第2話 運命のDM

 4月だからといってまだ春休みなのだからして、部活でもないのに朝早く支度しているのには訳がある。


 それは3ヶ月前の1月、3学期が始まってしばらくという時期に、中学1年生のおれたちが受け取った、ある封書に端を発する。


 中学生にとって、自分宛ての手紙なんぞは年賀状でもなければまず受け取ることはない代物。ダイレクトメールならばよくあることだけど、そういう郵便物はうちの場合、母さんがおれに見せることなく処分しちゃうからね。そもそも郵便受けを母さん以外の人間が見ることがないし。


 その日も学校終わって帰宅したおれの目の前に、母さんが何かプラプラさせたんで、邪魔だな~と思って手でよけた途端、ぶーぶー文句が飛んできた。


「せっかく持ってきてやったのにぃ!」

「ええ? 何?」


 母さんは大人気ない。すぐにへそを曲げるしすぐ怒る。


「これだよこれ! ほれ!」


 そんなに一生懸命プラプラさせなくても……


 仕方がないので、カバンをドカドカと足元に置いて受け取った。その白っぽい封筒はとても事務的で、うちに来る公共料金や何かの支払いや届出関係のものと大差なかった。四角い窓から見える印字された宛名は、「久我くが滝夜たきや」、確かにおれの名前。差出人は下隅に緑色の文字で「蔵野市役所」と印刷されていた。


 珍しさも手伝って、すぐに破いて中を見た。ちなみにおれは不器用さには自信がある。当然のように綺麗だった封筒は、おれの手で無様にビリビリとなった。中身が破れなくて良かったね、というレベル。母さんをちらっと見たら、もの凄く情けない顔をしていた。仕方ないじゃん。


 中に入っていたのは、A4の紙が2枚。三つ折りで、一枚は宛名が印字された案内、もう一枚はアンケートの文字が見えた。


 ──『新・次代の社会を担う子どもの健全な育成を図るための次世代育成支援対策推進法に基づく計画』参加のご案内──


 本年度より施行される通称『良い大人計画』の第一回研修会を、下記の通り実施します。


 記


 日時/

 20××年4月1日(日)

 午前9時~午後1時

 場所/

 蔵野市役所5階F会議室

 参加者/

 蔵野市在住、20××年4月に満14歳になる者

 持ち物/

 ・同封のアンケート(QRコードか、インターネットで記載のURLにアクセスできる方は、そちらでお答え下さい)

 ・筆記用具

 ・弁当、水筒

 ・A4程度の雑誌と持ち物が入る鞄

 備考/

 ・当日出席できない場合はなるべく早く電話連絡すること

 ・転居の際はお早めに手続きをお済ませ下さい

 ・駐車場には余裕がありませんので交通機関をご利用下さい

 ・私服着用のこと

 連絡先/

 蔵野市役所福祉課  担当荻野、三浦(内線244)

 以上


「……ナニコレ。どゆこと?」


 一通り読んだが、さっぱり理解できなかった。

 それで母さんを見ると、さっきより更に残念な表情になって大げさにため息をつかれた。


「あんた、厚労省の新しい政策知らないの?」

「……あ~……そう言えば……」


 そんなことを、聞いたことがあるような、ないような……

 それまで幾度となく耳にする機会はあった筈だというのに、どうもおれのスルー力は優秀らしい。


「……あり得ない……」


 母さんの嘆きはとどまる事を知らないね。ごめん。

 その法案が話題になったのは去年か一昨年のことで、決まってからは報道もほとんどされなかった……と思うが、はっきりとは分からない。というのも、おれはTVは録画のバラエティや音楽番組しか見ないし、ニュースなんかについては、たまたまネットのトップニュースに表示されたものだけしか目にしないからだ。よっぽど興味がなければ、リンク踏んで詳細を読んだりもしないし。


「毎朝ニュースつけてても起きて来ないし、夜報道番組見せたくても見てないし、ほんっと物知らず!」


 母さんの怒りは至極ごもっとも、当然だよね。

 なので、ナサケナイおれは逃げることにした。手紙は自分の部屋で、ゆっくり見よう。

 階段に向かうおれに母さんが、


「カバン片付けろ~」


 と言うが、まあ、後で。

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