第139話 武士たる者常住座臥戦場
山入寺は昨日、二度も来たのに、違う場所みたいな気がする。
朝早いのに境内は綺麗に掃き清められていて、そして細川くんも望遠鏡も何も無くなってた。
「昨日、ここで天体観測したんだ」
「綺麗だった?」
「うん凄かった。細川くんがガチでさ、邪魔にならないように一回ずつ見て帰った」
「いいなあ」
そう言って空を仰ぎ見た咲良は、朝日に長い髪がキラキラして、その姿はしばらくおれの目に焼き付いていた。
道場は本堂の裏、すぐ着いた。
入り口はもう開いていて、おれは「おはようございます!!」と言いながら中に足を踏み入れる。咲良も後に続いて、おれに負けないくらい声を出した。
土間から見える道場には、昨日見た位置に師範が端然と座している。
慌てず急がず、きびきびと靴を脱ぎ仕舞い、一礼して道場に入った。
「お願いします」
師範は涼しい顔でこちらを向き、一言「おはよう」。
おれは昨日と同じく3メートルほど離れて対面に座り、御刀を右に置き、手をついて、礼。
「お願いします」
頭を上げる。
「一般に」
師範はおもむろに話し出した。
「居合いとは型である。現在ある十二の型をよく鍛錬し、いかに素早く美しく抜刀し納刀するかが肝要である」
表情ひとつ変えずに発せられる低音ボイス、いつまでも聞いてられるな。
「そこに剣道のような敵を倒す稽古は含まれない。道具が真剣である限りそれは避けられぬ」
確かに実際に斬る訳に行かない訳だから、そういう練習はやろうとしてもできないよな。
「そも、武士たる者常住座臥戦場、いついかなる時もむざむざ討たれては成らぬと。開始の合図と共に開始する尋常の勝負など有り得ぬこと、得物を手放しておる時座しておる時、害意に対し即座に斬り返す。それができねば不覚悟というもの、元にあるのはこういう常識だ」
わー、ザ・武士。葉隠だー
「故に、剣道との比較において今の居合が作られた。新しい武道であるよ」
新しいんだ!
ずっと昔からあったと思ってた!
「斬り合わぬので仮想敵である。実際に己が強いかは別問題となる」
そう言われると複雑……
でも師範、絶対強いと思うんだけど。
「ときに久我殿。剣道の腕を見せてもらってもよろしいか」
「えっ……」
何この展開……
まあこれから教える為に、どれくらい振れるか知りたい気持ちは分からなくもないけど。
「はい」
否は存在しない。
おれはそう思って返事したけど、どうやって見せたらいいんだろう。
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