164.冒険者崩れのその後

「アレックス?」


「今回の遠征組で黒旗隊の隊長をしているヤツだよ」


「のわりには声が若かったわね」


「20代中盤って話だぜ。ただ、レベルはかなり高いはずだ。……っと、入っていいぞ」


「では失礼いたします。……そちらの方々は?」


 入ってきたのはギルドマスターが言っていたとおり20代半ばくらいの偉丈夫だった。

 服を着ていてもわかる無駄な筋肉のない体つきと、歩く姿勢は相当な実践経験をうかがわせる。


「ああ、こいつらか。お前たちが礼を言いたいっていっていた赤の明星たちだよ。今日はたまたま俺に報告にきてたんだ」


「おお! それでは、あなたがあの後天性魔法覚醒の研究を承認してくださった方なのですね!」


「うーん、そっちはどちらかというとついでだったんだがなぁ。俺としては学校の魔法講師を招きたかっただけだし……」


「まあ、そうですにゃ。ですが、後天性魔法は理論がほぼ確立され国軍では広まっているようですにゃよ?」


「相変わらず耳がいいわね、ネコ」


「それほどでも、ですにゃ」


「我々はあなた方によって回復魔法士という大きな弱点を克服することができました。実際、私もハイヒールまでなら使えるようになっていますし、今回の遠征に連れてきているメンバーのほとんどがハイヒールを、残りも回復魔法を使える人材だけで構成しております」


「ずいぶんと豪華な編成に思えるんだけど……」


「礫岩の荒野ともなると、我々でも後れをとる魔物が現れます。いざというときに編成したパーティごとに応急治療だけでもできないと命に関わりますからね」


「なるほど。それで、こんなに厳選したメンバーというわけだ」


「はい。残りの隊員は都に残り魔法の訓練や新しい属性を授かれないかを試しているはずです」


「そうか。役に立っているならなによりだよ」


「ええ、ありがとうございます」


「挨拶はすんだか、アレックス。報告があってきたんだろう?」


「失礼いたしました。我々に回復魔法を与えてくれた恩人がいたためつい……」


「まあ、気持ちはわかるぜ? ……ハンターギルドでも事務員なんかの構成員に後天性魔法を覚えさせて、応急手当をできる体制を整えさせてもらったしな」


「ちゃっかりしてるな、ギルドマスター」


「どこのギルドでもやってるよ。学長と商業ギルド、魔術師ギルドの許可が出ているからな」


「……ふむ、吾輩たちがいない間に都は変わったようですにゃ」


「ええ、変わりましたね。それがどう動くのかは未知数ですが……とりあえず、ご報告の件を」


「そうだったな。脇道にそれちまってすまん」


「いえ。……例のサジウス領の残党ですが発見しました」


「その様子だとあまり面白い話じゃないようだな」


「ええ、サジウス領の冒険者……つまりは元騎士のみが死んでいて、赤の明星二名は行方知れずとなっています」


「……本当に面白い話じゃないな」


「死んでいた状況ってわかるのかな?」


「ええ、私も現場を見てきましたから。……ただ、魔物に食い荒らされていて、死後何日経っているか、死因がなんなのか、ともに不明です」


「だわな。結界で守られているキャンプ地内で死んでいたなら多少はわかるだろうが、そうじゃないなら遺品から調べるしかねぇものなぁ……」


「はい、この手で捕まえることができなくて残念です」


「しかし、気になるのは赤の明星たちがいないことだにゃ。あのふたり、冒険者崩れどもよりは強かったのにゃがそれでも礫岩の荒野で生き延びていけるほどの力はないはずだにゃ。どこかで野垂れ死んでいれば後腐れがないのにゃが……」


「ええ、不謹慎ながら私もそう思います」


「だが、そうもいかないだろうな」


「おそらくは教会勢力か、その支援者が動いていますね」


「……教会勢力って礫岩の荒野で戦えるほど強いの?」


「いえ、レベル的にそこまでの強さではないですよ。ただ、暗殺者独特の技術と戦い方をしてくるために、一概にレベルだけで物ごとを計れないというか……」


「なるほどねぇ。参考になったわ」


「お前らもやつらとかち合うことになったら気をつけろよ。いろいろな毒や味方ごとの暗殺までどんな汚い方法もよしとしてくるような連中だからな」


 その言葉に俺たちは苦笑いを浮かべるしかない。

 地龍王はこれを見越して加護をくれたのかな?


「ああん? どうしたんだ?」


「それなんですがにゃ……地龍王様からいただいた加護に毒の完全無効と暗殺攻撃の防御がありますのにゃ」


「まあ、俺たちにはその手の攻撃は効かないだろうな」


「反則だな、お前ら」


「それは地龍王様に伝えてもらいたいにゃ」


「地龍王? あの龍王の一柱ですか? なぜ、そんな存在の名前が?」


「ああ、その情報も共有しておかなきゃな。こいつらが狙ってるから手出し無用といっていたストーンランナーがいただろう」


「ええ、私たちも確認しています。普通のストーンランナーでは走り回らないコースを走り回っていましたが」


「……どうにもそのストーンランナーの中身が地龍王の分体、つまりはソウルの塊でできた意識体らしいんだよ」


「は?」


「……まあ、そうなりますにゃ」


「呆けちまうだろうが、事実だ。さっき演習場でバカみたいにどでかい土魔法が発動していただろう? あれも地龍王由来のスキルだとさ」


「……信じられませんが、この状況で嘘をつく理由がありませんね」


「あとで音声記録も聞かせてやるよ。で、とりあえず、そのストーンランナー、つまり本来のルートを無視して走り回ってるヤツについては特殊個体扱いで手出ししないように黒旗隊でも通達してくれ」


「わかりました。元より我々では相性の悪いストーンランナー。その特殊個体ともなれば、手を出す隊員はいないでしょう」


「それと地龍王様は人間と戦いたがる性格のようですにゃ。自分から襲いかかることはしませんが、こちらから手を出せば喜んで応戦してくるでしょうにゃ」


「……確実に手を出さないように通達しておきます」


「そういうわけだ。で、黒旗隊はいつまでこちらに残るんだ?」


「元の予定通り、もうしばらくの間……3週間程度でしょうか、それくらいは残ります。魔物を倒して実地訓練をしつつ、捕縛対象になっているサジウス領の赤の明星を探索ですね」


「……なんだか、申し訳ありません。同じ赤の明星がこんなにご迷惑をおかけして」


「いえ、一口に赤の明星といってもいろいろな性格の人間がいることは我々の国でも承知しておりますので。皆様のように発展に寄与してくださる方もいらっしゃれば、侵略戦争や国家転覆を企てる者も過去にいましたからね」


「そういうことだ。あまり気にしなさんな、ミキの嬢ちゃん」


「はい、ありがとうございます」


「それでは私はこれで失礼いたします。皆様もお気をつけて」


「ええ、ありがとう、アレックスさん」


 アレックスさんは一礼した後、部屋から出て行った。

 その後も俺たちの話し合いは続く。


「……にしても、教会の連中が直接動いてきやがったか。こりゃマジモンだな」


「一体都では何が起きてるのにゃ?」


「そいつは都に戻ってきたときに説明してやるよ。いまは残りのモンスター狩りに全力を注ぎな」


「……そうだな。都の話も気になるが、俺たちは俺たちでやることがあるからな」


「今回は明確なタイムリミットもありますしね」


「残りは1カ月半くらいだっけ? ネコ?」


「……ご自分たちの体調なんですから自分で覚えていてくださいにゃ。1カ月半は残ってないのにゃ。ただ、地龍王様のおかげで残りのモンスターは楽に狩れそうにゃ。特にハーミットホーンはにゃ」


「そうなのか?」


「詳しい話は追々説明するにゃ。ギルドマスター、他に連絡事項はあるかにゃ?」


「特にねぇな。できればハーミットホーン討伐後にもう一度戻ってきてほしい程度だ」


「了解したにゃ。時間に余裕がある限りそうするにゃ」


「……いや、あの魔法を見る限り、ハーミットホーンはおいしい獲物だろう?」


「油断は禁物にゃ。では、吾輩たちも失礼するのにゃ」


 こうして、ギルドマスターとの話し合いは終了、次のキャンプ地に向けて移動となった。

 都の情勢は気になるのだが……いまは目の前の問題に取りかかろう。

 ……でも、ハーミットホーンがおいしい獲物ってどういう意味だ?

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