第3章8話 もーめんと

 まさに瞬殺。

 脳天を貫かれた魔獣に、思わず手を合わせる。


「お前、俺のこと好きすぎじゃない?」


 なんかもう瞬殺すぎてちょっと混乱してる。驚く以前に軽口が出てきた。


「す、ぇ……な…なんでそうなるわけっ!?」


「いや、冗談だから。そんな照れられると俺も恥ずかしくなるからやめて?」


 てか死体の上で短剣握って赤面すんな。怖すぎる。



「ていうか、手の甲の傷広がった……」


 噛まれたまま魔獣が横に吹っ飛ばされたせいで、傷口が荒っぽく広げられている。


「あっ……それはほんと、ごめん」


「いや、別に祐希ゆきを責めてるわけじゃ……ぁ、痛」


 アドレナリンと精神力で抑えつけられていた痛みを、そこでようやくはっきりと自覚する。

 右足首、重傷。後頭部、強打。胸部、爪痕。手背、裂傷。火の玉で、あつぃ。はじめてのじゅうしょうで、こころがつら——


 ——意識が、薄れていく。







 ——深い眠りだった。それこそ、屋敷の前で人と魔獣の殴り合いが起きても気がつかない程に——


「それとこれとは話が別なんですがなになんでしょうピトスさん!?」


 ふと、むず痒さを感じて目を覚ますと、ピトスが俺の寝顔を覗き込んでいた。一瞬目に捉えた彼女の瞳が、安堵に和らぐ。


「デジャブ……」


 既視感に目を瞬かせる俺に、ピトスは口元を綻ばせて、

「おはようございます。起こしに来ました」


 今朝の会話をなぞるように、口にしたのだった。



「まったく、1日に2度も女の子に起こしてもらうなんて、ジュンさんは罪深い人です」


 と、俺の中で密かに首をもたげていた夢オチ疑惑と死に戻り疑惑を同時に払拭し、悪戯っぽく笑う。



「正直一回も”起こしてもらって”はいないような気がするけど……」


 言いながら上体を起こして、そこでようやく気付いた。全身を冒していた激痛が、幾らかの鈍痛を残して引いている。

 魔獣の牙が突き刺さったはずの右の手の甲を顔の前に持ってきてようやく気づく。

 血だらけだったはずの手には、傷痕さえ残っていない。


 これ——と、ピトスに尋ねるより早く、ドタドタと足音が聞こえてくる。

 ピトスと俺、ふたりしてドアを振り返る。

 ドタドタ。

 ドタドタドタ。

 ……足音響きすぎでは?

 バーン!と、音を立ててドアが開く。


「君が起きた気配がして!」


「屋敷壊す気ですか」

「どんな気配だよ」


 祐希は俺とピトスの2重ツッコミに、というよりピトスの凍えるような声に口を引き攣らせる。


「ほんとに起きてた」

「ただの軽口だった」

「希望的観測って言って?」

「はいはいそうだねー」

「軽くあしらわれたっ!?」



 そんなやりとりをする俺たちをよそに、ピトスが話の方向を修正する。


「それはともかく!ジュンさん、傷の方は大丈夫ですか?」


 はいはいそーだねー、と、適当にヒラヒラ振っていた右手を止め、その手が魔物に噛まれた痛みを思い出して顔をしかめる。


「うん、手の方はもうほとんど痛くないし、足も動かしたらちょっと痛いな、ってくらいになってる。これはアレか」


「そう、アレです」


「割とボロボロなのに次のコマでは治ってるご都合主義的展開——」


「ちっがーーう!!」


 肩で息をするピトス。面白いな。この子。



「ジュンさん。加護って知ってます?」


「知らないけど」


「でしょうね」


 息を整えて仕切り直すピトスさん。……ちょっと怒っていらっしゃる?


「この世界には、ごく稀に”加護”と呼ばれる力を持った人間が生まれてくるんです。その原因について明らかになっていることは少ないですが、血筋とも関係なく、生まれつき与えられる異能の力、と言われていて、その能力はそれぞれに固有のものです」


 と、ピトスが掲げてみせた右手が、淡い光をまとう。


「それでも、一部の加護は傾向によって便宜的に名付けられていて、私のこれは比較的数の多い加護で、《治癒魔法》と呼ばれています。加護なのに魔法って、おかしいですけどね。理屈が全くわからない、という点では、魔法と言って正しいわけです」


 要するに、一種の才能ですね、と締め括り、


「ジュンさんの傷は私が治しました」


 ふっふーん!、と。胸を張ってみせる。



「ほんっとありがとう!超助かった!」


 さっきまでボケていた癖に、この反応である。ピトスの手を引っ掴んで、ブンブンと上下に振る潤。

 目を丸くして腕を振られていたピトスは、一拍おいて我に帰ると、

「はは……、私は大したことしてませんから……」

 と、何やら気まずそうに目を逸らし、だんだんと表情を暗くさせていく。



 あれ、ピトスってお礼言われるのが苦手なタイプ?、と潤が手を離すまで、ピトスの手は振り回され続けるのだった。

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