第93話 滝夜ロックオン

 その時、急に暗くなった気がした。


 振り向くと、黒っぽい服の男性。覗き込むみたいに割り込んできていた。

 暗くなったのは、光源をその男が遮ったから────つまりそいつは、影みたいに見えた。


「お楽しみのところお邪魔しますよ」


 声が降ってきた。

 みんなの顔から笑顔が消えていく。


「この中の誰かな?」


 篠崎くんと佐々木くんの間に顔を近づけて、ふたりを交互に見て言った。

 その時分かった。あいつだ。


「花野咲良のお相手は」


 あの時の記者だ。


「誰ですか」


 反射的に後ずさり、1メートルくらい離れてから、怯えた心を隠すように平静を装って、篠崎くんが聞いた。


「僕は寺井っていうんだけど……」


 全員の顔、表情をざっと眺めて、嫌な感じの笑みを浮かべる。


「見た顔がいるね」


 おれを見た!

 飛び上がったおれの心臓が、もう一度飛び出そうとして暴れてる。


「的場中学の子だったっけ……」


 みんなが心配そうにしてるの、分かるけど見れない、視線を反らせない。

 奴から目を外したら、色んなことがバレそうで。


「ふうん……」


 自分のまばらに生えた無精髭を撫でて、おれを上から下までじろじろ見る。

 何が「ふうん」なんだ気持ち悪い!


「いや、お邪魔したね。君たちも遅くなる前に帰りなよ」


 奴は、笑い声なのか咳払いなのかはっきりしない、曖昧な音を出して手を振り、くるりと背中を向けた。


 帰るのか……?

 おれがちょっとほっとした時、ちらっと見たみんなも、おんなじように息を吐いていた。


「……ひょ、拍子抜け……?」

「ヒョウシって何?」

「おいおい!」


 凍った空気が溶けた瞬間の空気、読めないこと言うマコちゃん、全員に突っ込まれる。「何よう……」ぷぅ!


「ねぇ、アレ噂んなってた記者だよね!?」

「見た? あれ、滝夜ロックオンしてんじゃね?」

「やべーよ滝夜、気をつけなきゃ」

「運営に連絡したら?」


 興奮したみんなに詰め寄られるのも、焦ってしまってダメだ。


「う、うん」


 ええと、どうやって連絡するんだっけ。


『運営は事態に気付いて、今動いています。少し落ち着いて、ドリンクを飲んでて下さい』


 輝夜がそう言ってみんな座ったけど、ドリンク飲んでも落ち着けはしない。


「やっぱり帰ろうか……」


 ぽそっと、鬼ノ目さんが尻すぼみに言った。佐藤くんが「そうだな」と受けて、カバンを背負いつつ立ち上がる。


「そうじゃな」

「遅くなるとママが心配するし」


 スマホを耳に当てながら妖怪♂が言った。「あ、終わったから迎えに来て~」


「なんだみんな帰んのか。じゃ送ってくわ」

「ありがと」

「え~、つまんな~い」

「まだ来たばっかじゃん」

「おまえらまだいたかったら残ればいいじゃん」

「みんな帰るのにヤダよ!」

「子どもか」


『『『『『『『待って下さい、まだここにいて下さい』』』』』』』


 突然、この場の全員のウグイスが言った。心臓が鳴る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る