214.第三王子 エイス
国王陛下の無理難題にひとしきり頭を抱えていると、王太子殿下が助け船を出してくれる。
「まあまあ、今すぐ答えを出さなくてもいいでしょう。実際に一般市民を受け入れるのはまだ先なんでしょう?」
「そうですね。今すぐ受け入れるわけにはいかないので、もう少し先になります」
「具体的には何月くらいになりそうなんだ? 急ぎでダミーの商会は用意させているが、時期によってはもっと急がせないとな!」
本気だよ、この国王陛下。
リオンを見るが首を振るし、内務卿や軍務卿も首を横に振っている。
これはふるいにかけて諦めてもらうしかないか……。
「あー、済みませんが具体的な時期は俺たちではなんとも。実質的な運営者であるエドアルドさんと学校長に聞いてみないと」
「なるほど、それもそうだな。……エドアルドを帰しちまったのは失敗だったか」
うん、エドアルドさんがここにいても答えられなかったと思う。
具体的な日程はまったく決まっていないのだから。
「国王陛下。具体的な日取りはアグニの件がある以上、すぐに決めることはできないのではないかと」
「アグニ……アグニか。いまお前たちのレベルはどこまで上がったんだ?」
「赤の明星のお三方は170まで上がりましたにゃ。吾輩は240まで上がりましたにゃ」
「ずいぶん上がってるじゃねぇか。リオン」
「炎龍王様がソウルを大量に融通してくれたのにゃ」
「炎龍王か……まあ、その話は置いておく。アグニの件だが、3月中に国民に知らせることにした。混乱が起きる可能性もあるが……なんとかするさ」
「大丈夫なんですか?」
「なんとかするのが王家であり国家だよ。……倒すのはお前さんたちに頼り切りになるのが厳しいがな」
なんとも苦々しい表情で告げる国王陛下。
見れば王太子殿下も内務卿、軍務卿も同様の表情だ。
「それは仕方がないですよ。あんな化け物、普通の人間じゃ倒せませんから」
「……ありがとよ。でだ、正直な話を聞きたい。今年中に倒せそうか?」
真剣な表情で問いただしてくる国王陛下に俺は首を横に振る。
「まだ無理です。いろいろと手札は増やしていますが……まだ届くと思えません」
「そうか。やはり来年の最終決戦までお預けか」
「申し訳ありませんがそうなります」
「気にすんなって。無理を言ってるのはこっちなんだからよ」
「そうです。あなたたちは逃げ出しても構わないところを立ち向かってくださるのですから」
「アグニを止めると決めたのは自分ですので」
「……陛下、そろそろお時間です」
「ああ、もうそんな時間か」
会談はもう終了かな。
国王陛下ともなれば、ゆっくり時間も取れないのだろう。
「悪ぃ、俺は公務に戻る。あとのことは息子に任せるからよ」
「そういうわけです。申し訳ありませんが、もう少しお付き合いをお願いします」
「わかりました。国王陛下、それではまた」
「おう、またな」
退室していく国王陛下たちを見送り、再びソファーに座る。
そのタイミングでメイドさんがお茶を入れてくれるので多少口に入れた。
「……済みません。父が弟をフェンリル学校に入学させるなどという暴挙を言い出してしまいまして」
「いえ、それは構わないのですが……本気なんですか?」
「父は本気ですね。私は……半々といったところです。弟は臣籍降下することになるでしょう。そのときのために味方を増やしてほしいのです」
「ならなおさら王立学院に行くべきにゃ」
「……父いわく『いまの王立学院の連中じゃ味方に引き入れるようなやつらはいねぇ!』そうです。私も同じ意見なので頭が痛い」
「お辛いですね……」
「はい。なので弟のプラスになるのであればフェンリル学校に通わせるのもいいのではないかと」
「うーん、吾輩たちだけでは決めるのが難しい話にゃ。エドアルドや学校長がいればまた話が変わってくるのにゃが」
「そうなりますよね。……そうだ、弟たちに会っていっていただけますか。王族としてお披露目もしてない身なのですが」
「お披露目していないのかにゃ? そんなに幼いのかにゃ?」
「いえ、今年で10歳になります。ただ『王家の生まれでありながら精霊魔法も元素魔法も使えないのは恥だ』とする貴族どもの声が強くお披露目できていないのです」
「それは困りましたにゃ」
「はい。それで皆様でなにかわかればと」
「そういえば弟『たち』とおっしゃいましたが、姫君たちにもお目にかかった方が?」
「弟は妹たちの面倒をよく見ています。なので一緒に会うことになるかと」
「承知いたしました。お役に立てるかはわかりませんが、お目にかかってみましょう」
「よろしくお願いします。それではこちらへ。弟たちの暮らしている離宮へと案内いたします」
王太子殿下直々に案内してくれるようだ。
それだけ切羽詰まっているということなのだろう。
果たして俺で役に立てるかどうか……。
城の中を歩き見事な庭園を横切った先、あそこにある建物が離宮なのだろう。
離宮の横ではまだ幼い少女ふたりと少年が追いかけっこをしている。
あれが第三王子と王女さまたちかな?
「あそこで遊んでいるのが末の弟である第三王子エイスです。一緒にいるのは妹のフローリカとエレーナ、フローリカが姉でエレーナが妹になります」
「にゃ。楽しそうに遊んでいるにゃ。姫殿下の御年はお幾つですかにゃ?」
「今年でフローリカが7歳、エレーナが5歳になります」
「それじゃあ、遊びたい盛りね」
「離宮のものたちは手を焼いているようです。……離宮には信のおけるものしか配置できませんし」
「……大変ですね」
「ええ、まあ。エイス! フローリカ! エレーナ! お客様だ!」
「お兄様! お客様とは僕たちにでしょうか」
「ああ、そうだ。きちんと挨拶なさい」
「はい。エイスと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「フローリカです、よろしくお願いします」
「えれなです。よろしくおねがします」
三者三様、きちんと挨拶ができるいい子たちである。
それに俺たちもきちんと挨拶をするとエイス王子から思わぬ反応があった。
「あの、フートさんって後天性魔法覚醒施設を那由他の国に教えてくださった方ですよね!?」
「あー、いや。あれは学校の研究者たちが頑張った成果ですよ」
「ですがその成果もフートさんたちが研究者の皆様を集めなければなかったと伺ってます。本当にありがとうございました」
「いえ、お気持ちだけで十分ですよ。……それよりも殿下は魔法が使えないとか?」
「はい、お恥ずかしながら……王家の生まれでなんの魔法も使えないのは僕だけです。後天性魔法覚醒施設にも足を運んでいますが、いまだに覚えられなくて」
「ふむ……お体に触ってもよろしいですか?」
「はい、どうぞ」
許可が出たのでエイス王子の額に軽く手を当てて魔力を流してみる。
すると、王子の体内で魔力の滞留が起こっていた。
その先を探っていくと……ああ、これは……。
原因はわかったので額から手を離す。
すると、エイス王子に王太子殿下、フローリカ姫まで俺の事を見つめていた。
「フート殿、なにかわかりましたか?」
「そうですね、順を追って説明いたします。まずはエイス王子の魔力量ですが、一般的な成人と比べてもはるかに多いことがわかりました」
「おお! ……ですが、それだけの魔力があるのになぜ魔法が使えないのでしょう?」
「その原因もわかりました。体内で魔力の滞留が起こり体外へ放出することができなくなっているのです。そのため精霊たちが近寄っても魔力を感じない存在のため力を貸せないと判断されていたのではないかと思います」
「では、その原因を取り除けばエイスも魔法を使えるようになると?」
「はい。……ただ、その方法が……」
「方法がないのですか?」
「いえ、俺の魔法でなんとかなるのですが……おそらく精神的にも肉体的にもかなりの激痛が走ると思います。ショック死するようなことはありませんが、数日寝込む可能性は否定できません」
「なんと……エイス、これはお前の問題だ。どうするかはお前が決めなさい。この機を逃せば魔法が使えるようになるタイミングは二度とないと思うんだ」
「大丈夫です、お兄様。フートさん治療をお願いできますか?」
「構いませんが、相当苦しいですよ? 大丈夫ですか?」
「無能と蔑まれとも王族の端くれ、覚悟はできています。むしろ、この程度の覚悟ができなくてはこの先やっていけませんから」
「その覚悟、承りました。それでは、治療を始めます。……といっても、回復魔法一回なので一瞬で終わるのですが」
「わかりました。お願いいたします」
「では。……エイル!!」
「エイル!? レベル7回復魔法!!」
王太子殿下に切り札のひとつを見せてしまったが仕方がないだろう。
いまはこの少年の覚悟に答えるときだ。
俺の回復魔法は正常に作用し、エイス王子を包み込みその状態異常を癒やす。
つまり魔力器官の異常も一気に修復するわけで……。
「ぐっ……あぁぁ!!」
「エイス!」
「だ、だいじょうぶです、あにうえ……痛みは引いてきました」
「肉体的な痛みは大丈夫でしょうが、精神的な痛み……疲労は回復できていないはずです。今日はお休みになる方がよろしいかと」
「お気遣いありがとうございます、フ-トさん。ですが、いまは自分が本当に魔法の才能がないのか確認したいのです」
「……わかった。後天性魔法覚醒施設まで連れて行けばいいのだな」
「お手数をおかけします、お兄様」
エイス王子は王太子殿下に背負われ、離宮の外れにあった後天性魔法覚醒施設へと向かう。
俺たち4人と姫君たちもそのあとを追った。
覚醒施設の前に到着すると、少しふらついた足取りではあるがエイス王子は施設内へと向かっていく。
残された俺たちにできることは、精霊たちがエイス王子を認めてくれることを祈ることだけだ。
やがて、覚醒施設内から出てきたエイス王子は入っていった時よりも力強く歩いてきた。
「やりました! 回復魔法に水と、土、雷の精霊魔法を取得できました!」
兄妹4人で喜んでいる王太子殿下や王子たち。
そんな姿を見て、疑問を覚えたのはリオンだった。
「にゃ? 一度にそんなに取得できるのかにゃ、フート殿?」
「いままで貯まっていた分じゃないかな? あの王子の周り、精霊の密度が濃かったし」
「なるほどにゃ。ですが、そんなに一度に覚えてうまく扱えますかにゃあ」
「そこは俺も心配だな……ちょっとお節介を焼きに行くか」
お節介……つまり簡単な魔法指導を俺はエイス王子に行うことにする。
王太子殿下は反対するかと思いきや、むしろ大歓迎のようで自分も見ていくとはりきっていた。
後天性魔法覚醒施設と同じように離宮の外れに作られていた魔法訓練施設でエイス王子に精霊魔法の手ほどきをする。
すると面白いほどぐんぐんと魔法の腕前が上達し、取得した3属性すべてがレベル1魔法を完璧に使いこなせるようになった。
これには王太子殿下や王女殿下たちも大喜びだったが、ここでエイス王子の限界が来たらしい。
ガクンと糸が切れるように倒れ込みそうになったところを支え、王太子殿下へと預ける。
「エイルの精神的ダメージに精霊魔法の連続使用、そして精霊魔法のレベルが上がった事への喜びから疲れが一気に出たんだと思います。一応、医者に診察してもらってください」
「ああ、ありがとう。まさかエイスがこんな立派に魔法を使える日が来るとは思わなかった」
「ありがとございます、フート様。エイスお兄様も大変喜んでいらっしゃいました」
「いままでで一番うれしそうだったよ!」
エイス王子が倒れた……というか気を失ったため魔法の講義もここで終了。
王太子殿下はエイス王子を寝室へと運び寝かせたあと、俺たちを城門まで見送ってくれた。
「なあ、フェンリル学校への入学、諦めてくれると思うか?」
「むしろより強く希望するようになったと思いますにゃ」
「でしょうね。フートは加減を知らないのよ」
「そうですね。そこがいいところでもあるんですが」
「エドアルドさんと学校長には早めに一般市民の子供を受け入れられるよう準備を進めてもらうか……」
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フートによる魔法指導から約二週間後、王城内にて……。
「アクアランス! アイスランス! ロックバレット! サンダージャベリン!!」
「……あれが『無能のエイス』か?」
「見ろよ、あの的。詠唱なんてほとんどなかったのにあんなに欠けてるぜ?」
「っていうか、サンダージャベリンって雷のレベル4だよな? いつの間に練習したんだ?」
国王は王立学院の生徒を呼び集め、エイスのお披露目を行っていた。
エイスはあの後もっと魔法を習いたかったと悔しがったが、すぐに気を取り直して魔法の練習に励む。
そして元から蓄えていた知識と豊富な魔力量、並外れた努力により短期間での高レベル魔法習得となったのだ。
「ふむ、我が息子ながら恐ろしいまでの上達速度だな」
「はい。宮廷魔術師長も素晴らしい逸材だと」
「エイス王子は元々努力家でしたからな。魔法関連の書物も人一倍読み込んでいました。それが実を結んだのでしょう」
「うむうむ。……さてそうなるとエイスにも側近を割り当てねばな。ブノワ、お前の目から見て王立学院の生徒でエイスの側近に相応しい人材はいるか?」
「いませんね。やはり、事前に教育していた子弟をあてがうのがよろしいかと」
「そうなるか。……あとは、フェンリル学校が受け入れてくれるかだな」
「王命は使わないと?」
「あそこは自主性でなければ伸びない場所だ。無理矢理入れても意味がない」
「そうですな。学校長にお願いして近く体験入学をできるように取り計らってもらいましょう」
「頼んだ。……しかし、本当に成長著しいな!」
……フートたちのいないところで国王たちによるフェンリル学校への期待は高まっていたのだった。
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