第18話 知らないことは知らないと言える勇気!

 壇上の火威ひおどしは誇らしげな顔でプレゼンを終えた。学生連中と社員たちがスタンディングで拍手しまくってる。俺は当然立たない。マリリンもそう。近くにいる学生たちが怪訝な顔をしているが無視して、俺はとあるメモをかき上げてマリリンに渡した。


「なにこれ?」


「質疑応答の時にこの内容を質問してくれ」


「なるほど。わかったけど…。ねえ、これって」


 マリリンはメモを読んで、俺に怪訝そうな目を向ける。これでいいの?って聞きたいんだろうね。


「それでいいよ。やっちゃって!アドリブは任せた!」


「まったく…あんたって本当に悪党ね。…ちょっと面白いかも…。ふふふ、まかせて」


そして質疑応答が始まった。手前の席の連中から手をあげて色々と聞いていく。例えばこんな感じ。


『早王大学の佐藤です!御社のヴィジョンについてご質問します!御社のヴィジョンである世の中に貢献するマインドの育成に…』


『うちのラタトスク社では仕事を通じて、社会に価値観のヴァリューを仲間たちとトゥゲザーしながらサプライすることでマインドをグロウし…アプライしながら輝かしい…アグリーではなくカンパニーな…』


 うん!馬鹿馬鹿しい!軽くてスカスカな言葉ばかりが飛び交ってる。もっとこうきつい質問できる骨のある学生っていないのかな?まあ無理か。雇用者と労働者なら圧倒的に金を出す側が強い。みんな下手に出てウェイウェイやって上のご機嫌を取るのが一番楽だろう。


「鬱陶しいわね…」


「だろ?さてマリリン、そろそろお手手上げて社長さんの気を引いておくれ。俺は顔バレするのが怖いから突っ伏してる。では頼んだ」


「いえす、さー。任せて頂戴」


 俺は机に突っ伏した。うっすらとだが顔を横にして、火威には気づかれないように、だけどマリリンの事だけは視界に入れておく。キリッとして凛とした横顔がとても可愛らしい。


「じゃあ次は…後ろの…セーラー服の子!きみ面白いね!みんなスーツなのに一人だけそんな恰好してくるなんて!いいよ!そういうマインド!」


 火威さんはマリリンのマインドを絶賛してる。でもお前マリリンがかわいい子だからそう言ってるんでしょ?ブスだったら絶対に『社会人としての自覚がない』なんて言葉でディスってるに違いない。


「…キモ…。ありがとうございます火威社長」


 マリリンがぼそっと聞こえないようにキモいって言った。自分に向けられた言葉ではないけど、女の子が冷たく言うキモいって言葉は本当に男心に痛く響くなぁ。


「そんな遠慮しなくていいよ。ハルト社長って呼んでくれ!うちの社員は皆そう呼んでる!」


 キモ。自分のことを下の名前で呼ばせるおじさんは大概ウザい。新手のハラスメントに認定して欲しい。だけど間違いなくマリリンのことを気に入ってるな。


「…ありがとうございます。ハルト社長。では検めまして、皇都大学のマリリン・クエンティンです」


 周りから少しざわざわとした声が聞こえる。俺と火威の母校皇都大学は国立大学であり、日本で一番偏差値の高い大学だ。その上マリリンは人生で一度目にできるかどうかレベルのスーパー美少女。会場が騒がないわけがない。


「ご質問させていただきます。クルル式アルゴリズム。恐らく今世紀最初にして最大の応用技術の一つだと思います」


「いやぁ。それほどでも…あるかな!ははは」


 会場が笑いに包まれる。場の空気を完全に支配しているのは火威だ。だけどマリリンはそんな空気には飲まれずに続ける。


「異能情報量子計算工学において、クルル式以前にいくつもの集合無意識異能力マイニング理論が提唱されてきました。例えばハイパーNTRえぬてぃあーるスワッピング仮説を利用した量子情報同時励起芳。ただこれは最初期に理論の不備から被験者に対して強い脳の負荷をかけてしまうことで、現在ではあまり試されることがなくなりました。そしてその理論をダウングレードする形で誕生したのが超BSSびぃえすえす理論による量子情報局時的非存在パラドックスを利用した一方通行的アプローチです。まあこれは実行時には必ず計算結果に対してToo late効果を及ぼしてしまうわけですが…」


「ちょっと待って…。熱心に語ってくれるのは大変結構なんだけどね。マリリンさん。質問はいったい何かな…?」


 火威がマリリンの話を遮ってきた。声にはどこか焦りか何かの色がある。やっぱりそうだ。あいつはクルル式の理論をちゃんと理解してないんだ。だから理論系の質問に対して警戒感を露わにしてる。怖いんだ。もしかしたらバレてしまうかもと思ってるから…。


「すみません。火威・・社長。あたしはファーストネームを呼ばれるのが得意ではないんです。できればクエンティンと呼んでください。質問を続けます。マイニングには様々なアプローチがとられてきたわけですが、揺らぎの制御をどうしても解決できなかった。でもそれを解決したのが、あなたです!あなたは今世紀最大の天才の名が相応しい!あたしはそう思います!」


 マリリンは火威が質問を打ち切ってきそうな空気を察して、うまくよいしょして時間を稼いだ。実際効果はあった。火威はすぐに機嫌をよくした。


「いやあ。ははは。とても過分な褒め言葉だね。おれには勿体ないな!でも機嫌がいいからマリ…クエンティンさんには後で特別にうちの会社の記念グッズを進呈しよう!みんなも覚えておくといいよ!他人のことを認めて、褒めるのが立派な社会人なんだからね!」


 会場の学生さんがしきりに頷てる。こういうカルト臭い空気には吐き気を催しそうだ。マリリンは一瞬だが、火威を鼻で嗤うような顔を見せていた。この子も意外に悪い子だな。可愛く見えるね。


「ですからとても知りたいんです!どうやってクルル式を思いついたんですか!NTR仮説やBSS理論の技術的難点を超えることは、多くの科学者たちの悲願でした!クルル式アルゴリズムはこれらの欠点を埋め合わせた素晴らしい理論です!いつ!どこで!何をしているときに思いついてたんですか?!教えてください!」


「え?ええ…っと…あれは…そうだね…。確か…そう。俺はNTR仮説には納得いってなくてね。まあスワッピングの理論は好ましいんだけどね」


 俺は思わず吹き出してしまった。NTR寝取られに納得いってないのに、スワッピング恋人交換はあり?ぐふふ…超ウケる…。


「だからおれはBSS理論の…えーっと…一方通行アプローチを磐座先生にディスカスしたんだ。でも彼女もToo lateの答えを見つけられていなかった。おれは大学の池で一人ただづんでいるときに、たまたま鯉が池から顔を出しているのを見た。波紋が広がるのをみてクルル式を思いついたんだ」


 そっかー!磐座先生にBSS僕が先に好きだったのに理論の一方通行アプローチただの片思いを相談しちゃったかぁ!そりゃ先生も答えられんわ!Tooもうlate遅いもん!マジで笑える…。よくわかった。火威はちっとも異能情報学のことをわかってない。クルル式の作動原理なんかも把握してない。どうぜソフトも発注して作らせただけだ。…テック企業の経営者が自分の会社の技術原理をまったく把握していないことにため息が止まらない。そしてそんなやつに大切な技術を奪われたことも納得いかない。


「ご回答ありがとうございます。火威社長。おかげで大変理解が進みました。ありがとうございます」


 マリリンはにっこりと笑って、お礼を言った。火威は質疑応答を切り抜けられた安堵とマリリンという美少女からのお褒めの言葉にすっかり気を良くしていた。


「いやいや。これくらいどうってことないよ。でも感心するね。君みたいにちゃんと勉強をしている子は本当に立派だよ。うんうん。きみみたいな子にこそうちの会社に来てもらいたいものだね」


 会場の人たちは高度な技術的話題の応酬に対して、感心していたらしい。まあこういう最新技術のやり取りみたいな会話ってかっこいいもんね。でもね。それは罠だよ。


「それはどうも。でもあたしは逆にここには来たくなくなりました。だってここはテック企業なのに社長さんはちっとも技術について学ぶつもりがないんだもの」


 マリリンの冷たく吐き捨てる言葉に会場の空気が凍った。


「ふぅ…。ここにはバカしかいないのね。あるいは誤謬をわかっていて黙って見過ごすものばかり。裸の王様とそれを恐れて過ちを見過ごす羊の群れ」


「何が言いたいんだい?マリリンさん?」


「下の名前で呼ばないでって言ったわよね。気安い男は嫌いよ。まったく。まだわからない?NTR仮説?BSS理論?そんなもの実在しないのよ!ただの作り話!クルル式アルゴリズムにはまったく関係ないただの法螺話!!」


 会場が一気に騒めき出す。そう、さっきまでマリリンに話させていた質問の話は、全部俺が考えた出鱈目!会場の中にいた理工系の一部の学生は気がついていたみたいだけど、社員を含めて多くの者がマリリンの話を本当だと騙された。そしてそれは火威さえも騙しきったのだ。


「いひひひ!くくく!うひひひ。まじうけるー社会人ならちゃんと勉強しとけよハルトくぅぅぅぅん!」


 俺は机から顔をあげてそう言った。火威は俺を見て驚愕に顔を歪めてる。いやいいね。成功者に恥を掻かせるってのはさ!…でも足りないね。俺から奪ったものでここまで来たんだ。それなりの報いは受けてもらわなくちゃな…。

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