第21話 愛憎の特許権
ビジネスとか起業とかは今も昔もちっとも興味が持てない。ましてや当時の俺は研究がすべてだった。
「言っておくが、クルル式アルゴリズムの価値は俺が一番よくわかってる。というかお前のビジネスでの使い方は俺と先生が想定したものではない!あのアルゴリズムは人類の集合無意識の探索を通して、この宇宙の創造の秘密に迫るための研究ツールの為に組み上げたものだ!たかだか異能力スキルのマイニングに使うなんて馬鹿げてる!!だいたいなんだ今の物言いは!さも自分がすごい凄いなどといいやがって!確固としたビジネスプランがあった?馬鹿野郎が!ビジネスプランなんてまともな人間がやれば、十中八九同じようなものが出来るんだよ!どうせ経済的合理性を突き詰めれば万人が同じ答えに行き当たるんだからな!それにな!てめぇみたいな研究もろくにやんねぇ劣等生が先生のことを枢先生なんて気軽に呼ぶんじゃねぇよ!角が立つしお前は院に行かないからどうせすぐにいなくなると思って黙ってたけどな!先生はお前のことを本気でウザがってたからな!何度も俺に愚痴ってたんだぞ!目が厭らしいだの!発言が厭らしいだの!すぐに触ってこようとするだの!てめぇんとこの乱交パーティー大好きヤリサーのノリで先生にウェイウェイちかづくんじゃねよ!!あの人はそんな人じゃねぇ!!」
先生はまじでこいつのことが嫌いだった。一応教授としては責任をもって指導していたけど、そのセクハラじみた言動にはほとほと参っていた。磐座先生はとんでもない美人だったからこういう軽薄な奴を惹きつけてしまうの仕方ないんだけども、それでも限度はあった。俺の前で泣いたのは一度や二度ではない。
「ふん!だからくだらないんだよ!お前も枢先生も!研究研究などと下らんことばかり!宇宙の創造の秘密?そんなものの何が楽しい!金を稼いでこそ人間だろうが!!ふん。それにお前は枢先生のことを清らかな女だと思ってるみたいだけどな、俺は一度聞いたことあるぞ!あの女が研究室で誰かとヤってる声をな!憐れだな。お前はいつも枢先生にまるで犬っころの様にじゃれついていたが、あの女も所詮は女だ。どうせ他の研究室の教授辺りと不倫でもしていたんだろうな。なぜか痛みに耐えるような喘ぎ声だったけどな。俺なら痛みなど感じさせないで抱いてやれるというのに…」
なんかヤリチンっぽいこといってるけど、なぜか最後辺りの声には若干悲し気なニュアンスを感じた。取り合えず訂正しておこう。先生は不倫なんて悪いことをするような女じゃない。むしろ真逆の女だった。
「先生とヤってたのは俺だよバカ野郎!!」
研究室で教授とセックスしてた悪い子は俺です。というかこいつに聞かれてたのかよ…先生と初めてHしたのあの甘い夜の美しい思い出が穢れていく。
「なっ!?なにぃ!?嘘だ!枢とお前がヤってた?!そんな嘘だろ!!」
火威はテーブルを思い切り叩いて立ち上がる。てか枢って呼び捨てにした?…ええ、こいつ先生のことがマジで好きだったの?もしかして声を聴いてた時もチャラ系余裕間男みたいな感じじゃなくてBSS的マジ恋な感じ?…うわぁ…キモ…。こいつってどう見ても外見はパリピー系ヤリサーマンなのに、根っこはけっこう純なの?…ないわー。
「俺と枢は付き合ってたんだよ!それどころじゃねぇ!婚約してた!俺が学部を卒業したら結婚する予定だったんだよ!」
「そんな!嘘だ!嘘だ!!だって枢は誰とも付き合ってないって言ってた!」
「さすがに指導学生と付き合ってるなんて大きな声で言えるわけないだろうが!!アホかお前は!!」
「ふざけるなよ!ふざけるな!なんでお前が枢と付き合ってるんだよ!彼女は!あんなにいい女がお前如きと…?」
なんか火威は魂の抜けたような顔で、椅子にへたり込んでしまう。なんだろうね、この男のこの気持ち悪さ。もういいや。そろそろ本題に入ろう。
「お前は俺と先生の特許を盗んだ。一つ聞くが、俺の研究不正をでっち上げたのも、お前か?」
その問いかけに対して火威は口元をニヤリと歪めた。
「ああ、お前のデータの中に倫理違反のものを入れたのは俺だよ。実験被験者の一人を買収したんだ。お前が不正な行為でデータをサンプリングしたと証言するようにな。みんなコロッと騙されてくれたよ。どいつもこいつも俺の仕込みには気づかなかった。お前は見事に退学に追い込まれてくれた。最高だったね!!」
特許が俺から盗んだものだった時点で、薄々感づいてはいたが、こうもはっきり暴露されると怒りが込み上げてくるのを止められない。こいつは特許を独占するために、俺を大学から追い出した。そしてそのことを愉しんでやがる。
「じゃあ、先生が…。枢が死んだのもお前の所為か…?」
声が冷たくなるのがわかる。枢は事故で死んだ。車ごとガードレールを飛び越えて海に落ちて帰らぬ人になった。遺体は結局最後まで見つからなかった。だけど現場には夥しい血が残されていて、死んだ痕跡だけははっきりと残されていたのだ。この男が枢を殺す理由は有り余っている。特許の独占というメリットは当然だし、何よりもこいつが枢に恋していたんなら、その思いに応えない枢を身勝手さで殺してもおかしくはないだろう。枢は魅力的な女だった。独占したくなる気持ちなら痛いほどわかる。
「枢を殺す?おれが?おれは言ったんだ。お前が退学になった後に言ったんだよ!あのアルゴリズムを使って、俺と一緒に金持ちになって二人で幸せになろうって!なのに枢は俺を拒絶した!でもやっと腑に落ちたよ!枢は慎み深い清らかな女だったから、お前みたいな男でも付き合っていたら裏切れないんだ!だから俺のことを選べなかったんだ!枢が可哀そうだ!どうせお前は枢に無理やり迫ったんだな!!あの人は優しい人だったから!!だから無理やりでも付き合ってしまったなら、男に尽くしてしまうような可哀そうな女だったんだ!ああ!俺が傍に居れば枢は幸せになれたのに!くそ!退学なんかじゃなまぬるかったんだ!お前を殺しておくべきだったんだ!お前さえいなければ!そうすれば枢は俺の今もいてくれたはずだったのにぃ!!」
「ザケンな!俺がいなくたって、枢はお前の事なんて死んでも選ばん!それより答えろ!!枢を殺したのか!お前が枢を殺したのか!!」
「殺すわけないだろう!!おれは!おれは!枢が死んでしまって悲しいんだ!!だから彼女の意志を継いでクルル式アルゴリズムを活用して世の中に広く行き渡らせるためにこの会社を作ったんだ…。枢はこの会社に
「この糞野郎!まじでイカれてんのか!?お前の描く身勝手な幸せに枢は絶対に頷くわけがないのに!もういい!俺は特許権を覆せる証拠を握ってる。当たり前だよな。だって俺と枢が作ったアルゴリズムなんだからな!」
これははったりだ。一応俺のラボノートや実験記録やデータは大学にまだ残ってるはずだ。だが争っても厳しいだろう。こいつだって馬鹿じゃない。特許を申請するときに、実験データなんかをちゃんと偽造して揃えているはずだ。時間のブランクもある。訴訟での勝ち目はほぼない。俺は詭弁を弄してこいつに揺さぶりをかけるくらいしかできることがないんだ。
「何…いまさら特許権を主張するつもりなのか?俺と枢の思い出を奪う気なのか…?!」
だけど俺はさっきからこいつのことを散々挑発し、引っ掻き回した。俺がそうする人間だってわかっているはずなんだ。
「テメェのもんじゃねぇんだよ!ふざけんな!!いいか俺の要求は二つだ!まずは特許権を俺に譲渡すること!!それとラタトスク社の株式を半分よこせ!」
「俺と枢の特許をお前の物にしろというのか?!それに株式を半分…?おれと枢の会社の株式を…?お前が株式を?」
「そうだ!半分よこせ!!でなければ特許の秘密を暴露する!!今ならお前が盗んだことだけは、黙っていてもいい!特許を今後も利用することは認めてやる!だけど名目だけでもお前に特許を触らせてやるのは我慢ならない!!実利はくれてやる!お前の世間体も守ってやる!だが名前だけは返してもらおうか!!さあ選べ世間体を守るのか?それとも会社ごと人生を潰されるか!」
俺のはただの虚勢だ。だがこいつが何らかの形で悩めば俺の勝機が生まれるはずだ。まずは大きく要求して、足元を崩す!
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