190.エーフラムたちの事情

「とりあえず、お前らの礫岩の荒野遠征の無事を祝って乾杯だ!」


 今日のエーフラムさんはずいぶんと明るいな。

 隣がニコレットさんだったので聞いてみると、


「アイツはようやく回復魔法を覚えた。これで師匠の面目も立つ」


 ……つまり、数日間通っても魔法を覚えられなかったと。

 幼い精霊って必死になってる人間は怖がるから、時間がかかるんだよなぁ……。

 そんなことを考えているうちに、乾杯は終わり歓談の時間となった。

 まだ昼間なので、全員飲んでいるのはジュースである。

 エーフラムさんは普通に酒を頼もうとしてライラさんに止められていたが。

 この輪の中には俺たちが連れてきた新人3名とエーフラムさんたちが指導している新人もいていろいろ話をしているようだ。

 しているようだが……ひとつ気になることが。


「エーフラムさん、魔術師の男……名前は……ええと……」


「グレゴリオか。アイツは死んだよ。つーか、俺が殺した」


「エーフラムさんが殺したんですか!? それってどういう?」


「まあ、落ち着きな。どっちにしろ、今日話しておくつもりだったことなんだからよ。フート、アイツのことは覚えているか?」


「うーん、正直、あまり。協調性がなくて高飛車な男だった、ぐらいしか」


「そんだけ覚えてれば十分だ。で、お前ら、ハンターのルールってどこまで覚えている?」


「え? 決まった期間内に決まったモンスターを狩ってくるとかじゃなく?」


「さすが、品行方正な優等生は違うよな。実際にはもっと細かいルールがあるんだよ。街中で必要なく攻撃魔法を使うなとか、街の住人とケンカすんなとか」


「あの、それって一般常識レベルじゃ……」


「そういうところまで明文化しないと守らないヤツも出てくるし、罰則を与えられないんだよ。で、グレゴリオのヤツだが、戦闘中に仲間に向けて攻撃魔法を意味もなくわざと何回も放った。それ以外にも街の住人と何回もトラブルを起こし、その度に魔法を使って脅していた。これはギルドの目から得た情報だから間違いねぇ」


「……それってかなり問題なんじゃ?」


「ああ、問題だ。なので、一度、警告を与えて態度を改めるか様子を見たんだが……態度はさらに悪くなった。なので、ヤツはパーティから追放、ハンター資格も取り消しになったよ」


「当然の結果だにゃ。ハンターには相応の品格も求められるのにゃ」


「ま、ここまでならちょこちょこある話さ。田舎から出てきた腕自慢が間違えてハンター資格試験を突破して見習いになり、勘違いするってパターンでな。だが、グレゴリオはもっとひどかった」


「ひどかった?」


「俺たちに対して罠を仕掛けて攻撃してきたんだよ。罠自体はニコレットがすぐに無効化したし、グレゴリオ程度の魔法じゃ俺の魔法耐性を抜けねぇ。そういうわけで、ヤツは逃亡しようとしたが、ライラに足をやられてそれもかなわなくなったわけだ」


「で、トドメを刺したのがエーフラムさんと」


「そうだ。……いまの話、どう思った?」


「んー、特に問題ないんじゃないのかな? 仲間としてやっていくには態度が悪すぎるし、そんな人間を正式なハンターにはできないんでしょう? それなら追放された時点で別の道を探せばよかったのに復讐に走った。全部自業自得ですよね」


「私もフートさんの意見に賛成です。人としての道をそこまで踏み外してしまっては外道ですから」


「私もね。っていうか、本来ならひと思いに始末できたんじゃないの? それをしなかったのはなぜかしら?」


「あー、そう思うわよね。現地の魔物狩りで森の中を歩いているときに襲撃を受けたのよ。エーフラムはすぐに投げナイフで応戦したんだけど、木が邪魔で当たらなくて、私が魔法で攻撃したってこと。目標を視認できなかったから、動けなくするので手一杯だったけどね」


「そういうわけさ。……そっちの新人3人はどうだ? きついと思ったら引き返せるぜ?」


「いや、きついっつーか……他人を襲ってる時点で盗賊とかと一緒ッすよね」


「そうだな。それなら、反撃で殺されても仕方がないって思う」


「それにそれまでの態度も自分のせいですよね。全部自業自得なんですから同情する余地はないです」


「……だとさ。お前ら、いつまでも引きずってんじゃねーよ」


「はい」


「頭ではわかっているんですが……」


「どうしても忘れることができず」


 ふむ、エーフラムさんが面倒を見ている新人ハンターは相当ショックを受けている様子だな。

 リオンは……我関せずとマタタビジュースをちびちび飲んでやがる。

 俺が慰めるしかないのかねぇ。


「少なくても忘れる必要はないと思うぞ」


「お、フート?」


「短い間でも仲間……ではあったんだろ? だったらそのことは忘れずに覚えておくことだ。同時に、ハンターに相応しくない態度をとれば自分たちもそうなる可能性があることを覚えておいてな」


「……そうですね」


「……すみません、ほかのパーティの方にまで心配をかけるなんて」


「どこかで区切りをつけないといけませんよね」


「ふむ、少しは前を向く気になったか」


「はい。……少しは、ですけど」


「ならば、後天性魔法覚醒施設にいくぞ。いまならば精霊たちも応えてくれるやも知れん」


「え、それはどういう……」


「精霊だって、自分の殻に閉じこもってうじうじ考え込んでいるような人間に力を貸したくはないってことだよ」


「……それで、私たちは何度行っても成功しなかったんですかね」


「その可能性は高いな。まあ、そっちにもスケジュールがあるだろうから、無理がない程度に頑張れ」


「はい! ありがとうございます!」


 ジュースを飲み干し出て行く3人の顔は少し晴れやかになっていた。

 あれなら、回復魔法だけならすぐ覚えられるかな?


「そういえばエーフラムさんたちはなぜ邦奈良に?」


「あー、さっき言ったグレゴリオの件であいつらの調子がガタガタになってたんで一度引き上げてきたのと、後天性魔法覚醒施設だったか? それができたって話を聞いて上手くいけば回復魔法くらいは覚えられるんじゃねーかと思ってさ」


「その様子だと覚えられたみたいですにゃ」


「おうよ。……まだレベル1だけどな」


「私は元々覚えていたし、これ以上魔法属性を増やしても上手く扱える自信がないから行ってないけど……行っておいた方がいいかしら?」


「時間があるなら行っておいた方がいいですよ」


「そうね。魔法だけ使えるようになっておけばどこかのタイミングで使えるかも知れないし」


「……私も明日から覚醒施設に行ってみましょう」


「そういえばニコレットさんは?」


「アイツは精霊系水魔法と回復魔法を覚えたよ。MPが少ないから使いどころが難しい、とかいいながら相手の注意をそらすのに魔法を使ったりと器用なもんだ」


「あー、ニコレットさんなら得意そうだ」


「魔法に敏感な魔物ほど有効だから試してみちゃどうだ?」


「うーむ、吾輩たちのターゲットは超高レベル魔物とモンスターに移っているであるからなぁ……」


「さすがに、そんな手には引っかからないと思うのよね」


「ただ、魔法を使って挟み撃ち、っていうのは面白いかも。ありがとう、エーフラムさん」


「おう、役に立てたならなによりだ。……で、お前ら今日の予定はどうなってるんだ?」


「んー、今日明日は完全にオフですね」


「完全にオフ、というか明後日から忙しくなるので今のうちに骨休めしておけとのことでした」


「めんどくさい会合とかもあるから苦手なのよねぇ……」


「……まあ、そういうわけなんで、今日明日は完全オフ……でもないか。まずはテイマーギルド本部に行って天陀で頼まれた配達物を届けないと」


「ああ、そうでしたにゃ。遅くなるといけないから、このあとすぐに行かなければですにゃ」


「ふむ、面白そうだな。俺たちもついていっていいか?」


「構わないけど……面白くは無いと思いますよ?」


「実を言うとね。私も従魔がほしいと思ってたところなの。従魔ショップをいろいろ歩いてみたんだけどなかなか見つからなくて……」


「テイマーギルド本部なら見つかるかも、ってことですか」


「そう。ダメなら諦めるけど」


「テイマーギルド本部でそういうことをやっているかわからないけど、それでもいいなら構わないですよ」


「やった。じゃあよろしくね」


「決まりだにゃ。リコたち3人も一緒に来るにゃ」


「え、でも、お邪魔じゃないですか?」


「大人しくしていればいいにゃ。それにリコには従魔がいた方がいいにゃ」


「わかりました。……でも、私たち装備を調えるだけのお金しか……」


「それくらい俺たちで持つよ。……というか、テイマーギルドに行ったら、また大量のお金を渡されそうで嫌なんだが」


「フートさんたちって一体……?」


「気にしない方がいいにゃ。ジュースも飲み終えているみたいだし、出発にゃよ」


 こうして、少し強引に話を切り上げて車に乗り込みテイマーギルド本部へ向かった。

 車の中ではエーフラムさんが「この車揺れねぇ!? しかも静か!」と騒いでいたがご愛敬だろうな。

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