第145話 夢見心地①


「五人もいれば流石に窮屈だな」


 三年を過ごした隠れ家を見渡しながらそう言う怪物はどこか嬉しそうに見えた。


「凄い!滝の裏に隠れ家があるなんてお伽噺とぎばなしだわ!」


 怪物はここを出る時必要最低限の物しか持ち出さなかったので、未だ生活感の残るその光景にエルエルは胸を躍らせているようだ。


「ぐぅ~~~~~~~」


 やがて皆が各々の定位置を見つけて羽を休めだすと、ジェニが空腹を訴えだした。


「確かにお腹空いたね」


「う~~~~~~~~」


 一息のままに、どんどんとゼリーのようにだらしなく崩れていく。


「分かった分かった」


「ぅ~~~~~~~~」


「なっが!後半ほとんど唸り声じゃん!」


 最後の方なんか床に落ちたプリンみたいにグデェっとしていた。


「腹減ったな」


「普通に言えるんかい!」


 その究極にだらしない体勢のまま言ったジェニに苦笑しながら、僕達は夕飯の支度を始めたのだった。






「七割調味料の味やな!うまいけど!」


「肉食だからな。どうしても独特の臭みがある。取るのに苦労した」


 怪物シェフによると、恐龍の肉は細かく切って串にさして、ピーナッツソースや甘い醤油などで濃い目に味をつけて焼いたようだ。


 他にも香草を練り込んだりしていたが、若干の臭みは残っていた。けど、熱々の肉は味わい深い食感でちゃんと美味しい。


「これ止まらないね!」


「ああ、スタミナが付きそうだ」


 山菜に包んで一緒に食べるとさっぱりと食べやすい。


「こっちも美味しい!」


 エルエルシェフの特製サラダも抜群のシナジーを生んでいる。


 直火で炙って塩胡椒なりを振りかけるだけの雑料理ばかりだった僕達の食卓が、エルエルの加入で一気に華やいだ。


 食に関してはどうしても妥協しなければならないサバイバル中に料理らしい料理が食べられるというのはもう最高だ。


 量自体は食べきれない程あるので、今日ばかりは節制を気にする必要もなさそうだ。


 エルエルだけは木の実や果実や山菜を中心に食べている。皆美味しいと言って食べているのを自分だけ食べないのって寂しくないのかな?






 食後の片付けも終わり休憩をしていると、怪物とエストさんはそれぞれ違うタイミングで「槍を研いでくる」「自分磨きして来ます」などと言ってそそくさとどこかへ行ってしまった。


 おかしい……何か変だ……体は元気もりもりで滅茶苦茶ポカポカしてるのに、頭はぼーっと薄い靄がかかったようにぐるぐると考えが纏まらない。


 しかし、不快感はこれっぽっちも感じない。それどころか逆にふわふわして気持ちが良いくらいだ。


 おかしい……絶対おかしい……やっぱりパッチテストはしとくべきだったかも……


「うまかったぁ……」


 足を伸ばして座り、片手を後ろにつきながらもう一方の手でだらしなくお腹を擦っているジェニ。幸せそうな微笑みを浮かべるその唇は油でうるっとしていてどこか艶めかしい。


 ツインテールの間に覗くうなじにも妙に引き寄せられる。短いスカートは乱れ、放り出されたしなやかな生足、その先にある見えそうで見えない絶対領域を覗こうと自然と首が傾いている事に遅れて気が付く。


 ドクドクドクドク……


 温かくなった体をいつも以上に血が巡っている。


「はぁ……はぁ……」


 呼吸も浅く短くなっていた。


 なんてことないいつもの光景のはずなのにどうしてこんな……?


「アニマ?」


 そんな僕の熱心な視線に気が付いたジェニは、目が合うと不思議そうにこてんと首を傾げた。


 胸に乗っかっていた長い髪がさらりと流れ落ち、十二歳にしては発育のいい胸の起伏が上着を脱いだ薄い服越しにはっきりと分かる。


 何だ?只いつものように僕の名前を呼んだだけのジェニに対して、むらむらと湧き上がるこの衝動は!?


 おかしくなった自分の体を不審に思いながら、それでも目を離せずに見つめていると、「むふふぅ」と嬉しそうに幸せそうに笑うジェニ。


 ドキドキドキドキ……


 なんで笑うんだよ……そんな顔されたら……僕……もう……!


「うぇ!?」


 僕はすっと立ち上がると、何の警戒心も無くだらけきったジェニを肩に担いでベッドに放り投げ、すかさずその上に覆い被さった。


「ひゃっ!」


 突如床ドーンされたジェニは明らかに混乱している。勢いよく倒された事で髪も服も乱れて、ボディーラインが強調されたりされなかったり。


 えっっっろ!


 ちゅっ


 なんて気持ちいいんだぁ……ただ唇と唇を重ねているだけなのに、無限と湧き出る幸福感とあのジェニを押し倒して僕からキスしてやったという征服感と僕だけのものにしているという独占欲直撃感!


 一回では満たされる訳もなく、何度も何度も息も忘れるくらいに繰り返す。


 その度にジェニから小さく帰ってくる反応が可愛くてもうどうにも止まらない。止められない。心拍数で声もかき消され、どんどん深く没入していく。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


 唇を離すと、荒い息を整えることもせずにその胸に手を伸ばした。


 もみっ


 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!やわらけぇぇぇええええええええええええええええええええ!!


 薄い服の上からでも力を込めた分だけ跳ね返ってくる弾力とそれでいて包み込むような柔らかさ、それに布団の中のような温かさといい匂いも感じる!


 以前第四層を訪れた時、ジェニは「アニマなら、触ってもええで」って言ってた!しかも今は恋人同士!遠慮することはない!


 そのまま片手でもみもみ揉みしだきながら、もう一方の手でその体を隅々までまさぐった。


 女の子らしい細腕、それでいて筋肉もついている。肩もしっかりしていて、肩甲骨から脇腹に至るまでの柔らかさとしなやかさの裏にある確かな筋肉の膨らみ。


 お腹には縦に線が入っていて、力むと六つに割れている事を教えてくれる。大腿四頭筋、ハムストリングス、ふくらはぎ、その全てが足先に至るまで完璧な調和をとったバランスでついている。


 それでいてごつごつとはしていない所がジェニのいい所だ。筋肉の質が良過ぎる為に触り心地もちゃんと柔らかいのだ。


 だからこそ抜群のプロポーションと女の子らしい柔らかさを両立した無敵の体だと言えよう!ハイブリッドボディーだ!最高だ!マジエロい!


 そして僕の手は胸からへそへ降り、更に下腹部を撫でながらスススとその下へと降りていく。


 ドキドキドキドキ……!心臓はもうはち切れそうな程に脈打ってるし、過剰に送り出された血液が脳みそをぐるぐるとかき乱す。


 あぁ……このまま……本能の求むままにどろどろに混ざり合いたい……時間の許す限りこの愛を確かめ合いたい……あぁ……衝動の赴くままに……


 拝啓お父さんお母さん……僕は今日……男になります……!!


 もう止まらないぞぉぉおおおおお!!


「ひ……ぐすっ……」


 そんな泣き声が聞こえてくる。僕の手もピタッと止まっていた。


「アニマ変……怖いぃ……」


 受け入れてくれていると思っていた最愛の人は戸惑いの涙を流していた。


「王子!正気に戻って!」


 その時、エルエルが僕の肩を両手で掴んでジェニから引きはがした。


「どうしちゃったのよ!?びっくりして動けなかったわよずっと!」


 若干一名のギャラリーであるエルエルは、そんな僕達を見て頬を染めながらあわあわと、自分の目の前で突如として繰り広げられた刺激的な光景に酷く戸惑っていたようだ。


 エルエルに言われて自分がどうしようもなくおかしくなっている事に気づいた。いや元からおかしくなっている事には気づいていたけど、ここまで酷くなっているとは気づいてなかった。


 困惑したジェニがぐずぐず鼻水を啜る音が聞こえているのに、肩を掴まれて向き合っているエルエルの大きな大きな胸に自然と目が吸い寄せられてしまう。


 未だドクドク脈打つ心臓。火照った体は不完全燃焼で……


「ほんと、どうかしてるみたいだ……」


 お預けにされたことで寧ろ余計に……いや違う……!今僕は僕じゃなくなってる!


…………」


 それに気づかせてくれた……心のどこかで恨めしく思う弱い自分もいるけれど、エルエルには感謝すべきだ。


「王子、」


「寝るよ……」


 また意識してしまわないように、魅力的な二人をなるべく視界に入れないように、エルエルの言葉を遮ってでもとっとと横になる事にした。






「ひぐっひぐっ……」


 ジェニの泣く声と、優しく話を聞いているエルエルの声が聞こえてくる。


「泣かないでジェニちゃん。そんなに怖かったの?」


 音だけでも、今エルエルが落ち込むジェニを優しく包み込んで頭でも撫でているんだろうと分かる。


「違う……ジェニは、アニマの事、大好きやのに……ぐすっ……アニマの事、拒絶しちゃったんが……嫌で……うぅ……

 大好きな、はずやのにぃ……本当はそこまで、大好きじゃ……無かったんかもって……ぐすっ……そんなわけないんにっ!……大好きやのにぃ!……苦しいよぉ……」


 その後はもう何を言っているのかほとんど聞き取れなくなってしまったけど、エルエルはずっと優しく包み込んでいた。






 やがて泣きつかれて眠ってしまったジェニは僕の隣で背を向けて眠っている。灯りは消され、ベッドの方からはエルエルの寝息も聞こえてくる。


 あぁ……誰だって知らないものや分からない事が急に押し寄せてきたら怖い。僕だってそれで怖い思いをしたことは沢山あったはずなのに……


 しかもジェニはそんな僕に腹を立てるでもなく、ただ拒んでしまった自分自身に対して涙を流していたんだ……


 最低だ……


「アニマ起きとる……?」


 自己嫌悪に次ぐ自己嫌悪。自責の念に駆られるがままに自分を責め続けていた時、背を向けて眠っていたはずのジェニからそう聞こえた。


「……ギンッギン」


 なんて言っていいのか分からずに、ただ起きているのだから返事はしなくてはと小さく頷く。


「ジェニな……その……あの……え……えぇ……エッチな事とかなっ……その……あんま分からんから……その……」


 しどろもどろと言い淀むジェニ。きっと言いにくい事を言おうとしているんだろう。あれだけのことをしてしまったんだ。


 泣かせてしまった。別れを告げられてしまっても仕方がないのかもしれない。何を言われても受け入れなくちゃ……何を言われても……


「……うん」


 怖い……たった二文字の返事を返すだけで冷や汗をかき、声はか細く震えて、頭も重く回らなくなる。


「アニマがその……したいって言っても……応えれやん……」


「……うん」


 ああああぁぁぁぁぁ……やっぱり拒絶の話だった……嫌だ……もう聞きたくない……もう……返事なんてするんじゃなかった……


 今からでも寝たふりをしたい……いっそ気絶するまで息を止めていようか……?そうしよう、そうすれば聞いてなかったことにできる……この話も有耶無耶になるかもしれない……


 僕は天才だ……


「やから……」


 聞こえない聞こえない……


「今はまだ怖いけど……」


 あー苦しくなってきた後ちょっとだー……


「大人になったら……ええよ?」


 !?!?


「ぷはぁーーー!!ゲホッゲホッ!!すーはーすーはー!!ゲホッゲホッ!!」


 その瞬間余りの驚きに咄嗟に喋ろうとしたら肺の中に空気が無くて、勢いよく息を吸ったら苦しくなって咳き込み、激しく取り乱しながら聞き間違いじゃないかとジェニを覗き込む。


「こわっ!こっわっ!!何急に!?え!?こっわ!!やっぱこわっ!!」


「こここここわくないよ全然ちょっとびっくりしただけっていうかなんていうかまぁとにかくそんなかんじだから全然いつも通りの僕だよだからスーーー!!」


「息!!」


 最早色々な事がパニックを起こし、ただ怖いと思われるのは嫌で、息も忘れるくらいにつらつらと言い訳を並べる。


「マジで全然怖くないわけだよこれがね優しさに溢れたアニマさほらこの目が嘘ついてるように見える?暗がりだから見えないって?おいおいはははジェニはおもしろいなスーーー!!」


「いや息!!ちゃんと吸ってほらっひーひーふー」


「ひーひーふー……ひーひーふーってちがーーーう!!」


 ほら一緒にというジェニに。


「妊婦さんじゃない!助産師さんでもない!」


 小さな子供のように。


「大人になったらって言った!?言ったよね!?絶対言ったよね!?」


 これだけははっきりさせておかなければと慌てて話を戻す。


「ゆっゆったゆった!言ったけど後悔しそう!あめっちゃ後悔してきたかも!やばい後悔してきた!」


「しないでお願い!言ったって言ったもんね!僕聞いたもんね!約束だから絶対!マジで!!」


 ゆさゆさ揺さぶるとジェニは苦笑し、


「どんだけ必死なん?なんかあほらしなってきた……くすっ大人んなったらな」


 照れをごまかすようにはにかんで笑うその姿に僕は……


「言質とったから!」


 より一層ジェニを好きになったことは言うまでもないだろう。






【余談】

主にインドネシアのコモド島等に生息し、現代のドラゴンとも言われるコモドドラゴン(コモドオオトカゲ)。

獰猛で毒を持ち食用とされることは無いが、彼らの小さな兄弟であるモニター・トカゲ(ミズオオトカゲ)は現地の食卓に並ぶ事もある。

その肉は男性の媚薬および喘息の薬として作用すると言われ親しまれている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る