第36話 妖怪の暇つぶし

「心というものは柔らかいもので、押さえ付ければ逃げようとするし、型にはめようとすればはみ出す。そうして歪んだ心は治そうとしても容易ではない。だから、自分の心が苦しいと思ったら、必ず逃げて欲しい。逃避することを良しとしない、真面目さは捨てて欲しい。逃げ場はある。人によりけりだがなんでもいい。逃避が許されるものを見つけて、心への圧力を弱めてくれ」

「逃避って、例えば?」

「趣味を持ってもいいし、話し相手を見つけてもいい。安らげる場所でもいいし、公共のホットラインに電話するのもいい」

「妄想もありですな、フフフ」


 ぼそっとした比護杜さんの声が聞こえたのは、それだけみんなが沈黙していたからだろう。でも、そんなみんなを和ませようとして言ったんだったら、結構いいやつなのかも。隣の佐々木くんは青ざめてるけど……


「妄想! オレいっぱいしてる~」


 江口がもっと明るく言う。ハジメが重ねる。「だよな~!」


「話し合いを続けよう。終わったら手伝おう」


 うさ衛門先生の言葉でハジメが席を立つ。今回も仲裁に出るんだ。

 と思ったら、有沢・刈谷ペアの後ろにいる、妖怪ペアのとこへ行く……


「ちょうど後にいてるし、ハナシ聞いたって」


 マジか……

 妖怪はハナシ聞けるんかな???


「朝からずっと聞いてたけど、刈谷くん怒りっぽいよね」


 妖怪のペア、山田くんがアッサリ言った。妖怪もウンウンうなずいてる。

 有沢さんが後ろ振り返って頭を下げた。


「どうか支援お頼み申す」

「苦しゅうないぞ」


 何様だ。


「お節介もお説教もノーサンキューだぜ」

「まあまあ、ハルたんは悪いようにはしないよ」


 ハルたん??


「こねこちゃんもぼくも、そこまで他人のこと心配しないから大丈夫だよ」


 こねこちゃん??

 というか、のほほんと笑いながらすごいこと言ってねえか?


「ならほっとけよ」

「でも僕たちヒマだし」


 失礼なやつだな、山田くん。のほほんとしたビジュアルとは違って。


「ヒマって何だよムカつくな」

「だって僕たち結婚することに決めちゃったし、話し合いとかいらないしすることないもんね」

「うむうむ」

「結婚……すんの? マジで?」


 うわぁ……

 山田くん絶対騙されてるぞその妖怪に!


「今日一緒に帰るんだ~。ママが迎えに来たら」


 ママ……だと……!?


「マザコンかよ」

「車だけだと駐車場まで歩かないとダメでしょ?」

「電車で来い」


 確か公共交通機関で来ることって書いてあったような……


「それはママが許さないもん」

「何で」

「僕が大事だから」

「電車すら乗れない大人になるのか。それは過保護というものではないか?」


 有沢さんも心配になってきたらしい。


「過保護でいいんだ。人には事情ってのがあるんだよ」

「そ、それは悪かった。知りもしないで、私はまた批判するようなことを言ってしまった。すまん」

「僕は気にしないよ」

「事情なんてないからのう、ふぇふぇふぇ」

「ふふふふ」


 妖怪と山田くんが笑う……山田くんも妖怪かもしれん。


「ねえのかよ」

「何不自由なく育ったらこうなった。刈谷くんもウチ来ていいよ。のんびりしようよ」


 なんと、金持ちケンカせず。のほほんと生きてるからのほほんとしてるだけだった!

 ぼんぼんのお誘いを刈谷くんはどう思ったのか……


「……いや、い、いい。なんかダメになりそうだし遠慮する」

「よく言った! 立派だぞ、刈谷くん」


 有沢さんが間髪入れず褒めた。おれも同意する。

 あんなところへ行ったら、人として大事なものを失くしそう。


「ええ~? 来ないの~? 一緒に遊ぼうよ~」

「きっと楽しいぞ? ほれそこの武士道もご一緒にどうじゃ?」

「ぶ、武士……、いや、御遠慮致す」


 そうだ! 妖怪の魔の手から逃げ切れ!


「オレ、ちょっと頑張ってみようかな……」

「偉い! 見直しだぞ、刈谷くん! 本当に失礼なことを言って済まなかった!」

「いや、もういい……てか、あり……」


 口の中でもごもごと聞こえにくいが、ありがとうって言った!

 奇跡?

 毒をもって制す?

 結局奴らハナシ聞いてない気がするけど、結果オーライ?

 有沢さんて、嘘言えなさそうだし真面目だから、褒めると直撃だろうな。

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