第72話 開けてはならぬ門の前に

 マリリンは六本木ツリーズビルの地下エリアへと侵入を果たした。そこには日本では規制されているはずの実弾銃や、高価な軍用異能デバイスで武装する傭兵たちが配置されていた。マリリンは傭兵たちと会敵しては、気絶させていく。アサルトライフルやハンドガンを奪いながら先へと進んでいく。


「しかも魔術的トラップだらけ。無栄の仕事みたいね。マジで有能なのね。あの女」


 ウルザブルンサーバーへの道は、かつて経験した東京駅地下の異空間のようにダンジョン化されていた。とはいえすでに無栄は拘束されており、今現在ここを管理している魔術師はそこまで有能ではなかったので、マリリンはさほど時間も掛けずに突破することに成功した。そしてマリリンは大きな柱が林立する空間に出た。


「水害対策の貯水槽…?にしては何か胡乱に思えるわね。古い遺跡みたいなデザインの柱?あれ?このデザイン…たしかアナトリアの何処かで見たような気が?もしかしてここも何かの仕掛けが…?でもあたしの眼でも何も見えない…?またNULLなの?」


「いい勘してるじゃなか!さすがはマリリンちゃんだ!はは!待ってたよ!!」


 声のする方に大きなシャッターがあり、その目の前に匕口あいくちらんが立っていた。スラックスに派手な柄のベストとネクタイ。ジャケットは来ておらず、そのかわりに刀の鞘を納めるホルスターベルトを巻いていた。


「匕口魁。あなたがここにいるってことは、そのシャッターの奥にサーバールームがあるってことよね?」


「その通り!この奥にラタトスク社の秘密のすべてが眠ってる!マリリンちゃんが欲しいものもきっとあるだろう!だからわかるよね?」


「通してほしくば、あなたを倒せって事よね?…はぁ…。とんだ戦闘狂ね。あたしとしては、あなたには新婚のお祝いを贈ってもらったって言う恩があるわ。あの炊飯器、本当に素晴らしい家電だわ。毎日美味しいお米が食べられる。だから見逃してもいいんだけど?」


「むしろそれを恩と思ってくれるなら、僕と火遊びして欲しいね」


「あたしはそこら辺にいるような、阿婆擦れで怠惰に飽いている悪妻ではないの。残念だけど火遊び相手は募集してないし、夫に勘違いされたくないから他所の男も近づけたくない。…あなたは恐ろしいほどの手練れ。はっきり言うわ。殺さないで無力化できるなんて思えない。だから死んでも恨まないでね。あたしはこの先幸せになりたいの。そのために手を汚すことを厭いはしない」


「それは光栄だね。僕の持論だけど人が真に実力を発揮できるのは、大義や国家なんていう曖昧で輪郭の捉えられないほど大きいもののためじゃなくて、隣にいる愛する人の為だと思ってる。今のマリリンちゃんは実に僕好みに成長してくれた。愛国者のマリリン・ハートフォード少佐よりも、旦那さんと幸せになるために健気に頑張るミセス・マリリンの方がずっとずっと魅力だ。今の君は間違いなくかつての君よりも強い女だ。ぜひ死合いたい」


 匕口は鞘から刀を抜いて構える。マリリンもライフルの銃口の先を改めて匕口に向けて。


「覚悟!!」


 マリリンは容赦なくアサルトライフルの引き金を弾く。


「おっと!!エアガンじゃなく、今日はちゃんと実弾なんだね!ははっ!!」


 匕口はその身に迫る銃弾のすべてを切り裂きながら、マリリンの方へと駆けてくる。


「刀一本でそこまで切れるのね…!!ならこれはどう!!」


 マリリンは銃弾を撃ち続けながら同時に近くにあった柱の一本をサイコキネシスで引き抜き、匕口に向けてミサイルのように跳ばす。


「うおっと!!これはこれは!!やっぱり女の子には簡単に近づけない方が面白い!!」


 飛んできた柱の一つに匕口は飛び乗り、その上を駆けていく。


「扱えるのが一本だけだと思わないで!!やあああああああ!!」


 そしてそこへさらに匕口を圧し潰そうと何本もの柱が飛んでくる。


「へぇ…すごいなぁ天然のジェネラリストが使うサイコキネシスなのに、馬鹿みたいに高出力だね!だけど!うおおおお!!」


 匕口は刀を鞘に戻して、気合込めた叫び声を放つ。そしてその場で眼にも止まらぬ早さで抜刀術を放つ。すると匕口に迫っていた柱のすべてがその場で停止して、いずれも重力に引かれてコンクリートの床に落ちていく。


「…うそ?!なんで?!なんでサイコキネシスの力そのものが切れるの?!」


 マリリンの邪眼は匕口の刀が柱に纏わっているサイコキネシスの力そのものを切り裂いたことを感知していた。超能力による物質への干渉力そのものを何の異能の力も宿らない刀だけで切り裂くというあまりにも異形の力にマリリンは驚愕に顔を歪める。


「僕は長年刀と向かい合ってきた。毎日欠かさず素振りを繰り返し続けた。何でも斬れると信じて、毎日毎日刀を愛してその可能性を信じ続けた。マリリンちゃん!愛があれば何でもできる!君ならわかるだろう!!」


「愛の可能性は信じてもいいけど!何の異能もなしにサイコキネシスを切るのはやめて!常識が!?あたしの中の常識が崩れるからぁ!!!」


「さあ!柱の後ろに隠れないで!僕と踊ろうじゃないか!!しゃあああああああああああ!!!」


 匕口はマリリンの眼の間に着地して、刀を思い切り振り下ろしてくる。マリリンはベストから左手でマチェットナイフを抜き取って、迫ってくる刀を払った。そしてアサルトライフルの銃口を匕口の腹に突き付けて、引き金を引いた。だが。


「甘いよ!僕だってサブウェポンは用意してるんだから!」


 匕口は腰のホルスターから小太刀を抜き取り、マリリンのライフルの銃口にその切っ先を突き刺した。放たれた球と小太刀の切っ先がぶつかって、銃身で暴れてライフルは暴発してしまった。


「ちっ!二刀流?!こんのう!」


 マリリンはその場でしゃがんで、匕口の足の間をスライディングで潜りぬける。そして回し蹴りを背中にぶち込んで、いったん距離を取った。匕口は楽し気な笑みを浮かべて戦闘で少しずれたサングラスを直した。


「…あんた本当に殺し屋?このあたしとここまでやれるなんて何者?」


「世界は広いからね。僕みたいな変わり種は幾らでもいるよ。異能スキルや超能力、あるいは魔術なんかの尺度では測れないような実力者はいくらでもいるのさ。まあマリリンちゃんは武力は手段でしかない元兵士だから、こういう武芸の世界とは無縁なんだとは思うけどね。これを機に是非とも君のような才能ある若人にこの世界に入ってもらいたいものだね」


「武芸ねぇ。最近じゃビジネスマナーや自己啓発や資格の勉強ばかりでそういうのはとんと疎くなってしまったわね。ふむ。ではそうね…よくわかったわ。あなたには異能の小細工は効果が薄い。ならばあたしもあなたと同じ土壌で戦ってあげましょう」


 マリリンはベストから右手でハンドガンを抜く。そして左手のマチェットナイフの切っ先を匕口に向けながら、まるでカンフー映画の主人公のように構える。


「おお?なんだいその構えは?!見たことない構えだ!いったいどんな武芸なのかな!?あはは!」


「クエンティン流一刀一砲戦闘術・愛妻の構え!!…ということにしましょう。でっち上げ武芸だけど、強さは保障してあげる!さあ!かかってきなさい!匕口魁!第二ラウンドよ!!」


 二人は睨み合い、じりじりと足を運びながら距離を詰め合って…。


「いやああああああああああああ!!」


「はあああああああああああああ!!」


 そして激突し切り結んだ。



【マリリンちゃんが語る、クエンティン流一刀一砲戦闘術について】


マリリン「クエンティン流一刀一砲戦闘術。その源流はアメリカ海兵隊にあるの。その昔、独立戦争の最中、海兵隊員たちは日々敵の船に切り込むことに命を懸けていた。その中である日一人の隊員が『剣を振りながら銃を撃てば最強なんじゃ』と気がついたのが始まり。そしてアメリカが経験した様々な戦争の中で海兵隊の一刀一砲流は磨かれていった。そしてこのあたしがその術技を現代異能による白兵戦闘用にアレンジしなおして編み出した。という設定をたった今考えたわ。何が言いたいかって?アメリカ海兵隊こそが最強って事よ!!うーーーーーーらーーーーーーー!!!」


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