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生と死がぶつかり合う海中を、新生物の卵や、芽、幼生はのぼった。渦巻く無秩序の間を通過して、海面へと向かう。
その途中、触手に絡め取られる。クラゲだった。
クラゲはただ浮遊していた。
水温や酸素濃度の変動がその体を乱暴に揺さぶったが、泳力の弱いクラゲには為す術もなかった。荒れ狂う海流により群れは分断され、個体は孤独に漂うだけだった。
触手がそれに触れたのは偶然だった。神経が反射を促し、捕食する。
胃腔で消化されて粒子となったそれは、体内を走る水管を通り、クラゲ自身の開閉運動によって全身へと送られる。通常の栄養摂取と同じ手順で、新生物はクラゲへと取り込まれた。
クラゲの体内において、それはすぐに高温へと発展した。全身を走る神経が反応し、一瞬で伝達を終える。受信したすべての細胞が体表呼吸を高速化し、筋肉は瞬時に増強される。
遊泳速度は海流が生み出す水圧をあっと言う間に上回り、クラゲは泳的自由を獲得した。
その時、海中が白く光る。太陽光だった。
巨大な爆発に似たその現象が何の思惑によるものなのか、クラゲは理解しない。しかし、クラゲの中にある「希望」は強く反応する。
光が付与する熱量を欲する。それはクラゲの上昇をさらに加速させた。
海中では同じ現象が同時に無数発生していた。同様の変革を遂げたクラゲたちが海面へ集合し、発達し続ける神経を介して高速で交信し合った。
同調と共鳴が信号となってクラゲの間を行き交い、緻密な相互認識網が形成され、高密度の群生形態が完成した。集合体としての機能が、クラゲ自身の力によって構築され新しく稼働し出す。
間もなく、それぞれの個体が内包していた生命力が群体内を駆け巡り、共有され、全体の生殖力へと変換され始める。かつてない強さで降り注ぐ太陽光が、クラゲの生殖機構の活性化を強烈に助長した。
精子は放出され、受精卵は成熟し、幼体は泳ぎ出した。個体数は瞬く間に激増し、群れはより強固なものへと成長した。それらは数の多さと群れの密度により、海面を覆い尽くすに至る。
いよいよ、個体が抱えていた熱が発火点に達し、燃焼を始める。「希望」が発動した瞬間だった。
のぼり来る新生物から引き継いだ熱量が、焚べられる生命力によって燃え上がり、一瞬にして群れへと伝播する。
その火は、太陽光によって組織の変成が行われていたクラゲの体内において、すでに完成していた内壁に抱え込まれる形で保持される。温度上昇による内部の膨張は、拡張した内皮の球体化と、その伸縮によって受け止められ、熱いまま蓄えられた。
次第にクラゲの中心部分は大きく膨らみ、透明な風船として機能し始める。
熱されるほど、風船の内部は活発化した。それはそのまま浮力になり、やがてクラゲは浮き上がる。海面はまだ荒ぶっていたが、垂れ下がる触手は難なくそこを逃れた。
明るい空中を、クラゲはゆっくりとのぼっていく。
開閉運動による全身の拍動が上昇を後押しすると共に、中心で燃え上がる炎へと生命力を供給し続けた。それは澱みなく回転する。
群れを成す、無数のクラゲが後を追う。行く先を知らないまま、ただ生きるために生きるように、その体を震わせて上昇を続ける。
透明な輪郭の上で、太陽の光が強く輝いている。
そうして「希望」は果たされた。
思惑の知れない世界に揺さぶられながらも、尽きることの無い生命力が、そこに火を灯し続ける。
空飛ぶ生き物は、どこまでも高くのぼっていく。
〈了〉
空飛ぶ生き物 古川 @Mckinney
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