第3章4話 春眠暁を覚えて
深い眠りだった。それこそ、屋敷の前で爆発事故が起きても気がつかない程に——
「それとこれとは話が別なんですがなになんでしょうピトスさん!?」
ふと、背中の凍るような気配を感じて目を覚ますと、ピトスが俺の寝顔を覗き込んでいた。一瞬目に捉えた彼女の瞳が、どこか底知れず心を騒がせる。
「……」
「おはようございます。起こしに来ました!」
一瞬の間を置いて瞬きすると、ピトスは既に昨日の調子に戻って柔らかな笑みを浮かべていた。気圧された俺はおはようと言い、
「何今の間、ってか何さっきの気配」
「気配?なんのことでしょう?」
目をパチクリと。俺もパチクリと。
「それはともかく、わざわざ起こしに来てくれたんだ?今何時くらい?」
言ってから、この世界で時間の単位が通じるのだろうかと不安になりながらも、ベッドの脇に脱いでいた靴を履く。
「今、5時くらいです」
「5時……異世界の朝は早いんだな……っと」
ぐぐっと伸びをしてカーテンを開け、白みがかった地平に朝を迎える。
「朝食まで少し時間があるので、庭をお散歩するのはいかがでしょう?朝食後にお屋敷の中を案内しますので」
ワンセットだけ持参したジャージに着替え、ピトスの言う通りにしばらく庭で過ごすことにした。
それにしても、なにやら違和感が抜けない。
「異世界にまで来て、違和感が無いわけもない、か」
綺麗に手入れされた屋敷で、ふわふわのベッドの付いた個室まである。その上自炊の必要もない。寧ろここが異世界だという自覚と、この快適さのギャップが違和感の正体なのだろうか。
屋敷の玄関、いやに大きい扉を半ばまで開け、できた隙間に体を滑り込ませる。静謐な空気に、音を気にしながら扉を閉める。
振り向けば、タイルで舗装された道が伸びる。正面には大きな噴水があり、その周りを囲むようにして道が十字に分かれている。
この噴水、電気などの動力が必要なのでは、というイメージがあるが、その実紀元前から存在するというのだから驚かされる。
ともかく、噴水から右手の道の先には、開けたタイル貼りのスペースがある。何かイベントごとの際にでも使うのだろうか。
左手の道の先には沢山の美しい花が植えられていて、ベンチに座って何時間でも過ごしていられるだろう。
道の左側の手前には、6角形の屋根と、その下に柵を兼ねたベンチが間を開けて3つ——ガゼボ、というやつだろうか。小さな頃に旅行で見かけてからしばらくの間、欲しがって両親を困らせた記憶がある。
……家にガゼボが設置できるような庭なんて無かったのに。よく困ってくれたな、母さん。
「ちょっとこの世界の花興味あるな」
この世界の生態系は地球と違うものなのだろう。
それはともかくとして、動物が違うなら花だって違うだろう。この世界に人間がいて、言葉だって通じるあたり、それも自信を持っては言えないのだが。
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