「こいつらの楽器は、こいつらの命だ。武士にとっての刀といっしょだ」

 巨体の、金時と呼ばれた男が云う。

「バカな。刀とこんな安物の楽器と、対等であるはずがなかろう」渡辺綱が刺すような眼差しで云った。

「やすものだろうと、古ぼけていようと、こいつらにとっちゃ、命の次に、いや、命と同じくらい大事な代物だ。それを無残に壊しちまうなんざ、あんた、鬼だよ」

 ふん、と嘲笑するように鼻をならし、綱は金時をにらみすえる。

「まあいい、今回は見逃してやろう。だが、お前はもういらぬ。二度とその下卑たツラを私に見せるな」

 冷酷に云いすてて、綱はきびすをかえし、手を振って郎党に撤収を指示しつつ、去っていった。

「大丈夫か、あんたら」

 綱一党が通りの向こうへ姿を消すと、金時が、朱天たちに声をかけた。

「ああ、大丈夫」と朱天はよろよろと立ちあがりながら答えた。「いや、助かったよ、恩に着る」

「ああ、女の子まで。あいつら、まったくゆるせねえ」

 さっきまでの仲間を、金時という男は嫌悪するように云って、星を助けおこしている。

 後で知ったことだったが、金時は、関東の足柄山で――いささか耳を疑う話だが――獣の熊に育てられたのだそうだ。少年期に源頼光と出会い、爾後、そのもとで育成され、やがて舎人とねりとして働いていたが、宮仕えというものにどうしてもなじめず、官人たちの気質にもあわず、いつ暇乞いをしようか、と悩んでいた矢先のこの出来事だった。歳は十九。長身の熊童子よりもさらに三寸ばかり大きな長身を筋肉の鎧でつつんだ、屈強な男だった。

 みな、この朴訥な勇士をすぐに好きになった。

 茨木などは、出会った直後に、

「金」

 とあだ名で呼んだ。

 金は、傷だらけの星を背負い、さらに太鼓も琵琶もひとまとめに軽々とかつぎ、朱天一座のねぐらまで運んでくれるという。


 一座は、打ちひしがれるように、三条大路から下がって四条まできた。

 通りに出たとたん、

 ――なにかおかしい。

 朱天は異様な雰囲気を感じた。

 すると、四条大橋のほうから、ぞろぞろと、人々が歩いてくる。

 みな一様に肩をおとし、生きる希望を失ったような、亡者のような行列だった。

 一座は足をはやめた。

 人波でごったがえす中を進み、橋の欄干から河原をのぞく。

 と、そこは、まるで地獄絵図のようだった。

 検非違使たちが、そこで商売をいとなむ者たちを追い出し、丸太と板きれと筵で作られた店々を打ち壊し、焼き払い、さからう者を容赦なく殴りつけ、足蹴にし、怒号と叫喚であふれていた。

 朱天たちのいきつけのあの飯屋も、すでに取り壊されている。

「ひでえ」金がつぶやいた。「これが人のすることか」

 解体作業を指揮する検非違使が叫ぶ声が聞こえる。

「不浄なるものは焼き払え!醜悪なものは追い払え!」

「なにが、不浄だ。なにが、醜悪だ」朱天の握ったこぶしがこきざみに震えた。

 彼らがいったい何をしたというのか。ただ、生きるためにここに流れつき、粗末な小屋でささやかな商売をし、泥水をすするようにして生きていた者たちだ。その人々になぜ、さらに惨苦を味わわせる必要があるのか。

 男が殴られている。その脇で子供が泣いている。女が髪をつかまれ引きずられ、川のなかへ投げ込まれる。

 がまんの限界をむかえたように、茨木が走りだす。

「待てっ」

 朱天がとめた。

「とめるな、行かせてくれ、アニキ」

「だめだ、今いっても、殺されに行くようなものだ」

「だけどっ」

「ゆるさん」

 朱天の毅然とした態度に、茨木は立ちすくむ。怒りをぶつけるものもなく、ただ、橋の欄干をこぶしで殴る。

「くそ、くそ」

 叫びながら、何度も殴る。

「黙ってみているだけなのか、アニキっ」

「ああ、そうだ。俺たちに何ができる」朱天は、茨木にも劣らない怒りをおさえこみ、苦しげにいった。「俺たちには何もない。刀も弓も、なにもない。戦うすべなどどこにもない」

 一座は、うなだれた。誰もが言葉を失った。

「あるわ」

 いつのまにか、金の背からおりた星が、朱天と茨木の間に立っていた。

「私たちには、音楽があるわ」

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