第71話 神聖にして愚かなる雄たちの祭典

 俺の目の前に火威が空を飛んでやってきた。それを見たアリーナ席の観客は大盛り上がりで歓声を上げた。一応まだ動画配信の為のドローンや闘技場の集音は行われていない。お互いに人前で言えないことをぶちまけるのはこれがラストチャンスだ。


「よぅ、ハルトくうぅぅうん!なんだ!ちゃんと降りてきたのか!俺の目の前にやっと来れたか!おまえはずっとずっと誰かに命じて俺を襲わせるばかりだったからな!鼠みたいに震え上がってるのかと思ってたよ!やればできるじゃないか!」


「ほざくな!!貴様だけは絶対に許さない!お前は枢の名誉を穢す不届きな罪人だ!ああ!認めよう!おれは間違っていた!お前はとっとと始末するべきだった!!優先するべきはおれのプライドではなく、枢の名誉だったのに!」


「枢はお前のものじゃない。彼女の真の願いを受け継いだのは俺だけだ。枢の名誉を穢しているのはお前の妄執だ。お前はここで失墜させる、破滅させる、討伐だ!!覚悟しろ!」


「ああ!おれもだ!お前はここで倒す!そして後できっちり殺す!おれと枢の輝かしい未来の為に死ね、神実樹!」


 互いに運営から配布された競技用異能デバイスを起動させる。そしてすぐに、ゴングが鳴り響いた。


「「やああああああああ!!!」」


 まずはお互いに何も考えずに、拳を振り上げる。そして互いの顔に向かってストレートを放った。多分に馬鹿だったと思う。俺たちはほぼ身長が変わらないのでリーチもほぼ同じだ。同時にお互いがダメージを喰らって、少しよろけてしまう。


『開幕速攻のクロスカウンター?!なんて馬鹿な男たちなんだ!かたや異能力スキル業界の世界最大のプラットフォーマー!かたや常人には思いもつかないような発想で一瞬にして医療業界に革命を起こした天才発明家!なのにやっていることはそこらの中学生の方がマシなレベルの殴り合いだぁ!!』


 俺と火威は至近距離でひたすら殴り合いを続けた。だけどこれが一進一退。火威は異能格闘の学生チャンプだった俺なみに近接格闘の技能を持っている。雲竜刑事に聞いたのだが、火威は高校生の頃は超能力者や魔術師が引き起こす事件に巻き込まれてはその異能の力で解決するという事をマジでやっていたのだという。あの無栄もその時は火威の事をまるで物語のヒロインの如く手助けしていたとか。だからなのだろう。すごく戦い方が手慣れてる。


「お前の戦い方は甘い!たあぁ!!」


 火威は俺のストレートを払った後、そのまま体を捻る勢いで胴回し回転蹴りを放ってきた。俺は少し慌てながらしりもちをつくようにして、地面を後転してその蹴りを避ける。だけど。


「だから甘いと言っている!!」


「ぐはぇ!」


 胴回しから着地した火威はそのまま勢いを殺さずに、ウィンドミルしながら俺の横っ面を思い切り蹴っ飛ばしてきたのだ。こめかみを蹴られてた俺は横に吹っ飛ばされる。


「そしてまだ甘い!!風よ!!」


 吹っ飛ぶ俺の斜め上から、高気圧の壁が迫って来るのを感知した。それをハンマー代わりにして俺を地面に叩きつけるつもりだろう。


「甘い甘いうるせえんだよ!斥力操作!!」


 俺は斥力を付与した拳で地面を叩いて、上空高く跳び、迫ってきた高気圧の壁を避けた。そしてそのまま火威から離れたところに着地する。


『『『『『うおおおおおおおおおおおお!!!』』』』』


『すごい攻防です!!プロ顔負けの高度な近接戦闘と異能スキル使用を見せている!!ほんとうにあんたらビジネスマンなのか?!ベンチャー起業家って奴は、こんなこともできなきゃなれないのかぁ?!』


 いや俺らがおかしいだけだと思う。別に戦闘スキルなんて必須ではないので、世間の人たちは俺たちの戦いなんて参考にしなくていいから、いいアイディアがあればじゃんじゃん起業して欲しい。


「どうした?神実樹?この程度か?せっかく人前というハンデをくれてやっているのに?お前の戦い方は甘いの一言だ。相手に配慮しているんだろう?殺さないように手加減している。だが勘違いも甚だしい。後ろを見ろ!あの大きなビルを!そしてお前の小さなオフィスを思い出せ!いいことを教えてやろうか!お前の会社が入っている皇都大学のベンチャー向けオフィスのテナントはな!おれが最初に入った部屋なんだよ!そしておれはそこを一か月で出て!すぐに渋谷にオフィスを借りた!お前はあそこにどれくらいいる?!答えてみろ!!」


 すぐに俺相手にリア充マウント取ってこようとするから嫌い。オフィスなんてどこでもいいだろうが、いっそテレワーク環境が揃ったならオフィスさえ要らないと俺は思ってるくらいだ。早く起業したての頃のように、車でマリリンと2人っきりでだらだらと仕事をする環境に戻りたいもんだよ。


「やかましいんだよ!俺らは入って二か月くらいだ!!なんなら俺らは自宅のキャンピングカーを大学の駐車場に停めて生活してるぞ!!ていうか俺の会社は大学発ベンチャーじゃねぇ!!コネで借りてるだけだバーカ!!オフィスなんてどこでもいいんだよ!!アホぅ!つーかこんなところのビルになんて会社は入れたくないね!!どいつもこいつも住んでる部屋が地上よりも一メートルでも高いことに価値を見出すようなアホばかりだ!お前は昔言ってたな!?枢とあのビルの最上階に住むと!そして下界を見下ろすと!」


 俺は煽られたらきちんと煽り返すって決めてる。もちろんマウント取られたら、マウントし返すって決めてるんだ。


「当たり前だ!!おれは王!枢は王妃!ならば人々よりも高い所にいるのは必然だ!」


「昔の事だ!!俺は枢を日本で一番高い塔の展望台に連れて行った!そしてちょっと冗談でガラス張りの床の所に連れて行った!そこであいつにちょっとわって!言って驚かせた!…ガチ泣きされた…。枢は高い所が苦手だったんだ…」


 デートではこういうミスがつきものだ。幸いというか枢はあんまり怒りが後を引くタイプではないので、その場で謝って事なきを得たが、それでもたまに思い出しては愚痴ってくるという実にめんどくさい女モードを俺に晒してくるようになったのだ。


「…そんな…嘘だろ…?」


「だからお前は枢の事を何も知らないって言ってるんだよ。彼女と向かい合った記憶なんてお前にはないんだよ。…俺にはあるけど!!ぎゃはははは!!」


 気分はエロ漫画の寝取り間男の気分だ。枢には申し訳ないが、こいつを挑発するネタとして、彼女との思い出を消費することを今だけは許してほしい。


「…うう、うああああああああああああああ!!」


 激高した火威は、加速スキルを発動して俺に一瞬で距離を詰めてきた。でも狙いは俺の顔面へのストレート。いわゆるテレフォンパンチ。ほんとこいつ煽られると動きが単純になるな。俺はそのストレートを避けて、強化した拳でのアッパーを火威の鳩尾にぶち込む。


「ぐぼぉおおお!」


「くくく!甘いな!ハルトくうううんん!!電撃!!」


 俺は腹にめり込んだ拳から火威に向かって電流スキルを発動させる。俺と火威の顔を発生した紫電がチカチカと照らす。


「ぎゃああ!!あああ!!ぐぅううう!サイコキネシス!!はあああああ!」


「おっと!」


 念動力が発生する前に俺は加速スキルを発動させて、バックステップで距離を取る。予想通り火威の周辺にサイコキネシスの反発フィールドが出来てた。あのままあそこにいたら、吹っ飛ばされて地面に叩きつけられて痛い目を見ていたはずだ。


「俺ってば一矢報いちゃったね!ハルトくうんん!」


「くそ…!神実樹ぃいい!こざかしいぃいいいい!」


 その小賢しさこそが俺の武器だ。火威はプラットフォーマー。俺はベンチャー。俺はアイディアとはったりだけを頼りにこの世界で勝負するしかないんだ。そしてこの戦いもまた、俺の策の一つである。アリーナ席に目を向ける。観客の中に、ニヤリと笑う文矩の姿があった。俺は文矩に見えるように、ネクタイを弄って整える。それを見た文矩はバックからノートパソコンを取りだして、操作を始めた。


「小賢しい。大変結構だ。いいことを教えてやろう。枢は俺みたいな色々と頭を使って小賢しく立ち回る奴を意外に評価してたぞ。あいつは体育会系が嫌いだったからな。俺とは趣味とか外見とかじゃなくてまずはフィーリングから入っていたらしい。逆にお前みたいな理不尽しごき大好きなサッカー部とかみたいな運動系をいたく毛嫌いしてたぞ。曰く優しくないから嫌いってね」


「また枢のことを口に出すのか?!やめろ!お前の話す枢は全部偽物だ!!おれの枢はそんな女じゃない!!お前のような男を愛するのは何かの間違いだったんだ!!」


「いい加減、お前の中にしかいない枢の姿を愛するのはやめろ。あいつは苦しんでいた。周りが枢に持つ偏見のイメージにな…今からそれを見せてやろう。スマホを確認してみろ。俺の会社からお前に一本メールを入れた」


 ついさっき文矩がディオニュソス社のメールアドレスで、火威のスマホにメールを一本送った。火威は胸ポケットからスマホを出して、画面をのぞいている。


「何だこのアドレスは?ウィルスか?」


「よく見ろ。大手の動画サイトのアドレスだ。ウィルス攻撃なんてちゃちなテクを今更使うもんかよ。見てみろよ。安心しろ。お前がその動画を見ている間は、攻撃なんてしないからな」


 そして火威は怪訝そうな顔で、動画を見始める。ここからが俺の真の逆転劇の始まりだ。動画を見ている火威に気がつかれないように、俺は事前にスキルで透明化しておいた自前のイヤホン型異能デバイスを耳に装着する。そして火威が動画を見終わるまで、緊張を維持しながら、ただその時が来るのを待った。







 




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