308.逆戟との商談

 模擬戦は昨日の間に終わってしまった。

 今日、これからは逆戟に対する『商談』となるのだ。


「さて、実力差というのは十分に見せつけられた。特に、優秀な魔術師ひとりがいれば、戦況をひっくり返すことができるってのは大きいな」


 国王陛下はそう言うが……さすがにそれには口を挟ませてもらおう。


「国王陛下? 最初の領主家の方々と行った模擬戦はともかく、防衛隊と行った模擬戦は樹魔法を使ってますよ? さすがに、あれを比較対象に出すのはかわいそうでは?」


「そんなこたねぇよ。国防都市ってのは、どんな相手が襲ってくるかわからねぇんだ。だからこそ、そいつらを退散させる、少なくとも、援軍が到着するまでは持ちこたえる戦力が必要なんだ。リオン、今のフートをモンスターのレベルで現すとどれくらいだ?」


「そうですにゃあ……打たれ弱いけど防御は完璧、攻撃手段は防ぐ術なしと考えれば、レベル130から150相当ですにゃ」


 リオン、俺ってそこまで化け物か?

 ミキはニコニコしているだけだが、アヤネはうんうん頷いているから妥当なんだろう。


「ってことはだ。那由他はハンターギルドがしっかりしてるから滅多にないが、はぐれのモンスターが国防都市を襲った場合、2時間守りが続かない可能性だってあるんだよ。それはどうにかしてもらわねぇと困る。……法神国があんな技術を生み出しやがったからな」


 あんな技術、つまりヒトをモンスターに変える技術だ。

 見た限り制約は多そうだが……油断はできない。

 船に乗ってやってきて、レベル100前後のモンスター数体を一気に解き放つ可能性だってあるんだからな。


「ともかく、今日は『商談』だ。後天性魔法覚醒施設の売り込みと邦奈良式の魔法理論、このふたつをメインに逆戟に伝えることにする」


「つまり、俺の授業もセットというわけですね?」


「すまねぇな。何回かでいいからやってくれ。凝り固まった技術を捨てさせるのは面倒だろうがな」


「わかっているなら、そんな大役押しつけないでくださいよ」


「わかっているからこそ、お前と宮廷魔術師長にしかお願いできないんだよ。ミリアは感覚派で結果を見せるに最適だが、理論は教えられないんだろう?」


「それ以上に、この年齢の子供から物ごとを学び取ろうとする者がどれだけいるか」


「それもまた情けねぇ話だ。……っと、そろそろ時間だな。領主邸に向かうぞ」


 俺たちが向かった領主邸。

 朝の模擬戦でも向かった場所である。

 華美にはならず、剛健といったイメージしかわかない場所だ。

 そこがまた好感を持てる場所でもあるが。


「ようこそおいでくださいました。主人たちがお待ちです」


「うむ。大義である」


 王様モードの国王陛下と一緒に領主邸の廊下を歩く。

 そこにいる、使用人たちも一律にマナーが美しかった。

 やがて、会議室にたどり着き、国王陛下率いる邦奈良組の入場だ。


「国王陛下、このようなところまでおいでくださり、まことにありがとうございます」


「うむ。早速だが、打ち合わせの方を始めたい。逆戟側の出席者は揃っているのかね?」


「はい。各防壁長は総括騎士団長に任せるということでしたので」


「あい、わかった。それでは、話を進めさせてもらおうぞ。まずは、後天性魔法覚醒施設についてじゃ。宮廷魔術師長、説明を」


「承知いたしました。そもそも、後天性魔法覚醒施設というのは……」


 そこからランダルさんの説明が始まった。

 そもそも、というわりには初期の部分はすっぱりと流し、現時点での作用について説明しているあたりはさすがかな。

 時折、質問を受けつつ、説明を一通り終えたランダルさんは一仕事終えた顔をしている。


「いかがかな、シュラム侯爵。後天性魔法覚醒施設は?」


「正直に言いまして、喉から手が出るほど欲しい存在ですな。回復魔法部隊を自前で用意できるほか、軽傷ならば自分で回復もできる。魔術師部隊も今以上に人数を増やせるし、偏っている手札が増えるというのはありがたい話です」


「……偏っている?」


 シュラム侯爵の言葉に引っかかりを覚えた俺は、つい言葉に出してしまった。

 注目を集めてしまったついでに、疑問を解消しておこうか。


「シュラム侯爵、手札が偏っているとはどういうことでしょう? 優秀な魔術師が少ないという意味ですか?」


「ああ、うむ……それなのだがな」


「シュラム、隠す必要はない。この後、売り込むつもりであった邦奈良式の魔法理論。その講師がそこなフートじゃ。答えを知るのが早いか遅いかの差。早めに答えを知っておけば、対策も打ちやすかろうて」


「そういうことでしたら。我が国防都市で魔法を授かって生まれる子供の割合は、さほど他の都市と変わらない。だが、覚えている魔法の割合が水魔法が最も多く、次いで風魔法、雷魔法なのだよ」


「……ふむ。『白夜の一角狼』フートよ。理由はわかるか?」


「想像でいいのでしたら、なんとなくの見当はつきます」


「本当か!? 是非教えてくれ!」


「国防都市はご存じの通り海のそばに造られた都市です。それ故に、水の精霊たちが活発に活動している。海を吹き抜ける風もまた、風の精霊を活発化させる要因になる。逆を返せば、火の精霊や土の精霊は活力を失いやすい地域です。雷の精霊は……あまり影響を受けていないのでしょうね。ちなみになんですが、この都市では回復魔法の使い手が生まれることも少なかったのでは?」


「う、うむ。その通りだ。すごいな、今の情報だけでここまでの推論が立てられるのか」


「こやつは伝説のエルダーエルフに進化しておるからのぅ。精霊との交感に関しては、我が国随一じゃ」


「国王陛下。そうなってくると、後天性魔法覚醒施設の設置場所にも気を遣わなければなりません。あれは五大精霊がある程度等しく力を貸してくれる場所でなければ意味がない。逆戟の街中、というのは難しいでしょう」


「そうですな。国王陛下、私、ランダルも具申いたしまする。後天性魔法覚醒施設の設置場所は、海から離れた場所がよろしいかと」


「ふむ……ふたりの意見を聞くに、簡単なことではないようだ。どうする、シュラム」


「そうですね、まずは第一防壁の中に携帯型の第六号後天性魔法覚醒施設を建ててもらいましょう。その結果次第で、防壁の拡張も視野に入れた構想を考えます」


 後天性魔法覚醒施設を売り込むだけだったのに、街の拡張まで話が進んでしまった。

 さすがに、これ以上は国王陛下と侯爵様でやっておくれ……。

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