第11話 人を雇う時は、相手の条件をちゃんと確認しましょう!
幸いにして男の目は俺にはちっとも向けられていない。俺は風呂場の洗面台で見つけたあるものを手に取る。そして部屋の隅をそろりそろりと気づかれぬように歩いていき、窓の近くまで行く。窓を開ける。外の風が中に入ってきた。
「マリリン!こっちにこい!!ここから逃げる!!」
俺は必死に逃げ回っているマリリンに向かってそう言った。
「イツキ!あんたは先に逃げなさい!!あたしはこいつを引きつけるから!!」
「そうだよ神実樹殿。僕たちはまだデートの最中なんだ。先にお帰りいただいても構わないよ」
スキンヘッドの男はまじで俺に関心がないようだ。
「残念だけどそうはいかねんだよ。マリリンには俺の命を預けてるんだ!マリリン!俺の所へ来い!俺を信じろ!!!」
マリリンは目を丸くしてる。だけどすぐに真剣な眼差しになって、俺の方へと走ってくる。
「あたしに信じさせたんなら、ちゃんと応えてよ!!!じゃなきゃ絶対殺すんだから!!」
走り出したマリリンの後ろをスキンヘッドの男が刀を振りかぶりながら追いかけてくる。
「おやおや!!マリリンちゃんの目を僕から奪うなんてね!!僕の嫉妬を煽る気かい!!ひどい男だねぇ!!神実樹殿!!!」
男は俺の方にやっと視線を向けてきた。殺意全開の睨みなのに、本当に楽し気に笑ってやがる。…気持ち悪すぎる…。サイコさんとはちょっとお友達にはなれそうにないかな。だから俺はピッチャーの様に構え。
「お前にもっとも
俺は強化した肩で男に向かってあるものを思い切り投げつけた。それはお風呂場で見つけた整髪スプレーの缶。多分お客さんが置き忘れた物だろう。
「こんなもの使わないからいらないなぁ!あははは!!」
スキンヘッドに整髪スプレーなんていらないのはわかってる。男はその缶を俺のなりのジョークとして受け取ったようだ。だから駄目なんだよ。こういう仕事に享楽を持ち込むアホはね!その缶のやばさが全くわかってないんだからさ!
「伏せろマリリン!」
「え?きゃ!」
俺はこっちに走ってきたマリリンに抱きつき覆いかぶさる。そしてそれとほぼ同時に男がスプレー缶を切り裂いた。そしてその場で切り裂かれた缶が爆発した!
「なにぃ!うわぁ!!」
爆発は男の刀にもろに直撃した。そして解けた鉄をその場にとどめる念動力のフィールドを震わせる。結果、刀はその形を維持できず、溶けた鉄があたり一面に飛び散ったのだ。その一部は男の体にかかり、さらには天井や床にとびっちて火の手を上げる。
「スプレー缶には可燃性のガスが使われてるって常識だろ?まあハゲで使う機会のないあんたにはわからなかったかな?」
「…ククク…あはははは!!マリリンちゃんがほだされるのもわかるよぅ!!!そして10憶かけられて怖がられるのもわかった!君も面白い男なんだね!!!神実樹殿!!!」
男の体の一部には溶けた鉄がくっついてるいるのに、本当に楽しそうに笑っていた。とはいえ男の体には大ダメージが入っている。男は膝をついていて息を整えていた。今のこいつに俺たちを追いかける余力はないだろう。そして部屋に火が回り始め、スプリンクラーが作動し、そしてサイレンが鳴り響き始める。
「きゃっ!イツキ!ちょっと!こんなの恥ずかしい!!一人で大丈夫だから!!」
「気にするな!!」
俺はマリリンをお姫様だっこで抱きかかえて、そのまま窓から地面に向かって飛び降りる。身体強化した足なら五階ほどの高さから飛び降りても、ちょっとふらつくくらいですむ。
「…ありがとう。でももういいわ…。べつにダメージは負ってないし…」
「そう?別にこのままでもいいよ。思ってたより君は軽いし」
「…降ろしてよ…もう…バカ…」
俺にからかわれたマリリンは頬を少し赤くし、口を尖らせてそう言った。すぐにマリリンの武器の類を互いの服の下に隠し、その場から駆け足で去った。
新宿には大きな公園がいくつもある。そのうちの一つの池の近くで、俺たちはコンビニで買ったコーヒーと共に芝生の上でお茶してた。武器類に関しては、量販店で買った新しいリュックに放り込んだ。
「あんたも滅茶苦茶やるのね。でも大事になってしまったわね。ホテルの部屋を取ってたってことは、フロントの監視カメラにあたしたちの姿が残ってるって事よね。いっそ警察に駆け込む?」
「その必要はないよ。さっきの部屋、実はチェックインしてないんだ。フロントを光学迷彩術式使って通過して、ドアをピッキングして居座ってただけだからね」
いくらラブホでも気絶した女の子を連れ込んだら、警察にチクられてもおかしくはないだろう。そんなのに睨まれるようなへまはしない。
「え?何それ!あの部屋お金払ってないの?!」
「当たり前だろ?セックスするために部屋を使うわけじゃないんだよ、それならラブホに金出す必要がある?俺は無駄金は一切払わない主義なんだ」
「冗談はともかく、痕跡を残さないで動いてるあたりは素直にすごいと思うわ。…犯罪者染みててちょっと思うところはあるけどね。まあ部屋も幸い燃えてしまったから、あたしたちがいたって証拠類は残らないでしょうしね」
騒ぎは警察の知るところとなるが、俺たちが疑われることはないだろう。若干疑われるとやばいのはマチェットを振り回しながら走ったマリリンの姿を歌舞伎町の皆様に見られていることだが、昨今は動画撮影者が色々と炎上騒ぎを起してくれてるもんだから、多少の奇行をやらかしてもゲームプレイ動画の現実再現版をやってただけです!って言えばそんなに疑われないと思ってる。どうせ世間の人はモデルガンと実銃の違いなんてわからないし、マリリンは美少女だから動画のpv目当てでバカやったって思ってくれるだろうし。
「そういうこと。一応事態がやばい方向へ動いてもいいように準備はしてたってわけさ。…本当にすぐにヤバい奴が追いかけてくるとは思わなかったけどな!」
「あいつについては考えたくないわね…。まあ今はいいわ。これからどうする?…あたしはいまさらあんたを殺す気もないわ。…萎えちゃったの…」
「これからどっか行く当てある?」
「…ないわね…一応戦闘スキルはあるから、何処かで傭兵でもやるか、マフィアにでも入るか。そんな感じかしらね。食べていくことは出来ないわけじゃない。でも…ただそれだけよ…」
この子の身分は不安定だ。米軍が作り出したデザイナーズベイビーだから、国民として公的な登録があるわけではないだろう。パスポートも偽造品だし、いつ居場所がアメリカ政府にバレるかもわからない。そうすれば追手が来るだろう。体育座りで俯くマリリンの姿には寂しい哀愁が漂っている。
「ならさ。しばらく俺に雇われてみない?」
「雇う?あたしに何をさせたいの?」
マリリンは首を傾げている。凄く可愛らしく見える。パパ活の提案をするのってこんな感じなのかな?世間のおじさま方がパパ活に熱中する気持ちがうっすらとわかってしまった。
「殺し屋に大人気の俺を、その脅威から守るお仕事。俺の家に住み込みオーケー。食事もつける。給料は月に手取りで30万は保障しよう。どうかな?」
マリリンは俺のことを真ん丸にした目で見つめてくる。どこか戸惑っているような感じだ。そして彼女は俺のシャツの胸元を軽く握って言った。
「それってドルかしら?」
そのジョークに俺はクスリと笑ってしまった。
「残念だけど円だね」
「そう。命を張るには給料が安すぎる気がするわね。でも。さっきあなたはあたしに命くれるって言ったしね。それと合わせてなら、いいわよ。あなたのボディガード引き受けてあげる」
マリリンは朗らかに微笑んで返事をくれた。やっと素敵な笑みを向けてくれた。俺はそれがとても嬉しかったんだ。
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