第27話 悪意の模擬戦~後編~

 アルダナブを盾にしながら、じりじりとクラーニヒ隊の残存機たちとの距離を詰めるヴォルゼフォリン。

 クラーニヒ隊が動揺しきり、統率を乱していないのは、奇跡とすら思えるくらいの狼狽ろうばいぶりだった。


「エ、エーミール様! 指示を!」

「剣に持ち替えろ! 三方向で一斉に仕掛ければ、人質も意味はない!」


 慌てて剣に持ち替える、アルナイルとアルダナブ。すぐさまヴォルゼフォリンとの距離を詰めにかかった。


「常とう手段だな。ま、殺しはしないから当然こうなるか」


 しかしヴォルゼフォリンは淡々と告げると、左から迫るアルダナブに盾としていた機体を放り投げる。


「うわっ!?」


 一般的な想像をはるかに上回る勢いで投げられたアルダナブは、まだ活動できているそれと正面から衝突する。

 そんな様子には目もくれず、ヴォルゼフォリンはもう1台のアルダナブの腹を蹴り抜いた。


「甘いな。連携の『れ』の字も無い」


 アントリーバーの腹部には装甲以上に強靭な反応炉があるのだが、そんな常識もヴォルゼフォリンには通じない。先ほどの蹴りは装甲、フレーム、反応炉と全てまとめて貫通していた。


「フン」


 貫通した衝撃で折れた胴体から脚を抜き、もう1台のアルダナブにとどめを刺す。

 アントリーバーを投げつけられるという衝撃の方法で攻撃を受けたアルダナブは脚部をひどく損傷しており、また搭乗者も気絶して回避も反撃もままならず、結果として両肩関節を粉々に踏み砕かれた。


「これで残すはお前だけか。エーミールとやら」

「な、なんなんだよお前!? なんでこんなに、私のクラーニヒ隊を簡単に……!」

「だから前もって言っただろうが。『お前たちに負けるイメージが湧かないのだから』とな。そして」


 ヴォルゼフォリンがアルダナブから脚を引っ込めると、指揮官機にしてエーミールの搭乗機でもあるアルナイルに向けて、ゆっくりと歩き出す。


「く、来るな! 来るなぁッ!」


 エーミールは慌てて銃を連射するが、恐怖のあまり狙いが付かず、放たれた弾丸は全て空を切る。元々アントリーバーに照準機能は装備されていなかったが、わずか数十mメートルの距離ですら外すほどに狙いも銃身もブレていた。


「無様に敗北するのは、貴様らだ」


 当たりもせず、威力も低い銃弾程度に歩みを止めるヴォルゼフォリンではない。

 目にも止まらぬ勢いで加速すると、まずは銃を手にしている右手から蹴り飛ばした。


「ヒッ――」


 エーミールが叫ぶ暇もあらばこそ。振り上げた左脚をかかと落としの要領で戻し、今度はアルナイルの右肩関節を粉砕する。


「貴様の愛機が潰されるのを、震えて見ていろ」


 ヴォルゼフォリンは容赦無く、右脚を蹴り上げてアルナイルの左肩関節を粉砕する。バランスを崩してアルナイルが転倒するが、それよりも先に左膝関節を蹴り砕いた。


「私たちを、そしてランベルトを侮辱した報いだ」


 まだまだ怒りは収まらない。転倒したアルナイルの頭部を掴んだヴォルゼフォリンは、持ち上げると同時に右脚の股関節をやはり蹴り砕き、勢いのまま左脚の股関節もついでとばかりに粉砕した。


「改めて警告しよう」


 そして仕上げとばかりに、アルナイルの腹部を左拳でぶち抜く。反応炉も何もかもを貫き、大穴が開く。衝撃でアルナイルの頭部がもげそうになるが、ヴォルゼフォリンはとっさに手を離して阻止した。


「二度と、私やマリアンネ、そしてランベルトに近づくな」


 拳を引き抜いたヴォルゼフォリンは、最後に胸部装甲を砕けない程度に、勢いよく踏みつける。

 響いた金属音が、エーミールの恐怖を加速させた。


「さて、審判。結果はどうだ?」

「……」


 目の前の惨状を見た審判役は、声も上げられなかった。それだけ、何が起きているかを信じられなかったのである。


「もう一度聞こう。結果は、どうなんだ?」

「し……勝者、ランベルトとヴォルゼフォリン!」


 恐怖心の混じった喝采が、にわか雨のように響き渡る。

 ヴォルゼフォリンは大きな喝采を聞いて、ようやく安堵した。


「これで一件落着だな、ランベルト」

「そうだね、ヴォルゼフォリン。けど、やけに怒ってたよね?」

「当たり前だ。ランベルトを怖がらせた以上、きっちり報いを与えたかったからな。もっとも、この様子では文句も何も付けられないだろうが」

「うん。武器は使ってないし、ここまでやっておけばエーミールみたいなのは近づきたくなくなるだろうからね」

「まったくだ。もう関わりたくない」


 ヴォルゼフォリンに勝利の達成感は無く、しかし今後の憂いを排除して安心した感情があった。


「さて、行くか」

「行くって?」

「勝負がついた以上、もうこんな茶番に付き合う義理は無い。後は適当に始末してもらうとしよう」

「うん!」


 かくしてランベルトとヴォルゼフォリンは、第2スタジアムを後にしたのであった。


     ***


「ランベルト、ヴォルゼフォリン!」


 第2スタジアムを出てからしばらくして、真っ先に駆け寄ってきたのはマリアンネだった。


「マリアンネか。それにフレイアも」

「勝たれましたのね」

「当然だ。あの程度、肩慣らしにもならん。もっとも、ランベルトにとってはいい訓練になったようだが」

「うん、おかげでヴォルゼフォリンにも体術を使わせられそうだよ。両手と両脚の使い方、わかってきたかも」

「その調子だ、ランベルト。さて、そろそろ降ろすぞ」


 言うが早いか、ヴォルゼフォリンは人間の姿に戻る。


「あまりにも下らない上にランベルトを泣かせたので、少しばかり腹が立ってしまったよ。もう金輪際、関わりたくはないな」

「こちらで警告状を出しておきましょう。違反すれば罰則が伴うものです」

「流石は会長だな、フレイア。頼むぞ」

「もちろんです。ランベルト様とヴォルゼフォリン様は、少々ひいき……いえ、特別な配慮をする必要がありますので」


 フレイアは一足先に、生徒会室へと向かう。


「ランベルト、大丈夫だった!?」


 と、マリアンネがランベルトに抱きついた。


「マリアンネ……。うん、大丈夫だったよ。ちょっぴり嫌なことも言われたけど、ヴォルゼフォリンが怒ってくれたし」

「当たり前だ。あの下郎ども、震えて眠れ」

「こ、怖いですわね……」

「まあな。多分先ほどの私は、見ている者に恐怖を与えただろう。それだけの自覚はあるさ」


 ヴォルゼフォリンは先ほどの戦いにおける自身の言葉を振り返りつつ、空を見上げる。

 と、ランベルトが優しく声をかけた。


「そうだね。けど、頼もしかったよ。ありがとう、ヴォルゼフォリン」

「何よりだ、ランベルト。さて、フレイアはあんな調子なので、すぐに訓練するわけにもいかんな」

「でしたら、今日はこれでお開きになさっては? ランベルト次第ですが」


 マリアンネに話題を振られたランベルトは、自分の考えを伝える。


「そうするかな。ヴォルゼフォリンから聞きたいこと、まだまだあるし」

「当然だ。数千年生きてきたのだ、これまでの経験を語るだけで本が何百冊と出来るぞ。退屈はさせん、満足するまで聞かせてやる」

「私にも、聞かせていただけますか?」

「マリアンネもか? 珍しいな。もちろん構わんぞ。どうだ、ランベルト?」

「いいよ! 一緒にヴォルゼフォリンの物語、聞こう!」

「相変わらず私が好きなんだな、ランベルトは。では、寮に戻るとしよう」

「やったー!」

「楽しみですわね」




 ランベルトとマリアンネは期待に満ちた表情を、ヴォルゼフォリンは今すぐにでも語りだしたそうな表情を浮かべながら、寮へと戻ったのであった。

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