魔法使いの導き -3
思いがけない言葉だった。レイラ島に住んでいると、トーラスは何でもないことのように言ったのだ。
「ただ、レイラ島での完全自給自足は難しいんです。なので、どんなに粘って間隔を開けてもひと月に一度は、島外に出て食料や物資や情報を仕入れないとならなくて。この家は、そういう時だけ一時的に使います」
トーラスはオリバーたちに構わず話を続けた。
「あ、今回はですね、あなた方が来たから戻ったんですよ。家の扉に魔法をかけてあって。金輪を叩くと、家に来訪があったということが、レイラ島内にいてもわかるようになっていまして。まあ来客があったことだけがわかって相手が誰かは知れなくて、でもこの家にたどり着いた時点で、重要な用事なのだろうと――」
「待ってください!」
置いてきぼりになりそうで、オリバーは声を張り上げた。
「その。いっぺんに話されても、わからなくなる」
「ああ、すみません。僕、あんまり人と会話しないものだから、ずいぶん好き勝手喋るようになってしまったな」
困ったようにトーラスは笑う。
レイラ島にはほとんど住人がいないというから、実際、トーラスはあまり他人と交流する機会がないのだろう。
「そちらも何か話したいこと、聞きたいことがあれば」
トーラスからの問いかけに、オリバーは口を開きかけた。
聞きたいこと。
今は、レイラ島へ渡してもらうように頼むこと、どのような手段を使うのかということ、何よりもそれが先決だろう。
けれど一瞬、オリバーの脳裏をかすめた問い。
聞きたいような、聞きたくないような。
「改めてお願いしたいのですが。我々を、レイラ島へ連れて行ってくれませんか」
はっきりとした声で、レナードはトーラスに願い出た。トーラスは一つ頷く。
「どのようなご事情で?」
「……私たち、まだきちんとご挨拶もしていなかった」
エルダがゆっくりと立ち上がった。
「私はエルダ・ルイーザ・ヴェルレステ。ヴェルレステの、第一王女です」
「やはり、あなたが」
驚いた顔一つせず、トーラスは感慨深そうに目を細めた。
「気づいていたんですか?」
「ええ。あなたにかけられた呪いの気配が、顕著だったから」
「さすがは魔法使いなんですね。でも、ヴェルレステの王女が呪われていることもご存じだったの?」
「全てはレイラ島で起きたことですから」
取り繕ったところで仕方がないというような表情で、エルダは肩を落とした。
「呪いを解く手掛かりを探しに、レイラ島へ来たいと?」
「自分にかけられたものだけではありません。お母様にも、呪いがまとわりついてしまっているから」
「なんてことだ、王妃もですか」
柔和な顔に、わずかに苦いものが走る。
「では皆さん、城仕えの……ああ、ずいぶんお若い方がいるな」
トーラスの視線がオリバーに向けられる。
「いや、あなたは……。ああそうか、君は君で当事者だ」
何かを見抜いたように、トーラスは言った。
「ライエが育てた子ですね」
「はい」
「アデイルの息子だ」
オリバーが聞きたかったこと。
アデイルという人を、知っていますか。
その答えを、トーラス自ら口にした。
「最後にオリバー君に会ったのはずいぶん前だから、分からなかった。最近のことみたいに思っていたけど、子どもの成長は早いものですね」
トーラスはしみじみと言いながら、手元では魔法薬を調合する。紅茶でも入れるような手つきで作業して、最後に魔法をかけた、ように見えた。
「どうぞ。熱いので気を付けて下さい」
「ありがとうございます」
フランチェスカに薬を手渡すと、トーラスはオリバーに再び向き直った。
「大きくなりましたね。髪の色がずいぶん濃くなった。小さい頃はマシュー譲りの金色が勝っていたけれど、今はアデイルと同じ焦げ茶だ」
「マシュー……」
聞こえた名前を、オリバーは思わず口にした。
知らぬ人。だけど、その人は。
「君の父親ですね。お父さん」
「おとうさん」
鸚鵡のように繰り返す。
「はい。ペルラ島の漁師でした。アデイルはレイラ島の生まれで、今に至るまで島を離れて暮らしたことがありませんが、マシューが島を行き来していましたね」
父親なんて、母親のことについて明かされてから考えたことがなかった。その一方で、家族の存在に近づきつつあるということが、実感を伴ってくる。
「お父さんも、はじまり島にいるんですか」
「いいえ。マシューは既に亡くなっています。君がまだ島にいた頃のことですが……記憶がないですからね。漁に出ている時、嵐に巻き込まれて。そのまま帰らなかった」
「ああ……」
それだけの、言葉にもならなかった声が口から漏れた。
みんなの気遣うような視線を感じるけれど、記憶にない父親の死はどこか遠かった。
「詳しくはアデイルに聞くといいでしょう。そして島に帰ったら、お墓に花でも供えてあげてください」
お墓とか、そういうちゃんとしたものがあるんだな、とオリバーは思う。
遠い昔から自分に繋がる人たちが眠る墓所。そういう場所が、オリバーが生まれたという地にあって。
父親のことは覚えていないけれど、会ってみたかったな。
そんなことを、ぼんやりと考える。
トーラスがどこか厳かに告げた。
「皆さんをレイラ島までお連れします」
翌朝の天気は快晴だった。風は微風で、波も穏やか。海に漕ぎ出すには絶好の日和である。
「いやあ、天気も波も良くて助かった。天候によっては、船が出せないですからね」
のんびりと言って、トーラスは縄を手繰った。港の端の方、漁船や客船に遠慮するように小舟が係留してある。
「あの」
「はい」
エルダの呼びかけに、トーラスは笑顔で返事をした。
「そんな小さな船で、レイラ島へ行くんですか?」
「そうですよ」
あっさりと答えるトーラス。
トーラスが所有する船は、小さな手漕ぎ船だった。五人乗ったらいっぱいの、帆もない小舟。
「ペルラ島とレイラ島は、距離としてはあまり離れていませんから。波の穏やかな海域ですし、昔から誰しもこの程度の船で行き来していたんです。本来なら半日もかからず渡れます」
「本当に?」
「僕は昨日、あなた方から訪問の『連絡』を受けてから、レイラ島を出発したんですよ。昼を過ぎて出て、夕方にはペルラ島の家に戻ったでしょう。今のレイラ島は簡単に出入りができませんから、時間がかかりましたが」
誰も入島できない、呪われた島と言われるレイラ島。そこから出立してきて、その日のうちに別の島に渡りましただなんて、嘘みたいな話だ。同時に、もしかしたらレイラ島というのは、そんなに厄介な場所ではないのかもしれないと希望を抱く。
「あれ、そもそもはじまり島に入島できないのは呪いのせいじゃないんだっけ。王族専用の島になったから入れないとか」
確かレナードが以前にそんなようなことを言っていたはず。レナードに視線を向ける。
「あー。それはそれで、全部が嘘じゃないんだけど」
「専用というわけではありませんが。王族の保養地として使われましたね、十数年前に、数年ほど。尊き方々が入島している時は、島民以外立ち入り禁止になりました」
「成る程。それはそれで、半分くらいは本当のことなんだ」
「呪いを信じないし特にレイラ島に用も興味もない人は、王族の地で禁足地だ、という方が説得力があるようで。ただ」
トーラスは穏やかな色をした目を、わずかに細める。
「呪いに入島を阻まれるのは、本当のことですよ」
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