258.反撃開始

「ウガゥ」


「きてくれたか、テラ」


「ワウ」


 騒ぎを確認したあと、ずっと警戒態勢を取っていたテラが合流する。

 さてそれじゃあはじめますか。

 っと、その前に。


「皆様、この森の結界を含め今日のことはご内密に」


「わーってる。つーか、誰が信じるか、こんな魔法」


「そうですね。では」


 俺が地面を杖で突くとそこから木の根が飛び出して杖に絡まり、やがて黒檀の杖が若木の杖へと様変わりする。

 これで下準備は完了だ。

 ここからが本当の見せ場!


「〈聖なる樹木の息吹よ。優しき草花の恵みよ。このものたちの魂を至高へと導け。グロウアップ・サークル〉」


 詠唱句の完了とともに地面を軽く突く。

 するとそこから緑色の光が走りテラとゼファーの周囲を取り囲む。

 そしてその光から優しい輝きが舞い上がるとテラとゼファーに吸い込まれていく。

 テラとゼファーがその輝きを取り込むたび、その巨体は小さくなっていくが角は立派に伸びていく。

 やがて光が収まるころには5メートルほどの巨体だった2匹は2メートルほどまで小さくなった。

 しかし、その額にある角は50センチ近くまで伸びている。


「くっ!?」


 極めて大量のMPを一度に消費したことで起きためまいで倒れそうになる。

 だが、それを支えてくれたのはアヤネだった。


「大丈夫? 無理はしないでよ?」


「無理のしどころだろうここは?」


「はぁ。戦闘では私の前に絶対出ないでね」


「……わかったよ。さて次だ」


 俺は早速次の詠唱句を準備する。

 若木の杖はさらにみずみずしさを増し、暗い夜にあっても輝いている錯覚さえ覚えさせた。


「〈聖なる樹木の若枝よ。風運ぶ草花の種よ。その縁を繋ぐ門を紡げ。フェアリー・ゲート〉」


 俺が再び地面を杖で突くと、今度は一対の木でできたが出現する。

 そしてその一方をゼファーへと渡す。

 ゼファーはそれを咥えるが、同時に全員に聞こえる念話で語りかけてきた。


『我が主よ。無理をしすぎです。樹魔法は龍王の技。我々を成長させるのでさえ主の魔力をほとんど使わねばならないのに、今度は妖精の門まで作られるとは。お急ぎなのは理解できますがご自愛を』


 その言葉に俺たち『白夜の一角狼』以外は全員驚いているな。

 いままでのゼファーはひとり相手に片言の単語を伝えるので精一杯だったのだから。


『ふん、ゼファーよ。その忠義は行動で示すべきだ。我々がなすべきことをなせば主もまた力を使ったことを後悔せずにすむ』


『テラ、そういうことではないのです。無理をすれば赤の明星たる主でも命を危険にさらすことになりかねません』


『それこそ杞憂よ。主が奥方たちを悲しませるような真似をするとでも?』


『……それもそうでしたね。ですが重ねて進言いたします。ご自愛くださいませ』


「ああ、わかった。テラもゼファーも心配感謝する」


『我は主人の忠実なる僕。当然である』


『私も同じく主と魂をともにする存在。そのことをお忘れなきよう』


「わかった。……さて、命令だ。テラ、お前はリオンとともにこの迎賓館の護衛だ。任せていいな?」


『……我は暴れる機会がないのか』


「我慢してくれ。今回はゼファーが道案内をしてくれないと始まらない」


『承知した。だが城門の外で騒いでいる愚か者ども。後ほどあれらに我が力を見せつける程度のことは許可していただけるか?』


「俺たちの用事が終わったらな。次、ゼファー。ゲートの片方を与えたのでわかると思うが、俺たち救出部隊の先導だ」


『かしこまりました。私を成長させたということはにおいで追うのではなくのですね?』


「その通りだ。相手はデオドランス……消臭の魔法を使っているはず。匂いでは前と同じように途中で追えなくなるだろう」


『そうですね。ですが、魂の残り香でしたら追跡対象者が死亡していない限り追いかけることができます』


「頼もしいな。追跡してほしいのは、サビーネ王女、サヴェリオ王子、アンジェラ王女の3名だ」


『了解いたしました。それでは探して参ります。……途中襲われたら撃退しても?』


「憲兵たちには手をだすなよ?」


『わかっております。ではアジトを発見いたしましたら念話を送ります。しばしお待ちを』


 会話を終えるとゼファーは文字通り弾丸のような速さで飛びだしていく。

 あの方向にはなにがあるんだろうね?


「……おい、フート。テラとゼファーはどうしちまったんだ?」


「あー、できれば話したくないんですが。だめですかね、国王陛下?」


「つまりこれも切り札のひとつってわけか」


「そうなります。効果はみせますが説明は避けたいです」


「じゃあ聞かねぇ。代わりにゼファーがなにを追いかけていったかだけ教えろ。マルティン王たちが不安そうにしている」


 ……確かに、あの会話だけじゃ不安か。

 説明しても問題ないよな、うん。


「ゼファーが追っていったのは『魂の残り香』です。普通の匂いが人や物の匂いなら魂の残り香は命の匂いですね」


「命の匂い……つまり子供たちは無事なのか!?」


「少なくとも王城を出たときは、と但し書きがつきますが。ゼファーが追い切れなくなったら殺されたと思ってください」


「……わかった。その覚悟はしてある」


「すみません。助ける手段は用意できるんですが」


「そこまで他国の……それも民間人に強要するつもりはない。それで、魂の残り香とやらは消せないのかね?」


「魂の残り香は命の……魂の管轄です。それに触れるには同じ命の力を操る天龍か冥龍の力が必要になります」


「龍王様の力が必要とは……それに先ほどの会話でもいまの魔法が龍王のものと言っていたが……」


「この魔法は樹龍王から授かった魔法です。……まあ授かったと言うか覚える権利をいただいたというか」


「樹龍王? 龍王はこの世界を支える七大龍王だけではないのかね?」


「それについてはあとで俺が説明するぜ、マルティン王。フート、ゼファーからの連絡はまだか?」


「まだですね。ちょっと視覚を共有してみます……うん? これは墓地? その中に大きな遺跡みたいなものがある。……ふむ、魂の残り香はこの奥に続いていると」


「それはおそらく古代の王族墓地だな。いまは遺跡と化し魔物も棲み着く危険な場所となっているはずだが……」


「その割には厳重な警戒網が引かれていますね。ふむ、立てられている旗のシンボルを送るそうです。少し離れていてください」


 若木の杖が光り始めたので地面を強く突く。

 すると草が分かれていき、ひとつの旗が浮かび上がっていった。

 視覚共有も切れていないし、ゼファーが見ているのはこれで間違いないな。


「……フート殿。これは真か?」


「ええ、ゼファーが見ている旗はこれで間違いありませんが……」


「父上……」


「ああ、ここで黙っていても仕方がない。この旗は宰相イヴァーノのもの。シミオナート家の旗で間違いない」


「おいおい、宰相殿だと?」


「間違いであってくれれば嬉しいのだが……果たしてどうなのか」


「……そこは政治の世界なのでどうにかしてください。私たちの役目は王子や王女たちの救出です」


「ああ、そうであったな。すまぬ。王族墓地に陣を構えているということはなにかを隠しているのであろう。調べることは可能か?」


「隠密行動は苦手なので強襲戦になりますが構いませんか?」


「構わぬ。それで子供たちが生きて戻ってくれるのであればどんな方法を使ってもらっても構わない。


「わかりました。……ゼファー、敵の死角にゲートの片方を刺せ。俺たちもそちらに向かう」


「なに? ゲート?」


 10秒ほど待つと木のくさびが輝きだす。

 どうやらあちらは準備ができたようだな。


「さて、それじゃ、俺たちは行ってくる。リオン、ゲートポイントと迎賓館の守り、頼んだぞ」


「任されましたにゃ。頑張ってくるにゃよ」


「ああ。じゃあな」


「お願いしますね、リオンさん」


「よろしくね、ネコ」


 俺はもう一方のくさびを地面に突き刺す。

 するとくさびの先端が広がり門を作り出した。


「これは……まさかおとぎ話に出てくる妖精の門?」


 フローリカ王女がつぶやくが……正解である。

 これは文字通りの妖精の門。

 対となっている場所を繋ぐ魔法。

 扉を開けるとそこは敵陣が見える森の一角だった。

 さあ、王子王女の救出作戦を始めますか!

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