第3章13話 慇懃ブレイク

 ——そもそもの話。

 鞭は元来であって、縄状のむちが現実に武器として用いられることはほとんど無いといっていいだろう。

 刑罰や拷問、教育にいて用いられたであって、殺傷力を持たず、ただ皮膚に対して痛みを与える為に設計されている。



 そんな忌々しい道具であるところの鞭も、武器として用いることができないわけではない。

 ただ、殺傷力に欠けるのだ。槍や剣、弓矢などのポピュラーな武器と違い、殺傷力が無い鞭を、戦争で使えという方が無理な話。戦争で使われない以上、必然的に前例が少なくもなる。

 しかし、個人の戦闘でなら扱いようもある。


 例えば牽制や拘束、引き寄せに武器の奪取。こと無力化においては効果的な武器だと言えるだろう。



 ——問題は、敵を拘束するだけでは足りない場合。


 進んで考えたいことではないが、場合によっては、鞭で自由を奪った後、トドメを刺す必要があるだろう。そうでなくとも、鞭では盾の代わりにして防御に使うことができない。




 ——「鞭術に加えて、短剣術の訓練をプレゼントだ」


 まあ、そういうこと。及ばぬ力量を、手札の数でカバーする。手段が増えるのは大いに結構。そもそも、「鞭と短剣」は俺のリクエストだ。選んでくれたのは、素直に感謝する。

 ただまあ、少し本音をこぼしていいのなら。


「なにもこのタイミングじゃなくても……っ!」


 ……憂鬱だ。




 ╋━   †   ━╋




 訓練を終え、軽く体を流した後。

 今日の仕事と訓練はこれにて終了。これでようやく自由だ……! と、部屋を飛び出せる元気も無く。自室に戻った瞬間ベッドに吸い込まれ、そのままへばりついているのが今の俺。


 そんな怠惰な俺は、背後でドアの開く気配を察知する。なんとなく、ピトスだと判断した。理由はない。なんとなく。

 相変わらずフツーに許可なく部屋に入ってくるメイドさんである。慇懃無礼とはこのことか。


 前提からして根拠のない空論はほっぽって、ごろんと転がって体を仰向けにする。

 部屋に入ってきたのは、案の定ピトス。


「おー、ピトス、相変わらず慇懃ぶれいく……っ!?」


 慇懃ブレイクなどという頭の悪そうな単語が誕生。なぜかといえば、答えは単純。いや単純か、これ?……えと、俺が仰向けになったはずみに、ピトスに足が当たりそうになり、それを咄嗟に避けようとしたピトスがバランスを崩した。そして片手に持っていたお盆が空を飛ぶ。もう片手のポットは無事。無事で何より。何が?

 ……まあそれで、空を飛んだお盆が俺の顔面にブレイクして、俺のボキャブラリーをブレイク。着地地点がベッドの上なのが幸いして、ティーカップは無事。けどベッドは紅茶でシミになりそう。無事で何より。何が?



 慌てふためくピトスは、一度深呼吸をして、


「お、お茶にしませんか……?」


「無かったことにするのは無理あるだろ!?」



 ……そもそもなんで紅茶運ぶ前に注いじゃうのさ。冷めちゃうだろ。ツッコミ不在。

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