第13話:雨の日の買い物

 翌日、一段と冷え込みが強くなり、ザーッと雨の降る朝。寒さで目が覚めた俺は、温かいスープを求めて食堂へ向かった。


 やっぱりみんな同じことを考えていて、すでに食堂は人が多い。一足早くカウンターに座って暖を取るリズの隣に、俺は腰を下ろす。


「昨日は稼げたとはいえ、今日は依頼に出かけるのは厳しそうだな。宿だけ変えて、冒険者活動は休むか?」


 うんうんっと頷くだけで、リズは声を発しない。温かいスープを飲んでも、まだ寒いんだろう。誰よりも体をキュッと縮めているし、冷え性で血行の悪い手は、白い。


 今までどうやって過ごしてきたんだろうなーと思いつつ、宿の女将さんが俺の朝ごはんを持ってきてくれたため、温かいスープを飲み始める。


「すいません、スープのおかわりいいですか?」


 銅貨一枚、百円を支払って、追加でスープをもらうリズと一緒に。


 ***


 朝ごはんを食べ終えた俺たちは、今までで一番どんよりした顔を見せるリズと一緒に、宿を立った。


 昨日、依頼へ向かう前に買ってもらったレインコートが、早くも活躍したよ。金のなかった俺は一回断ったけど、「先輩冒険者の言うことは聞いておいて損はないの」とリズに言われ、パーティ資金という名の立て替えをしてもらった。


 なお、昨日のうちに借金と共に返済済み。親しき中にも礼儀あり、という言葉があるし、金の問題は早めに解決しておくべきだから。


 リズに先導を任せ、街中を早めのペースで歩くこと、二十分。建物が新しくて綺麗な宿に到着した。


 宿の名前は、『風雷亭』。店の名前を覚えずに迷子になった経験のある俺は、忘れないように心に刻む。


 レインコートを脱いで宿に入ると、中はほんのりと暖かい。広々とした広間に暖炉がある影響だろうか、雨に打たれて戻ってくると、火を見るだけでも落ち着く気持ちになる。


 それだけで良い宿だと思ってしまう俺は、単純なやつかもしれない。


「一人部屋を二つ、ひとまず一週間とりたいんですけど」


 早く風呂に入りたいリズは、感傷に浸る俺を置いていくが。


「お一人様、一泊で金貨二枚。一週間で金貨十四枚になりますが、よろしいですか?」


 前回の宿と比べると四倍の値段で、一泊あたり二万円になる。大金が入ったばかりとはいえ、泊り続けるには抵抗が大きい。


「全然大丈夫です」


 アッサリと払うリズと一緒に、俺も払いますけどね。


 長期滞在をするなら、普通は躊躇する値段になるだろう。数日間の旅行で贅沢するならわかるけど、毎日二万円の出費と考えれば、俺だけでも別の宿にしようかと頭によぎった。


 でも、『男』と書かれた暖簾をかきわけて、ポッカポカの湯気を出した男性が現れたんだ。絶対にあの先には、大浴場がある。


 雨に打たれて体が冷えた俺は……、気が付けば、インベントリから金を出していた。自然の脅威に対して、人は無力であることを痛感するよ。


 部屋が空いててよかったと、ホッと安心するリズを見れば、冒険者の必要経費とも言える。先輩冒険者の言うことは聞いておいて損はないと学んだばかりだし、これは贅沢ではない。自分にそう言い聞かせようと思う。


 じゃあ、早速、大浴場で体を温めよう……と言いたいところだが、後回しにする。極楽気分になってしまっては、今日一日だらける自信があるから。


「リズ、俺は街に買い物へ行ってくるよ」


「……うん、元気だね。私は宿にいるから」


 絶対にリズはだらけるだろうな。今日はずっと大浴場に入り、のんびり過ごすに違いない。護衛依頼の疲れを引きずってるかもしれないし、ゆっくり体を休めてほしい。


 もう一度レインコートを着た俺は、宿を背にして、雨の街を駆け抜けていく。


 わざわざ雨の日に買い物をしなくても……という思いもあるが、ここはゲームではなく、現実世界。昨日、初めて冒険者活動した俺は、現実の厳しさを痛感していた。


 限られた水と食料で行動し、歩行以外に移動手段がない。体力回復のために休憩すれば、体温が下がって寒くなる。雨が降れば無収入になるし、昨日のような一日で終わる高額依頼など、都合よく何度も存在しないだろう。


 怪我をしたり風邪を引いたりしたら、冒険者活動を長期間休止することもあるはず。本格的に冷え込む前に、しっかりと対策を取るべきだ。


 何より、グラウンドシープの肉をジンギスカンで食べたい! 甘辛ダレなんて贅沢は言わない、塩でいい!


 早速俺は、八百屋に直行。目の前にある大量の野菜を前に、百万円という資金力を活かして爆買いをする。


「八百屋のオッサン、店の野菜を全部半分ずつ売ってくれ」


「おいおい、大量の野菜を買い込むのに、一人で来るやつがいるか? ガキだからって、冷やかしなんてするんじゃねえよ。みっともねえ」


「先払いで払いましょうか。金貨十枚で足ります?」


「坊ちゃん、七枚もあれば大丈夫ですよ。ささっ、綺麗な箱に野菜を詰めて、お渡しいたしましょう」


 金を見せた瞬間、八百屋のオッサンの態度が豹変した。俺の見た目は若い冒険者にしか見えないし、気持ちはわからないでもないけど……調子のいい人だな。


「箱はいいですよ。インベントリに入れていきますので」


「ワイルドなインベントリをお持ちの坊ちゃんですね~」


 どういうお世辞なんだよ、と思いつつ、俺は大量の野菜をインベントリに入れるのだった。

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