五
「こいつらの楽器は、こいつらの命だ。武士にとっての刀といっしょだ」
巨体の、金時と呼ばれた男が云う。
「バカな。刀とこんな安物の楽器と、対等であるはずがなかろう」渡辺綱が刺すような眼差しで云った。
「やすものだろうと、古ぼけていようと、こいつらにとっちゃ、命の次に、いや、命と同じくらい大事な代物だ。それを無残に壊しちまうなんざ、あんた、鬼だよ」
ふん、と嘲笑するように鼻をならし、綱は金時をにらみすえる。
「まあいい、今回は見逃してやろう。だが、お前はもういらぬ。二度とその下卑たツラを私に見せるな」
冷酷に云いすてて、綱は
「大丈夫か、あんたら」
綱一党が通りの向こうへ姿を消すと、金時が、朱天たちに声をかけた。
「ああ、大丈夫」と朱天はよろよろと立ちあがりながら答えた。「いや、助かったよ、恩に着る」
「ああ、女の子まで。あいつら、まったくゆるせねえ」
さっきまでの仲間を、金時という男は嫌悪するように云って、星を助けおこしている。
後で知ったことだったが、金時は、関東の足柄山で――いささか耳を疑う話だが――獣の熊に育てられたのだそうだ。少年期に源頼光と出会い、爾後、そのもとで育成され、やがて
みな、この朴訥な勇士をすぐに好きになった。
茨木などは、出会った直後に、
「金」
とあだ名で呼んだ。
金は、傷だらけの星を背負い、さらに太鼓も琵琶もひとまとめに軽々とかつぎ、朱天一座のねぐらまで運んでくれるという。
一座は、打ちひしがれるように、三条大路から下がって四条まできた。
通りに出たとたん、
――なにかおかしい。
朱天は異様な雰囲気を感じた。
すると、四条大橋のほうから、ぞろぞろと、人々が歩いてくる。
みな一様に肩をおとし、生きる希望を失ったような、亡者のような行列だった。
一座は足をはやめた。
人波でごったがえす中を進み、橋の欄干から河原をのぞく。
と、そこは、まるで地獄絵図のようだった。
検非違使たちが、そこで商売をいとなむ者たちを追い出し、丸太と板きれと筵で作られた店々を打ち壊し、焼き払い、さからう者を容赦なく殴りつけ、足蹴にし、怒号と叫喚であふれていた。
朱天たちのいきつけのあの飯屋も、すでに取り壊されている。
「ひでえ」金がつぶやいた。「これが人のすることか」
解体作業を指揮する検非違使が叫ぶ声が聞こえる。
「不浄なるものは焼き払え!醜悪なものは追い払え!」
「なにが、不浄だ。なにが、醜悪だ」朱天の握ったこぶしがこきざみに震えた。
彼らがいったい何をしたというのか。ただ、生きるためにここに流れつき、粗末な小屋でささやかな商売をし、泥水をすするようにして生きていた者たちだ。その人々になぜ、さらに惨苦を味わわせる必要があるのか。
男が殴られている。その脇で子供が泣いている。女が髪をつかまれ引きずられ、川のなかへ投げ込まれる。
がまんの限界をむかえたように、茨木が走りだす。
「待てっ」
朱天がとめた。
「とめるな、行かせてくれ、アニキ」
「だめだ、今いっても、殺されに行くようなものだ」
「だけどっ」
「ゆるさん」
朱天の毅然とした態度に、茨木は立ちすくむ。怒りをぶつけるものもなく、ただ、橋の欄干をこぶしで殴る。
「くそ、くそ」
叫びながら、何度も殴る。
「黙ってみているだけなのか、アニキっ」
「ああ、そうだ。俺たちに何ができる」朱天は、茨木にも劣らない怒りをおさえこみ、苦しげにいった。「俺たちには何もない。刀も弓も、なにもない。戦うすべなどどこにもない」
一座は、うなだれた。誰もが言葉を失った。
「あるわ」
いつのまにか、金の背からおりた星が、朱天と茨木の間に立っていた。
「私たちには、音楽があるわ」
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