191.テイマーギルドにて

「はー、これがテイマーギルド本部か」


「ええ、そうです。というか、ユーリウスさんたちは来たことがなかったんですか?」


「ねぇなあ。従魔とか関係なかったから」


「私も従魔は専門店で見て回ってただけだから総本山に入るのは初めてよ?」


「そんなものなんですか?」


「フート殿はフェンリルを育て、その育成方法を広めた功績があるので自由に入れるのであるが、普通は入れないにゃ」


「……そういえば、ここのハンターギルドにもテイマーギルド支部があったっけ。……まあ、この人数で入れなかったら、俺だけ届け物を済ませてくるからちょっと待っててくれ」


「はい、わかりました」


「まあ、断られるかどうかは微妙なところよね」


 どうなるかわからないが、とりあえず受付に行ってみる。

 受付で事情を話してみると、意外な答えが返ってきた。


「従魔ショップに出す前の従魔や従魔ショップから帰ってきた従魔の預かり所がある?」


「はい。あまり知られてないんですがそういう施設もあるんですよ。そこでしたら一般の方でも入れますし、相性が良ければそのまま従魔としてご購入と従魔登録を行えますよ」


「吾輩も知らなかったのにゃ……」


「本当に知られてないんですよね。テイマーギルドって従魔が逃げ出した場合に備えて頑強な作りになっていて近寄りがたいですからね……」


「基本的に従魔ショップで足りてるものね」


「そうなんですよ。だから、本当の意味で一時預かり施設です」


「それでは吾輩たち以外はそちらに行ってもらうにゃ」


「ではご案内いたしますね。フート様たちは……」


「私が案内するわ」


「あ、ギルドマスター」


「久しぶりね、フートくんたち。無事の帰還、おめでとう」


「ありがとうございます」


「天陀からの通信で新聞記事の初稿を持ってるって聞いたのだけど」


「それを届けにきたのですにゃ」


「そう。それじゃあ、ギルドマスタールームで話しましょう」


「わかった。それじゃあ、皆、またあとで」


「ええ、それじゃあね」


「行ってきます、先輩」


 エーフラムさんやリコたちと分かれ、俺のパーティはギルドマスタールームへ向かう。

 ギルドマスタールームにはかなり成長したレッサーフェンリルが待ち構えていた。


「ただいま。お客様だから大人しくしててね」


「クゥーン」


「ずいぶんと大人しいな」


「まあね。成長するたびに私のいうことをよく聞くようになってくれたわ。これも成長なのかしら」


「……ふむ。レッサーフェンリルは成長とともに知能も上がっていくそうだ。この子もかなり成長しているから相当賢くなっているらしい。あと、もうしばらく鍛えて魔法を与えていけばフェンリルに進化できそうだって。うちのフェンリルが言ってる」


「……すごいわね。もうそのレベルの念話ができるの?」


「多分、俺としかできないけどね。……これがグラニエから頼まれた記事だよ」


「見せてもらうわね。……ふむ、なるほど。これまでフェンリルに進化した件数はフートくんも含めて5例。どのフェンリルも戦闘経験はかなりのものがあるはず。可能性のひとつとしては十分に考えられるわね」


「ただ、この件は無理をして死者が出る可能性もあるって言ってたね」


「そうね……ちょっと注意が必要な情報ね。これは記事にするよりも研究チームに回して確かめるべき案件ね」


「……つまり、自分のレッサーフェンリルを進化させたいんだにゃ?」


「……当然でしょ。憧れなんだから」


「まあまあ、いいじゃない。ギルド運営に支障が出ないなら」


「出ないわよ。短期間なら私がいなくてもギルドがまわる体制を組んだからね」


「本気だな」


「本気よ」


「止める気はないけど無茶はしないようににゃ」


「大丈夫よ。灰色の森までしか行かないから」


「ともかく、今回のお使いはこれで終わりかな」


「そうね。……まあ、相談したいことはあるのだけど」


「相談? なら聞くけど」


「いいえ、これはギルド連合の全体会議で話すわ」


「わかった。学校がらみだな」


「そういうことよ。……それじゃあ、一時預かり施設の方に行ってみましょうか。運がよければいいパートナーが見つかっているはずよ」


「だといいけどな」


 ギルドマスタールームでの話し合いは終わった。

 ギルドマスターのマルガさんに案内されて一時預かり施設へと移動したが……これはまた。

 一時預かり施設ということで大規模なケージとかがあるのかと思ったが、各従魔ごとにすごしやすい環境を整えてあった。


「……これまた大規模な施設だな」


「従魔に少しでもストレスを与えないためよ」


「まるで動物園ですね」


「赤の明星が言っていたドウブツエンを再現したって言われているわ。もう何代も受け継がれてその都度拡張され、いまの状況なんだけどね」


 実際、かなり見事なものだ。

 レッサーフェンリル用のケージには草原が再現されているし、大木が設置されている木の上には鷹に似た従魔がこちらを興味深そうに覗いていた。

 高いところを張り巡らされたツタの上には……なんだろう、リスに似た感じの従魔が走り回っている。

 ほかにも、いろいろな従魔が広い空間の中で生活していた。


「こんなところで飼っているんですね」


「飼う、というよりすごしてもらっているってところね。次の主人候補を見つけに行くまでにね」


「へぇ……それにしても、従魔ってこんなにいるものなのね」


「そうよ。進化条件がわかっていない、レッサーフェンリルのような従魔もいるけど、進化条件がわかっている従魔がほとんどだもの」


「そうだったんですね……それにしても、どの従魔たちもこちらを興味深げに見てますね」


「おそらくはテラとゼファーの雰囲気を感じているのだと思うわ。かなり気配を抑えてくれているけど、それでも漏れ出している気配が逆に絶対強者だとわからせるに十分だからね」


「あー……テラとゼファーは外で待っていてもらった方がいいか?」


「外に出しても同じことよ。あなたたちに染みついたテラとゼファーの気配が残るからね」


「なるほど。邪魔にならないならこのまま行こうか」


「その方がいいわね。……あなたのお知り合いはレッサーフェンリルのエリアにいるわ」


「ふむ? 行ってみようか」


 彼女の言うとおり、レッサーフェンリルのエリアに皆はいた。

 ライラさんの隣には赤い毛並みのレッサーフェンリルがくっついているし、アキームの肩の上には先ほど見かけた鷹が乗っていた。


「皆、なにをしてるんだ?」


「あ、先輩」


「あの子が従魔と契約できるかを見守っているのよ」


「あの子? 契約?」


 皆が見ている先を視線で追う。

 そこにはリコが一匹のレッサーフェンリルと向き合っていた。


「あら、子狼じゃない」


「子狼?」


「あの子、属性がわからないのよね。見たとおり灰色の毛をしたレッサーフェンリルなんて見たことがないし。だから従魔ショップに任せることもできず、ずっとここで育てているのよ。魔法は食べようとせずに、魔力しか食べないのだけどね」


「そんなレッサーフェンリルがいるものなのかにゃ」


「いるみたいだな。俺も驚いてるけど」


 リコは真剣な表情で子狼と呼ばれているレッサーフェンリルと向き合い続けている。

 子狼の方もリコをしっかりと見据え、目をそらそうとしない。

 やがてリコが子狼に手を伸ばすと、子狼はその手を打ち払う。

 リコはしゅんと悲しげな表情になるが子狼の方も怒ったような様子はなく、むしろ悲しげな感じを受ける。


「あんな状態がずっと続いているのよね」


「リコも粘り強く続けているんですよ」


「でもなかなか上手くいかなくて……」


「あれなら上手くいきそうなのだけどねぇ……」


「フートさん、なにかわかりませんか?」


「うーん、相性は悪くない。ただ、子狼の方が自分の感情に戸惑っている感じ……かな?」


「それはありそうね。いままで誰にも興味を示さなかったし、誰からも興味を持たれなかったからね」


「あ、リコが動きました」


 リコは子狼の前に各種属性を込めた魔力を浮かべてみた。

 子狼は……そのうちひとつに興味を示している。


「……フート、あれって」


「ああ、回復魔法に興味を示しているようだな」


「そんなことがあるのかにゃ?」


「レッサーフェンリルはいずれかの属性を持って生まれるんだ。テラやゼファーが火や水のフェンリルから生まれたことを考えたなら、突然変異で回復魔法を主食にするレッサーフェンリルがいても不思議じゃないな」


「それがわかってもどうすればいいかわからないわね」


「あ、リコが動きます」


 リコは今まで以上に力強く子狼の前に手のひらを差し出した。

 子狼はそれを払いのけようとするが、それを受けてもリコの手はびくともせず……。

 リコの手が子狼の鼻先まで届いたとき、子狼がリコの手に噛みついた。


「あ!」


「フートさん!?」


「大丈夫だ。そんなに顎の力は強くないから食いちぎることなんてできないし、少し血がでてるけど甘噛みレベルだ。むしろ子狼の方が驚いてるな」


 そして、リコの様子を見ていると、子狼になにか話しかけていた。


「大丈夫だよ。怖いことなんてなにもないからね……ヒール」


「キュゥン」


 リコが噛みつかれた怪我を回復魔法で癒やしたようだ。

 また、子狼はその時にあふれ出た魔力を食べたようで……灰色だった毛並みが一瞬で真っ白に変わっていた。

 そして、真っ白になった子狼はゆっくりとリコの元へと歩み寄り、リコに甘えるように足にすりついている。


「……どうやら契約は成立したようね」


「のようだな」


「正直焦ったわ。子狼があんな反応を見せるなんて初めてだったから」


「終わり良ければすべてよし、としよう」


「そうね。それじゃ従魔登録ね」


 なお、アキームの肩にいた鷹はハンティングホークという従魔で、偵察が得意な従魔らしい。

 アキームたちがハンティングホークのケージに入ったらすいっと飛んできてそのままアキームの肩にとまって動かなくなったらしい。

 こっちの方も無事従魔契約できたのでよしとしよう。

 ……あと、アキームとリコの従魔代と従魔登録費用は俺が支払うつもりだったのだが、フェンリルの進化についての貢献分があるのでタダでいいと言われてしまった。

 育てているのだから費用がかかっているだろうと支払おうとしたが、ギルドマスター命令でタダにされてしまったため逆らえなかったよ……。

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