第189話 帰って来た
ここに立って、と係の人が小さな声で指示するのを、ぼうっとした頭で聞いていた。
目には黒いスーツの人たちが表彰状や記念品の準備をしているのが映っているのに、おれの脳裏にはまだ、今日の試合の映像が、繰り返し繰り返し流れている。
先を取られまいとする竹刀の先が焦りに揺れて、踏み切りのタイミングを僅かに早まったのが分かった。
呼吸、指の動き、面の向こうの口の形まで────はっきりと見えていた。
突き出される剣先を少しの動きで払う。
袴で見え隠れする足さばきが相手の意思を見せて、おれはするすると技を仕掛ける。
綺麗な踏み込み、乾いた打突、過ぎ去る空気が残心の背から去って行く。
いくつものシーン、いくつもの立ち会いで、その研ぎ澄まされた神経がくっきりと認識する、一瞬。
「久我滝夜くん」
「はい!」
「優勝おめでとう」
今日、眠れそうにない。
自分の席へ戻ると、みんなが笑顔で迎えてくれた。
「滝夜おめでと~!」
「見てたよ!」
「凄いな!」
「カッコ良かったぜぃ!」
口々に祝ってくれて、ポンポンあちこち叩かれる。
みんな帰ってなかったんだ。めっちゃ嬉しい。あれ、なんだ? おれ、泣いてんの?
「泣くなよ~」
「わははは」
「へへっ、」
なんか戻ってきた気する。
帰ってきた。
もう嬉し過ぎる。
みんなサンキュー。
着替えたりしてたら、輝夜が『陽太さんと小猫さんからメールでーす』と言った。
『滝夜、見てたよ~』
『おめでとうじゃの』
『カッコよかった~。優勝おめでとー』
なんか言葉が出なかった。
メールで良かった。きゅっと胸が詰まって、ほんとうに泣きそうだ。
応援してくれたんだ、みんな。
自分だけの世界にいたような、そこにはおれと、相手しかいないような、そんな場所にいたと思ってた。
でもおれは思ったよりもたくさんの人に応援されていて、そのことがめちゃくちゃあったかく感じる。
急に声が、手が、笑顔がまわりにいっぱいあって、おれを囲んで祝ってくれているんだ。
────嬉しい。
こんな経験、初めてだ。
一生忘れない。
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