第153話 神がかりな美が命を奪う

「いてててて……」


 昨日寝落ちして床で寝たせいで身体が痛いし、変な時間に目が覚めた。

 まだ薄暗い。


 ゆっくりと伸びをして、ストレッチ。

 トイレ行って時間見たらまだ5時、ちょっと気が抜ける。

 二度寝するほどじゃないし、散歩したら豆助が起きるし。


 外を見ようと窓を開けると、フワッと爽やかな風が入って、緑の匂いがした。

 空は晴れて、今日もいい天気になりそう。


 ここは孤独になりがちだけど、綺麗で本当にいい所だ。

 良い悪いで言うなら、断然良い。悪くない。


 おれは身支度をして、ちょっと早いけど、散歩がてら道場へ向かった。


 石段を登ると、つい振り返る。

 あの日見たのとは違う景色が広がっていて、不思議な気持ち。

 こんな風におれの住む町にも、毎日違う景色が広がってたのだろうか。

 いや、もちろんそうなんだろう。ここから見えるほんの端っこに、そこはあるんだから。

 同じように見えていたのが、不思議なくらいに。


 山門を入ると、箒を持った師範が見えた。


「おはようございます!」

「おお、早いな」

「早く起きちゃって……」


 側に寄ると厳しい顔が満面の笑顔。


「ちゃんと眠れておるか?」

「はい」


 そう返事はしたけど、歯切れ悪かったかな?

 師範は表情を変えた。


「親御さんも帰られて淋しかろう」

「……」

「儂が爺でなければ家に呼んでやるが……」


 その時おれは嬉しそうな顔をしたんだろう。

 師範はそれに気付いて言った。


「嫌でなければ家で寝起きするが良い」

「────ありがとうございます」


 それがどんなものか想像は追いつかなかったが、その親切が胸に迫って反射的にお礼を言っていた。


「陽太が滝夜くんと同じ時間帯で寝起きしておればなあ」

「はい……」


 規則正しい生活の方が寿命を伸ばせそうだけど、陽太が望んでるのは長生きじゃないんだろう。


「昼前には迎えに行くから荷物を整えておくが良い」

「はい」

「儂はまだ作務があるゆえ、後ほど」

「はい」


 ひとりだけの道場で、習ったことの復習をする。

 模擬刀とはいえ道場に置いて走りに行く訳には行かない。走るなら持って走るしかない。

 寺の周りを走っていいとは言われてないし、時間も読めないから。鏡があったら良かったのに。

 何度かそう思う。


 御刀を抜く動作は体捌き。

 ちゃんとした動きができてたら、そのように抜ける。

 もたついたり引っかかるのはできてない証拠、だけどどこができてないかわからない。


 師範がいれば鏡になってくれるけど、一人だと、ダメなことしかわからない。

 でも、師範だって一人で練習する。

 自分で稽古することだって大事なことだ。


 真剣の恐ろしい光より心に負担はない模擬刀の刀身。

 繰り返し抜くたびに、それでも美しいと思う。

 魅了される。

 神が宿ると昔の人が考えたのも無理はない美しさ。

 それは剣道にはない感覚。

 神がかりな美が命を奪う、それは物凄く日本的な理だ。

 いつか余りにも綺麗なものに絶たれたいと、夢見るほどに。

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