94.三角鹿のブラウンシチュー

 結局、ゲーテが正気に戻り、ミキと一緒に鹿肉バーガーを配り終えてくるまで一時間くらい待った。

 その場にいた職員たちはモンスター肉の料理と聞いてどよめきが走り、我先にと食いついたが同時に一口目を食べた途端に動きを止めてしまったそうだ。

 厨房側のスタッフにも配られ、モンスター肉の奥の深さを思い知らされていたそうだ。

 今後はあの味を少しでも再現できるように本気で調理に取り組むとか。

 大丈夫か、鹿肉バーガー。

 あと、解体組のところでは親方だけがすぐに食べようとしなかったらしいが、他の職員に勧められて食べたら稲妻に撃たれたように食べ尽くしたそうな。

 そして、普通の鹿肉を使ったシチューでいいからミキの料理が欲しいとねだってきたらしい。

 本当に大丈夫なのか、この料理。


「おお、嬢ちゃん。ようやく帰ってきてくれたか」


 ブルクハルトさんが帰ってきたミキを笑顔で出迎える。

 正直、笑顔は似合わん


「はい。皆さん喜んでいただけて嬉しいです」


「そうか。……そのわりには残念そうじゃねぇか?」


「うーん、改良点とかを聞けなかったんですよね。個人的にはいろいろと教えて欲しかったというか」


「嬢ちゃんのあの料理じゃ文句の言いようがないと思うぞ。せいぜい、使っているバンズだのが肉に負けているとかそういう話だろうさ」


「ああ、それは言われました。でも、パンから作る時間もなかったんですよね」


「……あの量じゃなぁ」


「それで、なにか私に用事があるとか」


「ああ。まずは例の鹿肉、どの程度持っているのか測らせてくれ」


「それは私もお願いしたいです。大量の肉をそのままアイテムボックスに放り込んじゃったので、どの程度あるのかわからないんですよ。アイテムボックスに数量だけじゃなく、ものの大きさや重さを調べる機能があると嬉しいんですけどね」


「そこまで便利じゃねぇってことさ。ついでだから熊肉も測らせてくれ」


「いいですけど、熊肉はあまり譲れないですよ?」


「そんなに持ってても仕方ないだろう?」


「赤の明星の寿命って知ってます? 何事もなければ300年らしいですよ。神様が言ってました」


「わかったよ。熊肉についてはなんか考えとく。それで、鹿肉が多そうだったら卸して欲しいんだが……」


「かまいませんが、凍らせたりしたら鮮度が落ちませんか? 私、熟成とか血抜きの知識はありませんが、多分いまが最高の食べ頃ですよ?」


「そいつも大丈夫だ。アイテムボックスと同様の能力を持つ保管庫を用意させる。それまで鹿肉は預かってもらうがな」


「了解です。……で、鹿肉をなにに使うんですか?」


「オークションにかける。美食家どもは大金をはたいてでも買うだろう」


「腐らせたり、もったいないことはしないでくださいね」


「わかってるさ。さて、次の用件なんだが」


「はい、なんでしょうか」


「さっきの鹿肉シチュー、明日の食事会で出したい」


「うん? それくらいならかまいませんよ?」


「集める人間が問題なんだ。集めるのは各ギルドのギルドマスターども。舌も肥えた連中だ」


「それは嬉しいですね。改善点とか教えてもらえそうです」


「……フート、お前の嫁さん、考え方が独特じゃね?」


「今更だな。ミキはああいう性格だよ」


「まあ、いいさ。明日、食事会は昼からだ。よろしく頼むぜ」


「了解です。それでは間に合うように来ますね」


「……準備はいらねえんだな」


「必要な食器や人員の手配はそっちで用意しておいてくれな」


 これで今日は解散。

 さて、明日はどうなることやら。

 ……俺も念のため同行しよう。


*******************


「おい、ハンターの。今日はうまい飯を食わせてくれるそうじゃないか。本当にうまいのかい?」


 早速やってきたのは、冒険者ギルドのギルドマスターだ。

 相変わらずやってくるのが早いこって。


「ああ、気を失うほどうまいぞ。その代わり、ひとり一人前だ。パンは用意してあるからそれで満足してくれ」


「ふうん。まあ、ハンターのがそう言うなら期待させてもらうよ。……そういえば、フートたちが帰ってきてるらしいね。その絡みかい?」


「相変わらず情報が早いな。そうだよ、あいつらの料理人がとんでもないものを作ってきやがった」


「情報が早いもなにも前線基地からの報告は私も受けてるからね。……あいつらが食ったって串焼き、私も食べたいねぇ」


 串焼き、なんだそりゃ?

 うちのギルド員はそんなことなにも言ってなかったぞ!


「ブルクハルト様、本日はお招きいただき、ありがとうございます」


 次に来たのは商業ギルドのか。

 さすが、行動が早いな。

 特に金の匂いがするときには。


「商業の、そんな肩肘張るんじゃねぇよ。今日は気軽な食事会だよ。とりあえず、な」


「とりあえず、ですか。たまらない言葉ですねぇ。どんな食事を振る舞っていただけるのでしょう?」


「せっかくの食事会だ。楽しみに待っておきな」


「それもそうですね。……そういえば、未確認モンスターの討伐を行ったとか。魔宝石のオークション出展準備はバッチリですよ?」


「そいつはありがたい。……と言いたいところなんだが、俺も実物をまだ見てなくてなぁ。後で一緒に実物を見ようぜ」


「それはいいですね。ということはフート殿もご一緒ですか。学校の話もしたいところですが……」


「そいつはまた今度にしてくれや。経営が赤字なわけじゃないんだろう?」


「むしろその真逆で困っているところです。……ですが、本当に忙しいんですね」


「……やつらの肩に那由他の国が乗っちまったからな……」


「……悔しいですね。大人として」


「ああ。……他の連中も集まってきたな」


 今日、集めたのはこの街に存在する各種ギルドの主たち。

 前も来た鍛冶のの他にも、裁縫、紡織、大工、調理、薬学、錬金術、テイマーなどなど。

 呼びかけたギルドは全員集まってくれた。

 俺が呼びかけなかったギルドでも、他のギルドが誘ってくれたおかげで来てくれた彫金ギルドや木工ギルドなどもいる。

 さて、もう時間だ。

 そいじゃ、始めようとするか。


「集まってくれてありがとう。知っているとは思うがハンターギルドのギルドマスター、ブルクハルトだ」


「そんな定型的な挨拶はいいぞ。今日は食事会なんだろう。さっさと飯を食おうぜ」


「そうは言ってもな、鍛冶の。彫金ギルドや木工ギルドのマスターは知り合いじゃねーんだよ」


「ああ、我々はお構いなく。ここに来たのは学校運営に少しでも噛ませてもらえないかという下心もありますので」


「木工を教えてもらえると嬉しいんだがなぁ」


「そう言うことは商業のと学校長とやってくれ。……そういや学校長は?」


「今日は来られないそうですよ。代わりに別の日に今日の食事を振る舞ってもらえるそうですが」


「……おい、それほどなのか? ハンターの」


「黙って食えばわかるよ。それじゃ、給仕頼んだぜ」


 さすがに給仕までミキに任せるわけにいかない。

 つーわけで、給仕はプロに任せることにした。

 ……この人数になるなんて思わなかったからプロを呼んで良かったわ。


「……これが今日の料理か?」


「ああ、これが今日の料理、三角鹿のブラウンシチューだ!」

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