第102話 史上最年少攻略者
「おい見ろ!転移紋に誰かいるぞ!」
「新たな攻略者が現れたぞー!!一体誰だ!?」
大声を上げて喜びを分かち合っていた僕たち。それに広場にいた人たちが気づいたようだ。新たな攻略者を一目見ようと、続々と人々が集まってくる。
「まずい!怪物!エルエルにローブを!」
瞬時に理解した怪物が纏っていたローブをエルエルにバサッと被せた。エルエルもそれに袖を通す。
ガスマスクをつけて、ボロボロのローブを纏い、フードを目深に被った、怪しさが息をして立っているような状態になったがまぁ仕方がない。
大きな白翼と黄金の天輪を持った美少女など、まず間違いなく注目を浴びてしまう。そしてエルエルの特殊な力が世間に知られてしまえば、それを悪用しようとする輩に目を付けられてしまうかもしれない。
そうなれば僕たちの力ではもうエルエルを守れない。だからエルエルは正体を隠さなくてはならないのだ。
「おい子供がいるぞ!!」
「嘘だろ?あんな子供が!?」
「二人ともびしょ濡れだし、女の子の方は血だらけだぞ!?」
チラホラと集まって来た人たちが僕たちの姿を見て驚きの声を上げる。
「なんか滅茶苦茶デケー奴もいるぞ!?」
「もしかして、あれ……ウガチじゃないのか?」
「バカが!んなわけねーだろ!姿無きフェニックスは全滅したんだぞ!それも三年も前にだ!」
「いや間違いねぇよ!あの巨体は間違いなくウガチだ!あんなデケー奴他にいねーよ!」
「……うわっガチじゃん……じゃあ何か?あいつは三年もクリーチャーズマンションの中で生き延びてたって言うのか!?おいおいおい、有り得ねぇだろ……」
冒険者らしい男たちが驚きすぎて喧嘩のようになっている。また別のとこでは、
「どちゃくそ怪しい人いるんですけど!?男?女?」
「ボロボロのローブの上からでも分かる……女だ……それにデカい……凄くデカい……」
パチン!頬を張り手されたようだ。
だがそれらはたった一つの声に遮られた。
「ブジンさんだ!!!ブジンさんが帰って来た!!!」
「「「え!!?」」」
その一言に、周囲の視線は一か所へと集まった。そして民衆は倒れている人物があのブジン・シャルマンだという事に気づく。
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!
騒ぎは更なる騒ぎを呼び、嘘か誠か英雄の帰還を一目見ようと、周りを押しのけてまで人が押し寄せる。
「全く……やれやれだな」
ブジンさんは「よっこらせ」と立ち上がった。そしてスーッと大きく息を吸い込むと、五臓六腑を震わせるような大音量の声を出した。
「落ち着け馬鹿野郎ども!!!」
その声のあまりの大きさに、周囲は完全に目が点になっている。
「押しつぶされて痛そうにしているそこの女性の姿が見えないか!!?こかされて泣きそうになっているそこの少年の姿が見えないか!!?」
ブジンさんが指さすと、視線が一斉に移動する。
「人として大事なものは忘れるな!!!分かったか!!?」
「「「はい!!」」」
その気迫に、有象無象の集団が統率された軍団のように一斉に返事をする。
「分かったらすぐに行動だ!!!」
「「「はい!!」」」
その言葉を皮切りに、痛そうにしていた女性の近くにいた人たちが女性に謝り、少年には手を差し伸べて、お菓子を上げたりして、無秩序だった集団が適切な距離を開けて静まった。
皆ブジンさんの次の言葉を待っているのだ。
凄まじい統率力。凄まじいカリスマ性。例え負傷していようとも、僕の横にいる人は間違いなく人類史上最高の英雄なのだ。
だが流石に顔色が悪い。
「ブジンさん、余り無茶は、」
「アニマ、仕事中や」
ブジンさんを心配して伸ばした手を、ジェニが制した。赤紫の瞳には「黙って見てろ」と書いてある。
「皆には多大な心配をかけてしまったようだな。かなり人も集まっているようなので、この場を借りて言おうと思う…………チームトウシンは全滅した!!」
民衆は誰一人として声を上げない。誰もが耳を疑ったのだ。
「たった一体の
ブジンさんは悪魔について語った。今まで詳細など知られてこなかったその余りにも恐ろしい存在の事を包み隠さずに語った。
「今クリーチャーズマンションでは悪魔が活性化している!!暫くは入るのを自粛してくれ!!」
それは前代未聞の出来事だった。
「俺がこうしてここに戻ってこられたのは、ここにいる四人のお陰だ!!」
そして僕たちを紹介していく。
「特にジェニとアニマはまだ12歳だ!!どうだ!!凄いだろ!?」
顔色の悪さなど感じさせない程に、ブジンさんは誇らしげに語る。
あれが凄いこれが凄い。ジェニは〇歳の頃にはもう○○が出来た――――――。アニマは剣を初めて一月そこらでクリーチャーズマンションを攻略した――――――。
聞いているうちに僕は何だか可笑しくなってふふっと笑った。大衆を前にして自分の事以上に自慢する。まるで親バカだ。
ジェニも胸を張ったり、恥ずかしがったり、忙しなくリアクションしている。
そんなこんなで最早自慢大会へと変貌を遂げかけたが、続くブジンさんの言葉で民衆は大きく騒めいた。
「俺はもう、冒険者は引退だ」
民衆の中にはショックで泣く者や、嘘だと憤る者まで現れる。それ程に衝撃的な発言だった。
割り切ったようなブジンさんの顔には、どこか悔しさが感じられた。
「だがそう落ち込まないでくれ!今まで俺を応援してくれた人たちには本当に感謝している!皆の声の存在は俺の中で非常に大きなものだった!
……時代は移り変わるものだ!俺の冒険はここで終わりだが、これからはまた新たな世代がどんどん出てくるだろう!だから、これからの、次の世代を応援してくれ!」
そう言って僕とジェニの背中を力強く前に押した。
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
ブジンさんの言葉に民衆は張り裂けんばかりの大きな声で答えた。
「俺は本腰を入れて聖ダン・ザ・ヨン学院での教育に当たろうと思う。冒険者を辞めるといってもまだまだやることは一杯あるからな――――――」
誰よりも多く挑み、誰よりもひたむきに戦ってきた男だ。片腕で攻略できるほどクリーチャーズマンションが甘い所ではない事を誰よりも知っている。
誰よりも知っているはずだけど、それでも…………悔しいんだろうな……
「俺からの話は以上だが、後日また正式な場で話そうと思う!質問したいことなんかはその時にでも聞いてくれ!解散!」
民衆は興奮と動揺とを胸に各々の生活へと戻っていった。
ただし、ブジンさんの帰還と引退。それに史上最年少攻略者の誕生は大きな大きな波紋となり、爆発的に広まっていった。
怪物の帰還は、知る人の間では大きく騒がれたという。
「ジェニ、アニマ。これで二人とも英雄の仲間入りだ!これからは生活が激変するぞ!」
ブジンさんはもう悔しさなど毛ほども感じさせない笑顔で、嬉しそうに、そして楽しそうに言った。
そうか……バタバタしててあまり実感が無かったけど……僕も今日から攻略者なんだ……
ははっなんだこれ……?
胸の奥からどんどん熱いものが込み上げてくる……
顔が自然とニヤついて行くのが分かる……
「やったねアニマ!!」
どさっとそこにジェニが抱き着いてきた。ジェニといると喜びを噛み締める時間もないみたいだ。
なぜならジェニにとって喜びは全身で表現するものだからだ。
僕は少し恥ずかしさに頬を染めながらも、びしょびしょで血まみれのタオルを肩に掛け、気化熱によって表面が冷えた肌、けれども芯は温かく柔らかい体を抱きしめた。
「うん!!」
最高の気分だ!
【余談】
ブジンはアニマから特に剣の事を聞いたわけではない。ただ、温泉に入った時と今との体の変化からアニマがただならぬ努力を重ねてきたのだと見抜いた。
だからこそ自慢するのだ。自分の命の恩人は凄い奴だと。
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