237.視察前日

 同盟国視察……という名の根回しに行く前日午前、俺たち『白夜の一角狼』は王宮内へと招かれている。

 場所はいつもの離宮。

 主が不在となってしまったが機能は停止していないらしい。


「それじゃ、お前らの方も問題はないんだな」


 最終打ち合わせに参加しているのは国王陛下、王太子殿下、内務卿、軍務卿、『白夜の一角狼』4人の計8人である。


「問題ありません。ただ、夜会とかそういったものに出るための服装はありませんよ?」


「そんなものに参加させるつもりはないから安心しろ。誘いは来るだろうが無視で構わん。むしろ、来たら即刻焼いて構わん。あちらのお偉いさんにも最初に伝えさせる」


「ではそうさせていただきます。正直、貴族相手の作法なんてわからないので」


「今回の赤の明星たちは貴族がほぼいない世界から来たそうですから仕方がありませんな。本来であれば少しは参加していただきたいのですが……」


「内務卿、参加する意義がどこにある? 外交は我々の仕事。赤の明星一行は後天性魔法覚醒施設の貢献者としての同行だ。顔を広める必要などあるまい」


「軍務卿の言うとおりです。それにフート殿たちがいない間にそのお弟子さんたちが襲われないとも限りません」


「だな。フェンリルを見てなお襲ってくるバカがいるかどうかだが……世の中、バカはどこにでもいるもんだ」


「そうでしたな。発言、取り消させてくだされ」


「うむ。……でだ、フート。お前の弟子にしろあのミリアって娘にしろちょっとおかしくねえか?」


「おかしい、というのは?」


 なにかやらかしたのかな……。

 ちょっと不安ではあったんだ。


「昨日の話だが、お前の弟子たちは午前中部屋で勉強をしていた。午後は訓練をしたいって話だったんで一般兵の練兵場の一部を使わせてやった。やったんだが……」


「なにかまずいことを?」


 国王陛下が言葉を濁しているところ、続きを話してくれたのは軍務卿である。


「いや、まずいことではない。新人よりも若い世代の少年少女がやってきてへたな兵士よりも優れた技を持っていたので騒ぎになっただけだ」


「それは失礼を……」


「あー、いや。未熟な兵士たちに檄が飛んだだけだから気にすんな。……一対一、あるいは二対二で戦って負ける新兵が続出したのは本気で教官がキレる案件だったようだが」


「なんだか兵士さんに申し訳ない……」


「いや、対人戦が主な役割の兵士が対魔物戦メインのハンターに負けてるんだ。言い訳なんてできねーよ。実際、新兵どもは一から鍛え直しになったからな」


「……本当に申し訳ない」


「いや、いい機会だ。自分たちの実力を知れたのだからな。むしろアキームとバルトだったか、彼らの方がなぜ勝てたのかわからないといった様子だった」


「当然だにゃ。あのふたりに教えたことは対魔物戦メインではあるにゃが対人戦でも使える技術にゃ。ふたりにそれを教えてなかったのは吾輩の落ち度であるのにゃが、まあ些細なことにゃ」


 些細なことか、ネコよ?

 だが、王宮サイドの面々は納得いったという表情で落ち着いている。

 どうやら本当に些細な問題らしい。


「あとはリコという少女もだな。あの年齢で三色シャーマン、レベル4魔法使い。訓練兵たちがどんな修行をしていたのかしきりに質問していたぞ」


「リコの修行方法を聞いても参考になりませんにゃ。リコは根っからの感覚派、イメージすることで精霊に効果を伝えて魔法を使っている子にゃ。同じ感覚派の人間ならすぐものにできますが、そうじゃなきゃつらいにゃ」


「そのようだな。ごく一部の兵は段違いに魔法力が上がった。それ以外の兵は多少上がった程度だな。……話を聞いただけで魔法の威力を上げられることだけでも十分驚異的なのだが」


「リコにも注意しないといけませんにゃ。あの子が習ったことはフートから習った精霊魔術の秘奥にゃ。わかる人にしかわからないのが救いにゃが悪用される可能性も高いにゃ。フート師匠、きちんと口止めするにゃ」


「……どこまで話していいことなのかがわからん」


「……これだから感覚派は困るにゃ」


「そもそも、リコに説明した魔法理論ってフェンリル学校で教えている内容じゃないか?」


「それもそうにゃ。となるとフート殿の著書に書いてあることにゃ」


「……わかった。新兵の魔術師には座学の時間を増やそう」


「そうしろ。理論がわかっただけで威力が上がるんだ。きちんと勉強させりゃ段違いの効率になるぞ」


「……むしろそれはそれで精霊魔術の秘奥を安い本に書いてしまっていることになるのにゃが……どれだけの人間が気付いているのだろにゃ?」


 精霊魔術の秘奥と言われてもな……。

 魔術を使う際に精霊と交感するのは基本だと思ってたんだが、違ったのか?


「フートの弟子はこれくらいだな。あとはミリアって少女だが……今日も宮廷魔術師長が連れて行ってたぞ?」


「なぜ?」


 素で聞いてしまった。

 どこからそんなつながりができたのだろう?


「始まりは一昨日の午前中、あの少女が図書室の魔法書で勉強していたところからだな」


「……いやな予感がしてきたわ」


「それを見かけた宮廷魔術師がいたずらしているのか思って声をかけようとしたらしいんだが……本の内容を完璧に理解して応用した理論をノートにまとめてたんだと」


「学校長から聞いている、ミリアらしい話だ」


「で、ミリアって少女にことわってノートを読ませてもらった宮廷魔術師がえらくミリアを気に入ったらしく、宮廷魔術師長のところに連れてったんだわ」


「そんなに簡単に会えるものなんですか?」


「ノートを見た宮廷魔術師がトップ4のひとりでな……宮廷魔術師長に直で会えたのよ」


「いやな予感しかしない話にゃ」


「で、宮廷魔術師長とミリアが面会してな。宮廷魔術師長の話を聞いて……ああ、難しい言葉は噛み砕いて説明してだが、その理論についていけただけじゃなく発展させることができるかも知れない内容を口にしたんだとよ」


「いやな予感的中にゃ」


「そっからはお祭り騒ぎだったらしいぜ? 最初は驚いていた少女も魔法式や公開論文を読ませてもらっているうちに落ち着いてどんどん意見するようになってたらしいからな」


「予感のさらに上をいってたにゃ……」


「今日は宮廷魔術師長自らが出向いてミリアを連れていったらしいぞ。大人にはできない斬新な発想やいままで見落としていた理論が次々出ていて楽しいそうだ。このまま宮廷魔術師に入れたいとも言ってたな」


「さすがにそれは……」


「俺からも拒否しておいたから気にすんな。それじゃなくてもフェンリル学校からはライドホース持ち4人全員を黒旗隊見習いに引っ張っちまったし、それ以外にも声がけした生徒が多いからな」


 そう、スカウトの結果を聞いたときは驚いたが、ライドホースの契約者たちは全員黒旗隊にスカウトされたらしい。

 まだ子供でありいきなりなことでもあるということで考える時間をもらったようだが、4人は断らないだろうと聞いている。

 そのほかの在校生……今年入った新入生以外の生徒でも目に留まった生徒が何人もいたらしい。

 子供たちの出世を喜ぶべきなんだろうが……早すぎる出世に複雑な心境だな。


「まああれだ。宮廷魔術師長がフェンリル学校に行ったときに話す相手がひとり増えちまった程度に思っていてくれればいい。……とまあ、お前らから預かった子供……ああ、お前らも子供なんだが……彼らの状況はそんなところだ」


「なにやらいろいろとご迷惑をおかけしているようで……」


「迷惑だなんて思ってませんよ。むしろ、新兵をたたき直すためにフェンリル学校の生徒たちの手を借りようか、と話していたくらいで」


「笑い話にならないのにゃ、王太子殿下」


「私どもとしては至って真面目ですからな」


「戦争の気配が近づいている以上、ふぬけてもらっては困るのだよ」


 内務卿たちもいたって真面目に答える。

 うん、正式に申し込まれてから考えよう。


「さて、明日以降の話をしようじゃねぇか。まず『白夜の一角狼』側の同行者は『新緑の白牙』とミリア、全員で8名であってるな?」


「はい、あっています」


「よし。王宮側の代表者……つまり大臣クラス以上は俺に軍務卿、宮廷魔術師長、外務卿の4人だ。それに護衛の黒旗隊やら近衛騎士団、一般騎士、飛行艇専属部隊員、侍女などの非戦闘員を加えるとかなりの規模になる」


「第一王女殿下もご同行なさると聞きましたが本当ですかにゃ?」


「ああ、本当だ。あいつの外遊初舞台だな。……さすがに早すぎるが」


「仕方がありますまい。『白夜の一角狼』殿たちの部屋割りはどのようになされるのかな?」


「ああ、それなら……」


「フート殿たち夫婦で一部屋、吾輩とアキーム、バルトで一部屋、リコとミリアで一部屋の三部屋でお願いするにゃ」


「構わん。だがリコたちの部屋は守りが薄いのでは?」


「フート殿のフェンリルを一緒にさせるにゃ。リコとミリアもレッサーフェンリル持ちにゃ。これなら防衛面で問題が出ることはないにゃ」


「承知した。フート殿も構わないか」


「……わかった。それでお願いします」


 見事ネコにはめられたが、妻ふたりからの熱視線まで浴びては逆らえない。

 眠るときくらいは甘えたいということだろう。

 特にアヤネ。


「よし、それじゃあ具体的な話を詰めていくぞ」


 そこから先は至ってまともな話し合いが始まる。

 予定されているスケジュールや外交内容など、俺たちが知っていた方がいい内容はすべて開示してくれたようだ。

 このときイツキ……樹龍王が先日我が家を訪ねてきて伝えてきたメッセージも伝えたが、王宮側は渋い顔をして保留にしてくれといわれた。

 俺が樹龍王に会ったことや樹龍王の言葉を疑ったのではなく、どの国の誰が人質に取られているかわからない間はうかつに動けないとのこと。

 その調べがこの外遊中につけば救出に動いてもらうかも知れないと言われたが全員がうなずくことで返答とした。


 打ち合わせは午前中いっぱいまで続き、終了したあとは弟子の様子を見てから帰ることに。

 俺が見に行ったのはミリアとリコだが、ふたりとも宮廷魔術師に囲まれて議論をしていた。

 そんな先進的なことを教えていたつもりはないんだけどな……。

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