311.逆戟街歩き

「これが逆戟の街ですか。なかなか風情がありますね」


「確かに。邦奈良とはまったく違った街並みですね」


 俺たち『白夜の一角狼』の逆戟滞在最終日、つまりはフローリカとミリアの滞在最終日。

 最後の思い出作り、というわけではないが逆戟の街を散策することになった。

 案内は、シュラム侯爵の長男、ハラルトさんがしてくれている。


「逆戟は海に向かう斜面に作られた街ですからね。傾斜はなだらかですが、確実に斜めになっています。街の作りもそれ相応にしないといけなかった、と聞いています」


「そうなのですね。家の壁が白いのはなぜでしょう?」


 フローリカが目に付いたことをハラルトさんに質問する。

 ハラルトさんもそれに対して、真面目に答えてくれるから助かるよ。


「家が白い理由は、夏の日差しが強い時期に熱が少しでも和らげるためだと聞いている。今では大して意味もないのだろうがな」


「わかりました。ありがとうございます、ハラルト様」


「いや、気にしないでください。今日はどこに向かいましょう?」


 ハラルトさんに話を振られたが……どうしたものか。


「どこにか……まったく決めてないんですよね。どんなお店があるのかとか、調べる余裕がなかったもので」


「そうでしたか。では、私がおすすめするお店をいくつか回りましょう」


「よろしくお願いいたします、ハラルト様」


「いえ、では行きましょう」


 白を基調とした街並みの中、車を走らせて行く。

 たどり着いた先は、古い建築物で趣のある建物だ。


「まずは一件目ですね。逆戟オルゴール記念堂になります」


 ハラルトさんの話に興味を示したのはフローリカである。

 すぐさま、質問をし始めた。


「オルゴール記念堂、ですか?」


「はい。逆戟には街ができる前、小さな漁村だった頃からオルゴール堂があったのです。主な役割は、時間を知らせる鐘の代わりですね」


「なんだかロマンチックですね」


「記念堂は逆戟の街が建設された後、元々あったオルゴール堂を分解して建て直されたものだと聞いております。もちろん、改修はされているでしょうが」


 ハラルトさんの話が本当なら、かなり昔からある建造物ということになる。

 必要に応じて修復や改修を受けているだろうが、基盤は街ができる前のままなんだからな。


「ねえねえ、ここでなにをするの?」


 ミリアはここでなにをするのかが気になるようだ。

 ただ建物を見に来たわけではないだろう。


「そうだね。ここでは大小さまざまなオルゴールを売っている。見学だけでも楽しいから、少し寄ってみないかい?」


「わかった!」


 ミリアはアヤネに付き添われ、一番乗りで建物に入っていく。

 フローリカもうずうずしているし、俺たちも行くとするか。


「すごい……本当にさまざまなオルゴールを売っているんですね」


「ええ。非売品も中にはありますが、大半は販売品となっています」


 非売品というところでハラルトさんが目を向けたのは、壁の中央に鎮座している巨大なオルゴール。

 年季も入っているし、あれが一番の例外品なのだろう。


「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」


「ああ。邪魔させてもらっているよ、店主殿」


「おや、ハラルト様。今日は……まあ、野暮なことは聞きますまい。なにか聞きたいことがあれば、私にどうぞおたずねを。どうぞごゆっくりお楽しみください」


 店主もハラルトさんを見かけるとすぐに下がっていった。

 わりと有名なのかな?


「うーん、いろいろな種類があってなかなか決められません」


「うん、難しいね」


 フローリカとミリアのふたりはオルゴール選びに夢中である。

 オルゴールの種類によって、曲も違えば箱の作りも違うから当然かな。


「フローリカ、ミリア。ふたりはどんなオルゴールを探しているんだ?」


「ええと……宝石箱になるようなオルゴールを探しています」


「うん。お義父様やお義母様が、これから先はアクセサリーを付ける機会も増えるだろうって言ってた」


 ふむ、宝石箱……アクセサリー入れになるようなオルゴールか。

 ふたりとも立場がある身分の子女だし、アクセサリーも多くなるのかな?


「店主さん、アクセサリーをしまうのに便利なオルゴールってあるのかな?」


「ええ、ございますよ。こちらの奥にございます」


「ああ、見ていた場所が違うんですね」


「いっぱいあるから探すのも大変だね!」


 ふたりは早速、店主が教えてくれた場所に移動する。

 一緒にミキとアヤネもついていった。


「フート殿は奥方たちに贈りはしないのか?」


「うーん、喜ぶかなぁ?」


「吾輩も一緒に行動していますが……微妙なラインですにゃあ。普通の女の子向けグッズを喜ぶかどうか、そこが鍵ですにゃ」


「……奥方たちはそんなに難儀な性格なのか?」


「難儀というか、今は戦いの方に全身全霊を向けているからというか」


「小さなオルゴールをひとつずつプレゼントするのはいかがですかにゃ? さすがにそれならば邪魔になりませんにゃ」


「そうするか。さて、そうするとどれを選ぶかだな……」


「ふたりともなにかと忙しいですからにゃあ。落ち着く曲がいいと思いますにゃよ」


「落ち着く曲か……そういえば、ここのオルゴールって何曲ぐらい種類があるんだろうな?」


「世界各地からさまざまな曲を集め、すでに100曲近くになっていると聞く。そこもまた、逆戟の誇りだ」


「なるほどね。……うん、ミキにはこれかな」


「にゃ。落ち着く曲ですにゃあ。食卓を囲んでいるときのイメージですかにゃ?」


「まあ、そんなところ。アヤネは……こっちか?」


「アヤネ殿は少女趣味なところがありますからにゃ。ぴったりだと思いますにゃ」


「決まったようだな。店主殿、会計を頼む」


「はい。お買い上げありがとうございます」


 俺は購入したオルゴールを一度アイテムボックスにしまう。

 少し待つと、フローリカとミリアも嬉しそうな顔をして戻ってきた。

 満足な買い物ができたようだ。


「ハラルト様、ありがとうございます。素敵な買い物ができましたわ」


「ありがとうございます!」


「いえいえ。それではお昼にしましょうか。新鮮な海の幸を食べられるお店を予約してありますので」


 ハラルトさんに案内されてレストランへ向かい、そこで昼食を取る。

 その後も、ガラス工芸館だったり、スイーツ工場だったりといろいろと案内してくれた。

 そして、夕方頃になると……。


「素敵ですわね。街並みが夕日に染まって赤くなるなんて」


「ええ、逆戟は時間によってその景色を変えるんです」


「素晴らしい街ですわ。今後も防衛をよろしくお願いいたします」


「はい、この命に代えましても」


 こうして、滞在最終日は無事に終わりを告げた。

 なお、俺の贈ったオルゴールはそこそこ喜んでもらえたよ。

 ミキはぼちぼちだったが、アヤネはかなり喜んでくれたとだけ付け足しておこう。

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