225.学校対抗戦 4

 学校対抗戦における団体戦、魔法戦と武技戦は大会のメインとも呼べる重要な試合だ。

 なので闘技場もかなり大々的に様変わりさせられるためお昼休憩後の試合再開という事になる。

 ……まあ、ここでも問題は起こるんだけどさ。


『抜き打ちでフェンリル学校に配られる予定の食事を毒がないかチェックしたらしっかり毒が混ぜられてやがった』


「毒……ですか。穏やかじゃないですね」


『毒物の内容としては腹を下す程度なんだが……ともかく厨房スタッフ全員を捕まえて取調中だ。全員逃げられないように見張ってたのが功を奏したな』


「そこは無駄になったとき喜びましょう」


『でだ。フェンリル学校の生徒たちには食事がねえんだわ。ミキ奥方に頼んで食事を届けてもらえないか』


「わかりました。ステータスブーストがかからない料理の方がいいんですよね?」


『もちろんだ。よろしく頼む』


 ブツッっと切れた会話。

 この伝声の魔導具を使用していると、周囲に使用者以外声もほぼ漏れなくなるらしい。

 なのでミキに事情を説明してフェンリル学校の生徒たちに食事を届けてもらう。

 近衛騎士からも護衛がつくことになったが……正直、王城の人間は誰が味方で誰が敵かわからない。

 なのでアヤネにも一緒についていってもらう。

 ここの守りは俺ひとりいれば十分だ。


「それでは行ってきます」


「すぐに届けてくるわ」


 ドレス姿で出て行ったふたり。

 何事もなければいいのだが。


「それにしても食事に毒ですか。なりふり構っていられなくなったようですな」


「そのようですな。そのようなすぐにばれる妨害工作までするとは……」


 学校長たちもあきれ顔である。

 それにしても、協力者とやらが多過ぎやしないか?

 そのことを国王陛下に尋ねてみると。


『なんでも王立学院の元生徒が手を貸しているらしい。率先して手を貸しているのか弱みを握られているのか……ま、どちらにしても厳罰ものだけどな』


「なるほど。今日のところは穏便にお願いします」


『今日はな』


 さて俺たちが食べている食事は毒が仕込まれていたとしても手をつけていないので問題ない。

 俺たちも念のためということでミキの作った料理を食べているのだ。


「このおりょうりおいしーね! おにーちゃん!」


「ああ、そうだね。エレーナ」


「無理をしない程度にどんどん食べてくださいね。……ああ、こっちの鹿肉のローストとかもおいしいですよ?」


 鹿肉と聞いて一瞬ビクッとしたのはエイス王子だった。

 この反応はモンスター肉の一件を知っているな?


「あの、フートさん。そのお肉って……」


「大丈夫です。これは普通に俺たちが狩ってきた肉ですから。モンスター肉じゃありません。……元の鮮度は段違いですが」


「ならいいのです。エレーナには普段贅沢をさせてあげられないのでたまにはこういう食事もいいかと」


「大変なのですね」


「僕らは立場が弱いので仕方がありません」


「このおにくもおいしー!」


 和気あいあいとした食事風景だったがそれを一変させる出来事が起こる。

 ミキとアヤネが戻ってきたとき、その服装がドレスから神器装備に替わっていたのだ。


「ミキ殿、アヤネ殿、そのお姿は一体!?」


「城の中で変な連中に襲われたからよ」


「さすがにドレスで戦うことはできなかったので、神器を召喚して応戦いたしました」


「申し訳ありません。本来なら我々近衛騎士団が守るべきだったのですが……」


「賊の数が多く、奥方様方にもお手数をかけてしまうことに」


「いや、そっちは構わないよ。しかし城内で襲われるか。このことは国王陛下には?」


「すでに報告済みです」


 うっわー、午後は謝罪か愚痴かお怒りかのどれかから始まるな。

 覚悟しておこう。


「ちょっと待ってね。神器装備を解除するから」


「さすがにこの場で神器装備のままというのははばかられます」


 神器装備を解除し、ドレス姿に戻ったふたりは軽くつまむ程度に食事を取る。

 この光景を見て話しかけてきたのはエドアルドさんだ。


「よろしかったのですか? 神器装備を解除すれば、元の服装に戻ってしまうということがばれてしまいましたが」


「神器装備は危険な状態だと俺たちの意思でも外せないから平気ですよ。……どういう理屈かはわかりませんが」


 男同士物騒な会話をしている横でミキとアヤネはエレーナ王女を構っていた。


「エレーナ王女。お口にソースがついておりますよ」


「いま拭き取ってあげますね」


「ありがとうございます、お姉さん」


「お気になさらずに」


「私がお姉さんか……最近ミキには妹扱いされてるから新鮮……」


 和やかなムードの食事会を終え、昼休憩も終わりを告げる。

 いよいよ団体戦……魔法戦と武術戦の開始となるわけだ。

 この試合は両方とも代表5人ずつを出し合っての戦いとなる。

 先に相手を全滅させるか、10分後に立っていた人数が多い方が勝者だ。


「いよいよ始まりますね」


 やや緊張気味のエイス王子だが、フェンリル学校の関係者は誰ひとりとして緊張していない。

 理由は単純なのだが。


「まあ、落ち着いて見ていてください。王立学院に負けることはありませんから」


 やがて時間となり両校代表の入場となる。

 代表同士が入場した時点で観客のざわめきが大きくなった。

 なぜなら、フェンリル学校の生徒たちは全員が従魔……それも一回り大きくなっているものを連れているからだ。

 これにはこらえきれなかったのか、反対側のブースより派手な装飾の服を着飾った男が飛び出してきて国王陛下に話しかける。


「国王陛下! フェンリル学校の生徒たちはルール違反をしておりますぞ!」


『ほほう、なにを根拠に言っているのかね、学院長』


 ああ、やっぱりあれが学院長か。

 しかし、派手な服装だな。


「フェンリル学校の生徒は元を正せばスラムの浮浪児ども! それがあのように立派な従魔を持つことなど不可能! どこかに別の獣魔士がいるはずです!」


『たわけが!! そんなあからさまな不正を我が見逃すと思うか!! あの従魔たちはフェンリル学校の生徒たちの従魔で間違いないわ!!』


「いや、しかし……」


『フェンリル学校ではつい先日テイマーギルド主催の大規模契約式を行った。その際に多くの従魔がフェンリル学校の生徒に従ったと聞く。……そもそも、午前中の馬術競技で出てきていた馬。あれも従魔のライドホースであったことに気づかなんだか!』


「くっ……」


『それに従魔を持ち込んでの団体戦を申請していたのはほかならぬ王立学院である! 自分たちの求めたルールが認められたのだ。よもやたてつくわけではなかろうな?』


「いえ、そのようなつもりは……」


『ならば、大人しく自分の席へと戻るがよい。これ以上なにかをわめくようであれば、不敬罪と見なし捕らえさせてもらう』


「……承知いたしました」


 うなだれた様子ですごすごと戻っていく王立学院の学院長。

 おそらく、従魔を持っているのは王立学院だけだと思っていたんだろうな。

 残念ながらフェンリル学校の生徒たちも従魔もちなんだよ。

 ……なぜ、この数日であそこまで成長しているのかは疑問だが。


『おい、フートよ。あの従魔たち、この間の交流会で契約したんだよな?』


 やっぱり国王陛下からも同じ質問が来たよ。


「はい、そのはずです。なぜあのように成長しているかは……本人たちの頑張りでしょう」


『やる前から勝負が見えてるんだが? 特に魔法戦』


「王立学院の生徒たちの奮闘に期待しましょう」


『いや、無理だろ』


 国王陛下の言葉通り、魔法戦は語ることもなく1分とかからずに終わってしまった。

 試合開始と同時にレッサーフェンリルたちが行動を開始して敵陣に迫る。

 王立学院の生徒たちはレッサーフェンリルの素早い動きと的確な攻撃で身動きが取れず、フェンリル学校の生徒たちの魔法の餌食となり試合が終了してしまったのだ。

 なお、王立学院の生徒も2匹のレッサーフェンリルを連れていたが小型でフェンリル学校のものとは比べものにならず、主人も命令できないためにオロオロしているだけで終わってしまう。

 なんともかわいそうな試合となってしまった。

 フェンリル学校の生徒たちも小首をかしげるものや本当に終わったのかいぶかしむもの、審判の勝利宣言を聞いてもなお臨戦態勢を解かないものなどさまざまな反応を見せた。


『お前らんとこの生徒、強すぎだわ。なんでレッサーフェンリルが指示なしであんなに動けるんだよ……』


「多分、事前に指示はしていたんだと思います。それが見事にはまっただけで……」


『それだけで完封ってのが一番恐ろしいわ!』


 両校の魔法戦代表者が退場し、次は武技戦となる。

 フェンリル学校の生徒たちは堅実な片手武器にバックラーやシールドなのに対し、王立学院の生徒たちは両手武器を持っている生徒もいる。

 王立学院側の従魔は……レッサーフェンリルが1匹のみ、ただしかなり成長している。

 対してフェンリル学校の従魔は全員エッジキャット、いや2匹は進化しているな。

 ……この短期間で進化させるってどれだけ頑張ったのか?


 やがて試合開始の合図が下されると王立学院のひとりが一気に突っ込んできた。

 武器は両手槌、というか巨大なハンマーだな。

 木製とはいえあれをくらっては意識が飛ぶだろう。

 さて狙われたフェンリル学校の生徒だが、落ち着いて攻撃を見極めてバックラーでパリィを決める。

 ハンマーを持った生徒の身体が流れたところで膝蹴りを入れ、さらに顔面に回し蹴りを入れてとどめをさした。

 うわぁ、痛そう。

 なおエッジキャットは主人の勝利を確信していたようだ。

 助けに入れる位置にいたが寝転んでいたのだから。


 ほかの生徒たちを見ても全員一対一の状況になっている。

 フェンリル学校のやり方なら何人かをひとりの生徒がおびき出し、数名でひとりの生徒を確実に倒しそうなものだが……これも対人戦の練習かな。

 実際一カ所を除いてはもう勝ちは決まったようなものだ。

 王立学院の生徒は肩で息をしているが、フェンリル学校の生徒はまだまだ余裕がある。

 このまま行けばあと数十秒で勝ちが決まる。

 そう思ったとき、ルールを根本的に無視する指示を出すものがいた。

 王立学院の学院長である。


「なにをやっているか、お前たち! そんな連中、魔法を使ってでも倒してしまえ!」


 その言葉に困惑の表情を浮かべた生徒たちだったが、ただひとりを除いて魔法を唱えるために距離を取る。

 だがそれを許すほどフェンリル学校の生徒たちは甘くなかった。

 気長に呪文を詠唱している王立学院の生徒にエッジキャットが襲いかかり詠唱を妨害。

 そしてトドメと言わんばかりにそれぞれの武器による強打で王立学院の生徒を沈めた。


 最後に残ったひとりだが……その生徒はフェンリル学校の生徒と互角に渡り合っている。

 ともに従魔持ちであるが、従魔たちもそれぞれの主人の後方で待機し参戦しようとしない。

 もちろん、勝利したフェンリル学校の生徒たちもこの一対一に水を差すような無粋な真似はしないようだ。

 この戦いは時間切れまで続き……最終的には判定勝ちでフェンリル学校の勝利となった。

 だが最後まで戦い抜いた王立学院の生徒にも惜しむことのない拍手が送られていた。


『フート。最後まで残った奴はな、国防都市の三男坊なんだわ』


「国防都市……って外の国と取引のある港って意味ですか?」


『おうよ。だから守るための力も必要とされる。あいつ、相当悔しいだろうよ』


「その悔しさをバネに成長してもらいたいものです」


『おう、俺からも声をかけておく。……王立学院の学院長は更迭だがな』


「……そちらは政治の世界なので任せます」


『さて、閉会式だ。すまんがエイスとエレーナに戻るように伝えてくれ』


 国王陛下からの伝言を伝えると、大人しく両殿下は王族席へと戻っていった。

 そして、閉会式も無事行われ、学校対抗戦は無事終了。

 ……無事終了なのだが、すべての競技でフェンリル学校が勝ってしまっている。

 これって大丈夫なのだろうか。


 その夜は、全校生徒でお疲れ様パーティとなった。

 主賓はもちろん対抗戦に出場した生徒たちである。

 ほとんどの生徒が応援に駆けつけており、その勇姿を目に焼き付けていた。

 今度同じような機会があれば自分こそが代表になる! と意気込む生徒もいる。

 向上心があるのはいいことだが、無理はさせないようにと学校長たちに釘を刺すことは忘れないでやっておいた。

 そして子供たち、特に年少組が眠くなってきた時間でパーティは終了。

 子供たちは先に眠らせることにして、大人たちで後片付けだ。

 その際に軍務卿たちが視察に訪れることを学校長に伝えると……顔色がすごいことになっていたね。

 うん、がんばれ、俺も手伝うから。

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