第34話 報告と、軍人たちと

「……という出来事があった」


 その日の夜、学園にいたドミニクに、ランベルトたちは先ほどの事件を話す。


「なるほど、状況はよく理解した。君たちの行動が正当防衛であることも、そして紋章を持たぬ不明機がいることも……な」

「理解が早くて助かる。さて、私たちは何をすれば良いのだろうか?」

「そうだな、軍関係者を呼ぶことになる。調査への協力を求められるだろうが、それに従ってくれ。よく報告してくれた」


 その後に続いたドミニクの「下がって良し」の言葉で、ランベルトたちは学園長室を後にする。


「ねえ、ヴォルゼフォリン」

「何だ?」

「さっきの不明機……何だったんだろうね?」

「さあな、すぐには思い出せん。だが、少なくともメルヴィスタン王国の機体ではなさそうだ」

「メルヴィスタン王国の機体じゃない?」

「ああ。一般的な特徴から、あまりにも逸脱している」


 何千年もの時を過ごしたヴォルゼフォリンが断言する様子を見て、ランベルトたちはその言葉を信じる。


「あとな。これは個人的な意見だが」

「どうしたの?」

「注意しろ、ランベルト。マリアンネにフレイアもだ。……この事件、何か裏でよからぬ企みがあるのかもしれんぞ」


 突如として発せられた不穏な言葉に、ランベルトたちは緊張を隠せないのであった。


     ***


 その翌日。

 昼を大きく過ぎ、日が沈もうとしていた頃に、数台のアントリーバーが学園を訪れる。


「あれは、メルエスタルじゃないか。まさか、もう学園長が呼んだのかな?」

「そうだろうな。にしても、ここまで早いとは思わなかった」


 ランベルトとヴォルゼフォリンがいる央龍寮からも、その様子が見て取れる。

 だいぶ距離があったが、アントリーバーという大型の物体が移動する音や振動は、相当強いものだ。ましてや夏季休暇中である今の学園であれば、生徒の数が減ったことに伴い普段より静かであるため、いつもより聞こえやすいというものである。


「行ってみるか。マリアンネとフレイアも、向かっているだろうからな」

「うん」


 かくして二人は、すぐさまメルエスタルたちの元へ向かったのである。


     ***


「意外と遠いな……おっと」


 到着したランベルトたちは、既にいたマリアンネとフレイアの姿を見る。


「やっぱり、もう来てたんだ」

「当然よ。これでも、生徒会役員なんだから」

「それに、学園長もいらっしゃったのです。私たち生徒会が動かないわけにはまいりませんわ」

「その割には、二人だけだけど……まぁ、それはいいか」


 夏季休暇である以上、全員揃っていなくても別段不思議ではない。これ以上は無意味と判断したランベルトは、話を切り上げて全体を見渡した。


「ところで、学園長。こちらの方は?」

「自分については、自己紹介させてもらおう」


 ドミニクが質問に答えるよりも先に、訪問したアントリーバー隊の隊長格と思われる男が名乗り出る。


「自分はメルヴィスタン王国第5方面軍所属、シュティーア隊隊長のディートヘルム・ラング中佐だ。ディーン・メルヴィス学園学園長であるドミニク・ディーン・ヒンメル殿の要請を受け、調査に参じた次第である」


 隙の無い振る舞いと、よどみない自己紹介。

 ディートヘルムの挨拶を受け、ランベルトとヴォルゼフォリンはそれぞれ答える。


「僕はランベルトです。ディーン・メルヴィス学園の1年生ですね」

「私はヴォルゼフォリンだ。事情があって、ランベルトを保護している。彼の姉だとでも思ってくれ。そして今回、学園長であるドミニクが要請を出すきっかけとなった者でもある」


 しれっと放たれたヴォルゼフォリンの言葉に、ディートヘルムは眉をピクリと動かす。


「きっかけ……か。事情を伺っても、構わないかな?」

「もちろんだ。その前に、あれを見てもらいたいな」

「あれ、だと?」


 ヴォルゼフォリンが指し示したのは、校舎前に置かれていた残骸だった。昨夜撃墜した、所属不明のアントリーバーのものである。


「あれはどう見ても、メルヴィスタン王国の機体とは思えんのでな。軍人であれば、機種などの情報が分かりそうなものだが」

「よく見せてもらおう」


 ディートヘルムたちは一様に、残骸へと向かう。

 マリアンネとフレイア、そしてドミニクも含め、居合わせた全員で残骸をしげしげと眺めていた。


 やがて、何かに気づいたディートヘルムが、ランベルトやドミニクに向き直る。


「この機体の正体が判明した。名称は“スプリグ”、隣国であるアデルゼン帝国の諜報用アントリーバーだ。しかしこんな機体を、いったいどこで倒したのだ?」

「エスメア海岸からの帰りがけだな。3台ほど潜んでいたので、軽くひねりつぶしてきた」


 事もなげに語るヴォルゼフォリンだが、実際彼女にとっては楽勝だったので事実である。


「証拠が無くては信じられないだろうから、1台ばかり拾ってきた。それがこの残骸、というわけだ」

「なるほどな。ちなみに、撃墜したのは誰だ?」

「彼、ランベルトだ」

「なるほど、な。意外ではあるが……その様子を見る限り、事実のようだな。よし、ひとまず信じよう」


 ディートヘルムが頷くのを見てから、ランベルトはヴォルゼフォリンに耳打ちする。


「ヴォルゼフォリン。本来の姿のこと、話さなくていいの?」

「まだ早いな。それに、今は必要ない。余計な情報を与えて混乱させるつもりは無いのだから、な」

「そっか。それもそうだね」


 耳打ちを終えたランベルトは、人知れず姿勢を正す。


「とはいえ、詳しい話は是非とも、自分たちにも聞かせてもらいたいな。立ち話ではなんだから、少し場所を提供していただいて……ドミニク殿、頼めますかな?」

「もちろんです。皆さま、こちらに」


 ドミニクの計らいにより、一同は場所を移すことになる。

 ランベルトたちは移動中に、少々の雑談を挟んでいた。


「それにしても……ちょっと緊張するな、ヴォルゼフォリン」

「どうしてだ?」

「ディートヘルムさん、だっけ。体つきがいいから……ちょっと、ね」

「あぁ、そうか」


 優れた体躯は、ランベルトの“元”弟であるコンラートを彷彿ほうふつとさせるものである。ランベルトとしては吹っ切ったつもりである話だが、やはり何かの拍子で見てしまうと、嫌な記憶を思い出してしまうものであった。


 そんな気持ちを吹き飛ばそうと、ヴォルゼフォリンが別の話題を振る。


「しかし、流石は現役の軍人だな」

「何が?」

「私の体つきを見ても、表情一つ緩めなかった。わずかに胸を見られた気がするが、それだけだ。いやはや、大した集中力だな」

「えっ、そっち?」


 唐突に振られた話に、ランベルトも戸惑ってしまう。


「ふふ、私はこういう話も好きでな。無論、あまり大っぴらにはせんよ。だがな、ランベルト。お前が相手であれば、構わずいくらでも話せそうだ」

「少しは構って……」

「相変わらず、可愛らしいな。ますます、からかいたくなってしまう」


 いつも通りにランベルトをからかい、赤面するさまを見て笑顔を浮かべるヴォルゼフォリン。


「到着しました」


 と、ドミニクが部屋へ全員を招き入れる。中は、やや大きな応接室だ。




 そして全員が入り次第、ディートヘルムたちによる事情聴取が始まったのであった。

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