第3話 社長なら何を犠牲にしても会社を守るもの!


そしてサーバールームにやってきた。目の前のメインコンソールモニターはすごい勢いでハッカーたちの不正侵入の記録のログを更新し続けている。不正侵入を感知したことで、さっきからアラートが部屋中に鳴り響いている。俺はテキパキとキーボードを叩いて、サーバーの状態を確認する。


「なあリーダーさん。ハッカーの一人が利用してる侵入経路、社内ネットワークにあるこのPCを踏み台にしてるんだけど、これだれのPC?すごくアカウントの権限が高いんだけど。とっとと止めてきてくれない?」


 なんと現在進行形で、社内PC経由で攻撃がされていた。いわゆるトロイの木馬型の攻撃。さらにそこからリモート接続でゾンビ化もしてるようだ。


「え?トロイの木馬だったんですか?!くそ!つーかこのPC…?!営業部長のじゃないですか!!…てかこのプログラム?!ぎゃー!海外の非合法エロサイトとか経由で侵入する奴だ!?セキュリティ講習で言ったでしょうが?!変なサイトに繋ぐのやめろって!!自宅ならともかく会社のパソコンでやるとかマジで馬鹿なのかよ!!!」


 エンジニアリーダーが悲しみの咆哮を上げていた。なんともふざけた話だった。よくある話だとは言え、いまどきトロイの木馬に引っかかるような奴が部長とかやってるなんて狂気の沙汰である。この会社潰れた方がいいんじゃなかな?その方が世の為だと思う。だけど一応見てやるって約束はした。だから俺はテキストエディターを開いて、ちゃっちゃとパッチのスクリプトを書く。そしてパッチファイルを作ってデスクトップに置いた。あとは実行するだけ。


「さて。パッチは作ってやったぞ。だから取引しようよ、社長さん!」


 俺はマウスでパッチファイルをドラックする。


「取引だと?!ふざけるな!いますぐにそのパッチでシステムの穴をふさぐんだ!それが君の仕事だ!社会人としての責任があるなら今すぐに…」


「そんなものは俺にはない!この会社に責任があるのは俺ではなくあんただ!!俺は今腹が立ってるんだよ。あんたは俺に金は払わない!そのくせ上から目線で仕事を強制しようとしてるお前の態度にな!だけど俺も鬼じゃない。チャンスをくれてやる。このパッチを作れるのは俺だけだ。つまり今この瞬間この会社を救えるのは俺だけなんだよ!以前受けた仕事の報酬に追加してさらに500万円だ!いますぐに1000万円俺に払え!」


「1000万?!ふざけるな!そんな大金お前如きフリーランスに払えるわけないだろうが!」


「大金?!1000万円が?!馬鹿馬鹿しい!この1000万円はこの会社を救う値段だ!つまりこの会社の価値そのものだ!お前は自分の会社にたった1000万も払えないのか!?愚か者め!」


 俺はパッチを右クリックする。サブメニューから『削除』を選んでマウスカーソルを合わせる。


「やめろ!?待て!早まるな!」


「だったら今すぐ払え。いいか?俺がいなければ会社はどっちにしたって潰れる。だけど今、たったの1000万円払えば会社は生き延びられるんだ。むしろ良心的な取引だと思うぞ?」


 社長は顔を真っ赤にして俺を睨んでいる。だけど頭の中でならわかってるんだろう。選択の余地はないと。だけどプライドが俺への反発を生み出してしまって、うんと言えない。


「だが1000万は高すぎる。…そんな金は…」


 やっぱり金がないというか会社に余裕がないみたいだな。業績は黒でも火の車みたいなことは中小ではよくあることだ。だから最後の一押しをいれてやろう。


「社長さん。このハッキングの責任はそこの営業部長さんにも責任の一端がある。だからそいつをクビにして浮いた分の給料で俺へ支払いをすればいいんだ。それなら損失は限りなく低く抑えられる。どうだ?」


 俺は悪魔のように社長に囁いた。そもそも営業部長が俺のドキュメントを止めて無ければこんなハッキング騒ぎは起きなかった。詰め腹を切らせる必要はどうしたってあるんだ。


「ふざけるなよお前!そもそもパッチを適用しないで脅すなんて!これは明白な脅迫行為だ!訴えますからね!社長!こいつを訴えましょう!絶対勝てますよ!」


 営業部長は俺を睨みながら、社長に縋りつく。だけど社長は酷く冷たい目で営業部長を見下ろしてこう言った。


「君は明日から会社に来なくていいよ。君は首だ!いますぐにこの部屋から出ていけ!!」


「社長!そんな!あんな脅しに従う必要なんてないでしょ!私には家族がいるんです!」


「五月蠅い!お前の家族なんて知ったことか!俺の会社の方がずっと大事だ!とっとと消えろ!」

 

 社長さんは営業部長さんを思い切り突き飛ばした。人間追い込まれると地を晒すものだ。ようは社長さんは綺麗ごとを口にするのが好きなエゴイストだったに過ぎないわけだ。


「1000万円払っていただけるんですね?」


「ああ払う。だからパッチをすぐに当ててくれ」


「ではネット銀行の口座を教えるんでそこへ振り込んでください。いますぐに!」


 俺はスマホを取り出して、社長に見せつける。そこには俺のネット銀行の口座番号が表示されていた。社長はすぐに自分のスマホを操作して、俺の銀行口座に1000万円を振り込んできた。アプリの取引記録にちゃんと10,000,000の文字が刻まれたのを見て、俺はニヤリと笑った。


「金払いの良い人は好きだぜ!ポチっとな!」


 俺はパッチをクリックし実行した。すると部屋に鳴り響いていたアラートは止まり、不正侵入のログはぱたりと止まった。


「ハッカーの痕跡を確認します…ふぅ…良かった…クレカやプライバシーの重い情報は抜かれずに済んだ…良かった…ありがとう神実さん…貴方がいてくれたおかげで助かった…ありがとう。本当にありがとう…!」


 エンジニアリーダーはモニターを見て、ほっと息をついてその場に腰を下ろした。俺のことを涙の浮かぶ目で見つめながら俺を言ってくる。ハッカーの侵入はこれで終わった。ただ塞いだのは暫定的な手法なので、あくまでも時間稼ぎに過ぎない。


「じゃあ。俺はこれで失礼しますね。御社のますますのご活躍をお祈り申し上げます!」


 俺は社長さんにそう囁いてからサーバールームを出て、会社を後にした。後ろから社長さんの雄たけびと何かを蹴っ飛ばすような音が聞こえた。まじざまぁ。だから仕事したって感じがして、とてもすがすがしく、何よりも気持ち良かった。

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