターだから気にしないことにする。
宿で火属性の付与魔術を施して、火事になるよりはマシだから。
「こっちの世界でほとんど使ってこなかったし、安全に配慮しておいた方がいい。リアルで火事を起こして、犯罪者になるのは御免だ」
誰にも被害が出ない平原で、インベントリから木ブロックを取り出して、地面に設置した。
異世界生活にも馴染んできたけど、まだまだゲーム感覚が抜け出せない部分がある。付与魔術を施した木が燃えるという現象は同じであっても、熱いと感じたことはなかった。リアルな補正に戸惑い、うまく対処できない時があるんだ。
他にも色々違う点があると怖いし、早めに付与魔術を完璧に把握しておきたい。このまま武器や防具に付与魔術を施すのは、さすがに勇気がいるからな。
今回は慎重に実験していこう。
まず初めに、素材と相性の関係を再確認する。薪を燃やす要領で木ブロックに魔力を浸透させ、付与魔術を行う。
「
内側から徐々に赤くなっていき、どんどんと木材が燃えていく。最近はリズと一緒に依頼へ向かうと、
なお、予想以上に燃えているため、バケツに入れておいた川の水で消火する。非常用の飲み水のはずが、こんな使い方をすることになるとは。水を汲んでおいて本当によかったよ。
今のボヤ騒ぎで、門兵さんに目を付けられていないことを願おう。
こんな危ない付与魔術で、どうやって装備に付与魔術を施すのか疑問に思ったかもしれないが、これは素材の相性が悪すぎるだけ。次に土ブロックを取り出して、同じように付与魔術を行う。
「
今度は発火することもなく、土ブロックに火属性が定着……するはずなんだが。
「失敗してるな。最初は良かったけど、徐々に熱を持ち始めている」
このまま温度が上昇を続けたら、対処できなくなるかもしれない。すぐに魔力を散らして、付与魔術を解除する。
「現実とゲームでは違うんだな。今まで使ってた付与魔術が失敗するなんて。こうなると、実装初期の付与魔術を試してみるしかないか」
VRMMO『ユメセカイ』では、付与魔術が導入されたときに炎上したことがある。付与魔術が難しすぎて、半分近くのプレイヤーができなかったんだ。そのため、付与魔術の方法が改善されたわけなんだが……、現実世界だと逆に問題が出るらしい。
早速、初期の付与魔術を試すため、土ブロックを魔力で包み込む。その後、風船を膨らませるように中へ魔力を注いでいく。
この方法は、全体を覆った魔力と中に注ぐ魔力を同時にコントロールする必要があり、慣れていないと難しい。最初は俺もできなくて、何日か練習を重ねてできるようになったけど、今は軽々とできてしまう。付与魔術を日課にしていた俺にとっては、これくらいの魔力操作は朝飯前だ。
「
覆っていた魔力が土ブロックに馴染み、一体化するように魔力が溶け込んでいく。今度こそ付与魔術が成功したみたいだ。
こうなると、土ブロックが火耐性の付与効果を得られる。装備やアイテムの素材や材質で付与効果が変化するため、エンチャントは奥が深くて、面白い。
元々燃える物質ではないし、燃えにくい土ができたところで使い道はないけど。
「この感じだと、さっきのも付与魔術自体が失敗したわけではなさそうだな」
実際に二つの付与魔術を比較して思うのは、『火魔法を付与していたのか、火属性を付与していたのか』の違いになるんだと思う。
火魔法をエンチャントした場合、火のエネルギーを付与するため、与える影響が大きくなる。燃えたり、熱を持ったり、場合によっては、爆発したりするだろう。
火属性をエンチャントした場合は、火の性質だけが付与されるため、危険性は少ない。風に強くて水に弱いといった、火そのものではなくて、その性質を帯びた状態になるはずだ。
「リスクが大きい反面、影響の大きい付与魔術……か。魔力量をうまく調整できれば、何とかならないかな。せっかくだし、ついでに実験してみよう」
新しい木ブロックを取り出して、最初と同じように魔力を浸透させていく。ただし、かなり薄く流し、弱い付与魔術に留める。
この作業は繊細な魔力コントロールが必要なので、意外に難しい。通常の付与魔術は、できる限り多く魔力を流して、付与効果を高める方法を取るから。
例えるなら、湯豆腐を箸でつかむような感じ。絶妙な力加減で集中力を持続させないと、失敗する原因になる。
でも俺は『月詠の塔』で使った特殊な鉱石『発光石』を綺麗に輝かせるため、付与魔術を弱く施していた経験がある。久しぶりに繊細な付与魔術を行うせいか、時間がかかっているが。
「装備には使えない娯楽要素だったけど、この世界で幅広く活用できるといいな」
神経を研ぎ澄ませて、針の穴に糸を通し続けるような気持ちで、弱い魔力を流し続けた。
魔力を集中して流しているときは身動きが取れないため、手が冷えやすい。リズも魔法を使うときはこんな気持ちなのかなと思いながら、黙々と作業を続けるのだった。
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