第61話 第二回の案内

 学校が始まると、なんだかんだで忙しい。

 テストだ身体測定だ委員会だなんだで、慌しく日が過ぎていく。

 大人計画のことも、だんだん受講者が増えて珍しいことではなくなってきたのか、話題にも上らなくなっていた。

 そんな五月のゴールデンウィーク過ぎ、おれにどこかで見たような手紙が届く。


 母さんがぴらぴらと振る、市役所の封筒、宛名のビニールが光っている。

 おれは反射的に奪い取っていた。

 その場で開けようとして思い直し、 部屋で開封する。

 中から出てきたのは、事務的としかいいようのない、例の案内だ。


 ──『【第二回】より良い生涯を送るための基本的力育成推進計画』参加のご案内──


 通称『良い大人計画』の第二回研修会を、下記の通り実施します。

   記


 日時/

 20××年7月21日(土)

 午前8時~午後4時


 場所/

 後日連絡


 持ち物/

 ・大人計画ハンドブック

 ・筆記用具

 ・弁当、水筒

 ・上靴

 ・ケアウグイス


 備考/

 ・下のリンクからサイトへアクセスし、よく勉強しておくこと

 ※インターネット環境がない方はケアウグイスを通じて連絡して下さい

 ・当日出席できない場合はなるべく早く連絡すること

 ・風邪やとびひなどの感染する病気になった場合は連絡すること

 ・迷った場合はケアウグイスに相談すること

 ・転居の際はお早めに手続きをお済ませ下さい

 ・駐車場には余裕がありませんので交通機関をご利用下さい

 ・私服着用のこと


 連絡先/

 蔵野市役所福祉課

 担当荻野、三浦(内線244)


 以上


「きた」


 つい口をついて出た。

 待っていたんだ。

 おれは、待っていた。

 これが再び来るのを、また集まる日を。


 もう一度見返して内容を確認する。


「あれ、場所書いてないな……」


 市役所じゃないんだろうか。

 書いてない理由はすぐ思い当たる。場所があらかじめ分かってしまったら、こんな先の話だもん、いくらでも準備できてしまう。

 次がどんな所か分からないけど、その場所の人にも迷惑をかけてしまうだろう。


「次、何をやるって言ってたっけ」


 言ってたような気がしたけど思い出せない。

 ガサガサと、机の上に積み重なった教科書類の下から、大人計画の冊子を取り出し、開いてみる。


「えーとー……」


 ページをめくって次の章を探す。


「えーと、あ、これだ」


 ようやくおれはそのページを見つけた。

 まるっこいイラストが現れる。


「子育て、か……」


 ぴんとこない思いで、おれはそのページをしばらく見つめた。


 子ども。

 子どもってよくわからない存在だ。

 自分がかつて子どもだったという事実は、理解の助けにはならないらしい。


 ほんの2、3年前のおれでも、小学生なら子どもと言えるかもしれないが、この場合おれが指すのは少なくとも年齢ヒトケタの、小さい子どものことだ。

 おれはいつの間にか子どもではなくなっており、今や完全に馴染まない。

 もちろん親から見れば、図体だけ大きくなっただけの子どもであることは否めないけど、今は措く。


 おれが感じているその乖離は、大人である親との距離よりも遠く、それなのに思い出としての経験はある。何故そんなに分からないものになってしまったのかが本当に謎だ。


 人はあらゆる物事を忘れて生きる動物というが、今の自分を成り立たせている過去も、それゆえに膨大な無意識の底。

 過去自分でもあったはずの子どもという存在が、おのれの背後が見えないのと同じように、完全なる死角に隠れてしまっているみたいだ。

 振り返ればそこにいるのに。


 ともあれ、次は子育てらしい。

 パラパラとめくってみると、別に小さな子どものことだけではないようだ。

 子育てというと赤ちゃんを抱っこしてる夫婦のイメージだが、親が面倒を見なければならないうちはまだ子育て期間だといえば、誠にその通り。成人してても子どもかもしれない。


 おれはでも、ハンドブックを置いた。

 なんとなく、先に内容を知ってしまうことに抵抗がある。

 今回は予習があるらしいから、それ以上に知りたくない。

 あの新鮮な驚きをまた感じたいと思うから。


 花野咲良。

 彼女と再び会えるのなら、今度こそ。

 最初からずっと、素直でいたい。

 変な距離や遠慮はなしで、真面目に真摯に、楽しむことは楽しくでいきたい。

 ちゃんとペアとしてやっていきたいんだ。

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