312.邦奈良の都へと帰還

「もう邦奈良へと帰還ですか。寂しくなりますな」


 邦奈良へと帰ることが決まり、帰り支度をしているところにシュラム侯爵が現れた。

 さて、どんな用件だろう?


「俺たちは元々あまり長居できない立場でしたからね。この後、アグニとの戦いが控えていますので」


「アグニ……【斬鎧の武者】アグニでしたか。あれに、勝てるのですかな?」


「今年は無理ですね。去年よりも力をつけた今だからこそわかります。今の力では、到底及びません」


「それほどまでか。戦って見たいが……足を引っ張るだけですな」


「アグニも相手にしないでしょう。去年も俺の腕試しを終えて会話をした後、すぐに姿を消したそうです」


「話が通じるモンスターというのも恐ろしい。それでも挑むのでしょうな」


 シュラム侯爵が確認を取ってくるが、俺はそれに頷くだけだ。


「覚悟はすでに決まっているようだ。それならばなにも申しますまい。今回は世話になった。大量の魔術書はきっと役立てましょう」


「俺としては、邦奈良と車を使って1日の距離の街ですら、あの魔術書が広まってないことに驚いたんですけどね」


「我々もあそこまで有用だとは考えていなかったのです。王族派は取り入れているでしょうが、貴族派は……」


「派閥争いというのも大変だ」


「ですな」


 意見が一致したところで、シュラム侯爵が一歩身を引いた。

 これで話は終わり、ということだろう。


「それでは貴重な時間を割いていただき、感謝する。また、那由他が平和になりましたらお立ち寄りくだされ」


「ええ、そうします」


「それでは、御免」


 シュラム侯爵は身を翻して立ち去っていく。

 うーん、もう少し教えることがあったような気もするが、時間がないというのも困りものだな。


「フート様、荷造り終わりました」


「荷造り終わったよ!」


 シュラム侯爵と入れ替わるように、フローリカとミリアがやってくる。

 俺の方も終わっているし、後はほかの皆を待つばかりか。


「あらあら、フローリカちゃんたちに負けてしまいましたね」


「結構早く終わったと思ったんだけどなぁ」


 ミキとアヤネも合流して、後はリオンだけだ。

 先に荷造りを終えていたはずなのに、リオンはどこに行ったのだろうか?


「お待たせにゃー。ハラルトとローラントにあいさつをしていたら遅れたにゃ」


「そういえば、逆戟の皆さんにごあいさつしていませんね。どうしましょう?」


「シュラム侯爵ならさっき来たぞ。だから改めて行く必要もないだろう」


「ハラルトとローラントも必要ないにゃ。ほかは、国王陛下に任せておけば問題ないはずにゃ」


「気が利くわね、ネコ」


「まあにゃ。出発準備はよろしいですかにゃ?」


「ああ。皆、準備完了だ」


「では、国王陛下たちにあいさつをして帰りましょうかにゃ」


「そうするか」


 帰る前の報告と言うことで国王陛下たちの元へと向かう。

 陛下たちも食後のお茶を楽しんでいた時間のようで、すんなりと面会できた。


「おう、そういや今日が帰還日だったな」


「ええ。帰り道はなにもないといいんですが」


「だといいんだがなぁ。邪魔だったら倒してしまっても構わんし、面倒だったら置き去りにしていっても構わんぞ?」


「置き去りにって……ほかの一般通行者を襲う可能性は?」


「ねぇんじゃないのか? それ以前に、お前たちの車は王宮仕様の車じゃねぇし、見分けが付かないと思うんだかな」


「それもそうですね。フローリカちゃんやミリアちゃんは、テラとゼファーに挟まれて外から見えませんし」


「そういうことですな。それでも襲ってくるのでしたら、一般通行者も見境なしに襲っているわけですが……シュラム侯爵にも確認しましたがそのような報告は上がっていないと」


「じゃあ、大丈夫なのかな?」


「用心するのはいいが、あまり無理しない程度にな」


 これなら帰り道の方は安心そうだ。

 あとは……国王陛下たちの予定も確認しておくか。


「わかりました。それで、俺たちがいなくなった後の『商談』はどうなりそうなんです?」


「まずランダルによる講義が何回か行われることになっている。それから、いくつかの街を回って第六号後天性魔法覚醒施設を設置する予定だ」


「それらの街は精霊のバランスが崩れていないといいんですが」


「話に聞いた限りだと、普通の平野部に建設された街だそうだから大丈夫だろうよ。ダメだったらダメだったときに対策を練るさ」


「そうしてください。ほかに懸念事項はありますか?」


「懸念事項なぁ……軍務卿、なにかあるか?」


「いえ、私の方からは特に」


「じゃあ、ランダルは?」


「私の方からもありませんな」


「だそうだ。無事に帰ってくれれば問題ない。この後はアグニ戦に向けた修練か?」


「その予定です。少しなまっている気がしますから、連携を確認しないと」


「そうね。せめて、アグニの鎧と刀の破壊くらいはやり遂げてみせたいわ」


「そう楽な目標じゃないですけどね」


「吾輩、龍王様の剣がなかったら見学でしたからにゃあ」


「わかった。無理すんじゃねーぞ」


「ええ。それでは失礼いたします」


 国王陛下たちの前を辞して、俺たちは迎賓館の前に車を出す。

 そして、全員が所定の位置に乗り込むわけだが、ふと気になることを思い出した。


「そういえば、法神国のスパイみたいなのにも遭わなかったな?」


「出くわさないのが一番ですが、その辺も気になりますにゃ」


「昨日などは襲う絶好のタイミングでしたよね?」


「私たちがいなくなることを待っているとかは……」


「それはないと思います。私たちがいなくなったところで、黒旗隊や近衛騎士団、宮廷魔術師隊がいますから」


「うかつに攻めずに情報収集だけに徹したか?」


「かもしれませんにゃ。さて、出発しますにゃよ」


 俺たちの車は迎賓館を出発、逆戟の街を抜けてからは徐々にスピードを上げていき、夕方前には邦奈良の都へとたどり着いた。

 邦奈良に着いた後、まずフローリカを王宮へと送り届けるのだが、そこで内務卿と少し立ち話をすることになる。

 内容は、往き道で襲ってきた襲撃者たちについて。

 内務卿としても、王族派が襲ってくるとは考えにくいそうだ。

 ただ、俺の樹魔法による尋問の効果も知っているため、どうすればいいかわからないらしい。

 そんなこと相談されても困るので、とりあえず名前が出てきた貴族に注意しながら国王陛下たちの帰還を待って見てはどうかと告げておいた。

 現状維持でしかないが、俺にもさっぱりだしリオンもお手上げだそうだから無理なものは無理なんだよなぁ。


「フート様、ありがとうございました」


「どういたしまして。それじゃあ、気をつけて」


「はい。ありがとうございます」


 フローリカを離宮まで送り届けたら、ミリアを送り届けて任務完了。

 久しぶりの我が家で今日はくつろぐことに。

 明日からはアグニ戦に向けて訓練だかから、気を抜けないものな。

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