137.学校見学 その一
「え-と、これで全員かな?」
俺が戸惑っている理由はひとつ、国側の参加者が聞いていたよりも多いからだ。
全員平民服なのは助かるが……大丈夫か?
昨日、事前にフェンリル学校には連絡してあるし、大丈夫か。
「申し訳ありません。急遽、今朝になってから魔術師に2名と財務局員1名が、実際の学校を見てみたいと言い出して……」
「こちらは構いませよ。それで、皆さんのことはなんてお呼びすればいいのでしょう? 子供たちは知らないでしょうが、官職名で呼ぶのはちょっと」
「ですな。それでは……」
内務卿はヤスパース、軍務卿はヨハンション、宮廷魔術師長はコリンソン、財務局長はラレテイとなった。
残りの魔術師ふたりはキースとジュディ、財務局員はフレスと名乗るらしい。
「名前も決まったし、出発して大丈夫でしょうか。いまの時間なら授業が始まったところですし」
「そうですな。皆も異論はないな」
反対意見も出なかったので、リオンに車を出してもらい学校までの道を進む。
俺は道案内兼ガイドとして国家側の車に乗っているが、全員が見るものすべて新しいと言った様子だ。
まあ、スラム近くなんてくる理由がないだろうけどね。
車で走ることしばらく、フェンリル学校の門へとたどり着いた。さすがに一番身分の高い俺が挨拶しないわけにもいかないので、門番さんに頼んで、校長を呼んできてもらう。
校長は3分ほどでやってきた。
「お待たせしました。フート理事長」
「こちらこそお世話になります、セドリック校長」
校長が来てくれたので、合図を送り皆に車から降りてきてもらう。
セドリック校長には国からの使節団が来ることは伝えてあったのだが……。
人数が増えている事には驚いているようだ。
「初めましてかな、セドリック校長。私は、ヤスバースと申すものだ」
「ヤスバースさんですか……わかりました。ようこそ、我らがフェンリル学校へ」
さすがに校長はもと商業ギルド員だけあって内務卿たちの顔は知っているよな。
その内務卿がヤスバースと名乗ったんだから、今日一日は市井の人間として視察に来ている、と言うポーズを崩さないつもりだろう。
さて、授業はもう始まっている時間なわけだが、早速校庭では体力作りの訓練が行われていた。
「セドリック校長、あれは?」
「基本的な、体力作りですな。メインはやはり冒険者を目指す少年少女向けですが、体力はどのような職業でも求められるものです。今は簡単な装備をつけて走る練習をしているようですな」
「装備をつけての実習など、冒険者志望の子供たち以外には無用なのでは?」
「ところがそうでもないのですよ。商業ギルドなどでは都から別の都市に移動することもありますし、他のギルドでも都から地方都市に派遣されることはあるらしいのです。そのため、若いうちから簡単なレザー装備の手入れの仕方と護身用武器の扱い方は教えて欲しい、と依頼がありましてな。……まあ、武器の扱いは体がしっかりできる冬の終わりになりそうですが」
「……なるほど。そういえば、聞き忘れていたが、この学校は何月に入学するのだ?」
「7月から8月頃を想定しております。何分、スラムの子供を受け入れるのに必死だったもので、そういうルールは後回しにされてしまいましてな」
「いや、それはすまなかった。体力作りの様子はわかった。他の授業は見せてもらえるか?」
「そうですね……少年期向けの算数でしたら大丈夫かと」
セドリック校長の言葉に引っかかりを得て、俺はつい口を挟んでしまう。
「セドリック校長、少年期向けとは?」
「主に7歳から10歳までの子供向けの算数ですよ。やはりその頃の子供ともう少し上の子供では、吸収力が違いますからね」
「……7歳の子供も引き取ることができたんだな」
「おかげさまで。スラムの顔役も、これだけの実績があるのなら、子供たちを任せても大丈夫だろうと。それ以上に、子供たちが来たがっていたというのもありますが」
苦笑をわずかに浮かべながら、セドリック校長は当時の事を思い出していた。
「さて、あまりのんびりしていますと、授業が終わってしまいます。急いで移動することにしましょう」
校舎内だが、上履きを用意して履き替えるように指導した。
最初は嫌がっていた子供たちも、掃除が楽になることで今は受け入れてくれている。
俺たちは来客用のサンダルで移動した。
すると、ちょうど少年期向け算数の授業が終わったところだったようだ。
「これは残念ですね。あと少し間に合いませんでした」
「構いませんよ。できれば少し生徒に話を聞いてみたいのですが」
子供たちに興味を示したのは財務局の一般職員さん。
どんな授業がされていたか気になるのだろう。
「無理をしなければどうぞ」
「では……」
「ああ、その前に俺たちが入るよ。客寄せパンダ代わりに」
俺はテラとゼファーを連れて教室の中に入る。
はしゃいでいた子供たちだが、2匹の姿を見て一気に興味がそちらに移ったようだ。
「この子たちはテラとゼファー。毛をつかんで引っ張ったりとか、乱暴な事をしなければ大人しいから興味があれば触ってみるといい」
そうすると、一気に駆け寄ってくる子供たち。
テラとゼファーは省エネモードの2.5メートルしかないから人だかりができてすごい。
でも、一通り触って満足できた子供はちゃんと離れて、他の子供に順番を譲ることができていた。
この辺も、スラム暮らしで自然と身についた生き方なんだろう。
「さて、あの子でしたら簡単な質問には答えてもらえると思いますよ」
「すみません、お膳立てをしていただいて……もし、そこの君」
「ん? おっちゃん誰?」
「ああ、心配はいらないよ。俺の知り合いだ」
「あの狼の兄ちゃんの知り合いか。なら安心そうだ」
「君がさっきまで受けていた授業、どんな事を習っていたのかな?」
「うーん、俺はあまり頭が良くないからな。3桁同士の足し算と引き算、それから1桁のかけ算を習ってるところだぜ」
この言葉に度肝を抜かれたのは財務局の人。
まあ、スラム上がりの子供がそんな教育を受けているとは信じられないだろうな。
「……すまないが、君のノート? を見せてくれないか」
「いいぜ! ノートは落書きとかで無駄にページを潰さなければ、タダで新しいものをくれるから勉強し放題なんだ!」
そう言って彼が持ち出してきたのは、シンプルな紙のノート。
財務局の人はそれを開くと、各ページを速読していった。
さすがに速読は慣れているんだろうなあ。
「……ありがとう。本当にそれだけの計算ができるんだね」
「おう! この学校に入って2カ月くらいだけど、勉強は楽しいし、飯もうまい、安心な寝床にきれいな服まで貸してもらえて助かってるぜ!」
「ありがとう、参考になったよ」
「ん? よくわからないけど、役に立てたのなら良かったぜ。じゃあ、またな!」
かけ去って行く少年を見送りながら財務局の人はぽつりとつぶやく。
「……あのレベルの教育は、同年代の貴族でもしているかどうかわかりません。家庭教師をつけての個人指導でそれなのに、集団指導でここまでのレベルとは」
「家庭教師が簡単な問題ばかり作って、おべっかばかり使うからじゃないのか?」
「……否定できませんね」
そして、皆の元に戻ってきたわけだが……財務局長さんの顔も暗いな。
「どうしたんです? ラレテイさん」
「ここの教師に頼んで成績優秀者のノートを見せてもらったんだ。そこにはすでに5桁の足し算引き算と、3桁のかけ算、2桁の割り算の勉強跡が残っていてね。……まだ正解ではなかったが、惜しい線をいっていた」
「……まあ、成績上位者ですからね」
「……帰ったら早急に王立那由他学院の指導要綱を見直してもらわねば……平民の生徒はフェンリル学校の卒業生に仕事を全部奪われるぞ」
「はは、さすがに言い過ぎな気もしますが……次の授業に移動しましょうか」
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