210.邦奈良の現状 学校視察

 デーヴィッド魔法学長との会話も終わり今日の用事はこれで終了、あとは帰ってもいいわけだが……時間が半端だな。

 窓から外を眺めてみると校庭では子供たちが元気に対人戦の訓練を行っている。

 世界が変われば遊びも変わるということなんだろう。

 もう少し余裕を持ってほしいところだが危険と隣り合わせのこの世界では望みが高すぎるか。

 だが、俺の隣に来たセドリック校長は子供たちを見てため息交じりに言葉を発する。


「おや、あの子たちはまた……校庭で戦闘訓練はするなと言っていますのに」


「そうなのか?」


「はい。……といいましても、戦闘訓練用の訓練場も空いていないのでしょう。あそこも手狭になってきましたからな」


「拡張はできないのかにゃ?」


「拡張はもう無理なのですよ。各施設を可能な限り拡張した結果、もう空きスペースがほとんどなくなってしまいまして戦闘訓練などができるような広いスペースは確保できません」


「それは困りましたね……」


「……まあ使っているのは木剣で周りにいる生徒も十分に注意をしているようです。通路からも離れていますし仕方がないのでしょうな」


「怪我とかは……自分たちで治せるのよね」


「はい。骨折のような大きな怪我にならない限り自分たちで治療しています。おかげで回復魔法を使う速度なども早くなっているのですが……なんとも言いがたいですな」


 うーむ、土地の確保はこれ以上できないんだよな。

 でも、修練用のスペースは確保してあげたいが……なんとかならんものかね?


「ほう。講師に出してる冒険者たちから聞いてはいるがなかなかやるもんさね」


 話に加わってきたのは冒険者ギルドのギルドマスター、ロレーヌさん。

 いつも通りの気だるそうな口調だが、視線は子供たちに向けられている。


「ふむ、本当に立派なものさね。田舎から出てきた勘違いどもにお手本として見せてあげたいくらいだよ」


「ありがとうございます。ですが、本物の冒険者と同じレベルとは言えないのでは?」


「さっき言ったろう、講師に出している冒険者から聞いてるって。ここの子供たちの方がはるかに冒険者らしいたくましさがあるって聞いてるよ」


「鍛えられ方が違いますからね」


「ふむ鍛えられ方か……学校長、毎日じゃなくてもいいから何人か冒険者ギルドに鍛錬に向かわせる気はないかい?」


「それは……生徒たちにはいい機会かも知れませんが、本人たち次第ですな」


「もちろん無理強いはしないさ。希望者だけで十分だよ。そうさね、希望者がいたら連絡を。来週から迎えのものをこっちに来させるよ」


「ありがとうございます。ですが冒険者ギルドで鍛錬をして大丈夫でしょうか?」


「むしろこっちから頼みたいねぇ。冒険者になれたってだけで浮かれてる連中に刺激を与えてほしいんだよ。こっちの子たちの方がレベルも技術も知識も上だからねぇ」


「わかりました。明日、各教師へ希望者を募るように伝達いたします」


「頼んだよ。それじゃアタシはこれで」


 後ろ手に手のひらをひらひらさせてロレーヌさんは会議室から去っていった。

 残っているギルド関係者は……ユーリウスさんと商業ギルドマスターくらいか。


「ユーリウスさん、ハンターギルドでここの子供たちを修行させることは可能かな?」


「そうですね……1日20名程度なら受け入れることができるでしょう。自分たちよりも年下の子供が自分たちと同等もしくは自分たち以上の技量を持っていると知れば、こちらのギルドでも熱が入るかも知れませんので」


「……という訳なので学校長、こちらもよろしく」


「わかりました。フート理事長たちはこのあとのご予定がありますかな?」


「いや、特になにもないが……みんな、なにかあったか?」


 ほかの3人に聞いてみるが、全員首を横に振る。

 誰も特段用事はないようだ。


「それでしたら校内を案内しましょう。以前とは変わっているところも多いですので」


「わかった。それじゃ、案内してもらおうかな」


「はい。行きましょう」


 セドリック校長の案内の元、俺たちは校舎内を見学して歩く。

 通常授業と呼ばれる国語や数学、地理などを教えている教室に残っている生徒は誰もいない。

 代わりに各ギルドが監修している技能修練棟に向かうと大勢の生徒であふれていた。


「いつもこの調子なのか?」


「そうですな。みな、それぞれの分野で学びたいことを見つけようと必死です。先ほど報告したとおりひとつのことを極めようとする子もいれば、いろいろな職種を移り渡り自分に合ったものを探す子もいます」


「大変感心なことですにゃ」


「ええ、いいことです。さて次は……鍛冶ギルドの鍛冶場ですな」


 鍛冶ギルドの施設は一段掘り下げられたところに作られたらしい。

 従って上から見下ろす形になるが……生徒たちは一心不乱に鉄を打ってるな。


「にゃ? あの鉄はどこから仕入れているにゃ?」


「なにかあったの、ネコ」


「あれはいわゆるくず鉄にゃ。あれからまともな道具を作るとなると相当な労力が必要ですにゃ」


「そうなの? でもここって鍛冶ギルドの直轄でしょ? そんな品質の悪いものを仕入れるはずが無いと思うのだけど」


「いえ、リオンさんの言っていることであってますよ。彼らはあえてくず鉄から良質な鉄を抽出、そして武器や道具を生産しているのです」


「……ずいぶん手間暇かけているのね」


「彼らに言わせると『今のうちしかこんな機会はないから』だそうです」


「だろうにゃ。でも、くず鉄じゃなくても不純物を取り除く作業は絶対に必要にゃ。それを鍛えられるのだから悪いことではないのだにゃ」


「そう言ってもらえると助かります。彼らの作った製品も見ていきますか?」


「せっかくだから見せてもらうにゃ」


 校長に案内されて製品の保管庫に入ってみたが、一面にさまざまな武器や道具が並べられている。

 武器は一般的な片手剣から斧、メイス、ハルバードなんてものまで作っているみたいだ。

 道具の方をみると鍋やクッキングナイフといった生活に身近な品を作っているらしい。

 校長の説明によると、生活用品も鑑定を受けて問題ない品は街に卸しているとのこと。

 既存業者との住み分けもしっかりやっているので問題なく販売できているようだ。


「さてそれでは訓練場へと向かいましょうか。あそこが一番混み合っていると思いますが」


「そうだな。そこをみてみよう」


 そういうわけで訓練場へと移動したわけだが……確かに生徒であふれていた。

 ちゃんと指導役の教員もついており、スペースの確保もできているが手狭だな。


「……まあ、こういう状態なわけですよ」


「これは大変だな」


「冒険者ギルドとハンターギルドが手を貸してくれてよかったにゃ」


「訓練は基本的には木製の武器です。指導教官がついて許可がある場合は刃引きした鉄製の武器でも行えることとしております」


「生傷が絶えなさそうですね……」


「でも女の子たちも頑張っているわよ」


「元がスラムの子供たちですからね。いざというときのために戦闘技術は必須と考えているのですよ。それから怪我人も相応の人数が出ますが治療担当の教員が必ず常駐していますのでたいした問題にはなりません。……教員の回復魔法レベルが上昇するくらいに怪我が多いのですが」


「本当に大変だにゃ」


「ええ、まあ……さて次で最後ですな。魔法覚醒施設と訓練場へご案内します」


 最後ということで魔法関係の施設に来たが、魔法覚醒施設は大きな天幕に包まれていた。

 天陀で見かけた覚醒施設も防護壁で守られていたし、暗くする必要があるのかな?


「校長、第四号魔法覚醒施設って天幕が必要なのか?」


「ああ、いえ。必要ではないのですが、外部の人間から構成を見られないよう隠すようにと王宮から命令が下ったもので」


「王命なら仕方がないな」


「効果から考えて国家機密級ですからにゃあ」


「私どもとしてはそこまでのものを作ろうと思っていたわけではないのですが……」


「結果がそうなったのなら仕方がない。そしてこちらも熱が入っているな」


「はい。魔法訓練場も常にいっぱいの状態で……本当は増やしてあげたいのですが、なかなか」


「仕方がないにゃ。土地がなくなってしまったものはどうしようもないのにゃ」


「だなぁ。まさか、ここまでの規模になるとは」


「誰も思っていませんでしたね。……ああ、あそこにいる少女が五色シャーマンの少女です」


 校長が指さす先には的に向かって一心不乱に、かつ舞うように魔法を放っている少女がいた。

 見た目からするとまだ10歳前後に見えるがどうなんだろうな?

 彼女が放っている魔法は全部ショット系とバレット系のレベル1魔法だ。

 だが一発撃つごとに属性を変え、なおかつ遅延もない。

 あそこまでの魔術師はそんなにいないんじゃないだろうか。


「見た目は普通の少女だが、こうして魔法を放っているところをみると冒険者やハンターにも負けないな」


「はい。ですが、それ故に余計心配になりまして」


「防犯設備の方はデーヴィッド魔法学長に任せてあるからそちらを待ってくれ」


「わかりました。これで主だった施設は見学いただきましたが気になった点はありますでしょうか?」


「キャパシティ不足ってところ以外は問題なさそうだな」


「ですにゃ。そこを埋める方法がないのが苦しいですにゃあ」


「ねぇ、新しく土地を買うのは?」


「訓練場を作れるような土地はありませんのにゃ。都も全体として土地不足なのですにゃ。この学校を建てられるほどの土地が余っていたのが奇跡ですにゃ」


「スラムの住人たちにも協力してもらったからな。……そっちの問題はギルドで話し合ってもらうか」


「ですにゃ。それ以外の学校運営は問題ありませんにゃ」


「それはよかった。それでは基本的な教育方針はこのまま継続してもよろしいでしょうか」


「そうだな、問題ないよ。無理をさせないようにだけは注意してくれ」


「はい。……そろそろ暗くなり始めますな。生徒たちも夕食の時間となります」


「では俺たちは帰らせてもらうよ。有意義な時間をありがとう」


「こちらこそ。またなにかありましたらおいでください」


「ああ。次にくるのは……テイマーギルドと一緒に来るときかな」


「承知いたしました」


 学校視察も無事終了。

 訓練場の不足以外は問題が起こってないようなのでなによりだ。

 防犯関係は……ちょっと不安があるが魔法学長がなんとかしてくれるだろう。

 今日の打ち合わせはこれで終了、明日はまたハンターギルドで打ち合わせだ。

 ユーリウスさんから予定を聞いたが、本当に休みなしの会議続きであった。

 ……うん、頑張ろう。

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