第100話 剣鬼ブジン・シャルマン②


「舐めんなよ……俺は……最強だ!!」


 ブジンさんの体を包むオーラが炎のように燃え盛る。


 悪魔の蹴りがブジンさんの脇腹にめり込む。インパクトと同時にブジンさんのあばらからボキボキと骨の折れる音が聞こえる。


 だがブジンさんはまるで攻撃を受けていないかのようにその太ももを斬りつけた。


 悪魔が初めて目に見える程の鮮血を流す。


 続けて悪魔が爪で貫くのではなく、拳を握ってボディーブローを放つ。それはまたもやブジンさんの腹にヒットするも、ブジンさんは意に返さずに悪魔の脇を斬り裂いた。


 付け根を傷つけられた悪魔の腕は思うように動かなくなり、僅かに動きが鈍くなる。


 だがブジンさんの口からも大量の血が漏れ出てきた。悪魔の攻撃は決して無視できるようなものではない。熟練の冒険者ですら一撃で死んでしまうほどの威力があるのだ。


 それを何度も受けてまだ戦っていられる方が異常だというもの。まず間違いなくオーラが燃えている現象が関係している。


 確か弟将も最後にめちゃくちゃ強くなった。あの時もオーラが燃えていた。


「ジェニアニマ!!!!!!」


 ブジンさんは血反吐を吐きながらもまた剣を振るう。悪魔の攻撃を受けながら。そこにさっきまでの華麗さなど一ミリも存在しない。


 


 へたり込んで動けずにただそれを見ていた僕の手をジェニが強引に引いて階段を駆け上っていく。


 前を行くジェニからはぶつぶつと何か聞こえてくる。


「負けんな……負けんな……」


 っっっ!!


 ジェニはブジンさんから片時も目を離したくはないはずだ!それなのに今自分にできる事を考えて、精一杯実行している!


 無謀ともとれる捨て身の攻撃を、ジェニが黙って見ていられるわけがないのに!


「ぐはっ!」


 悪魔の攻撃を受けたブジンさんは階段に打ち付けられる。


「負けんな!!!オトン!!!」


「はっ……負けねぇよ……!」


 ジェニの声が聞こえたのか、ブジンさんはふらふらと起き上がる。


 両手はだらんと垂れさがり、最早剣を持って立っているのがやっとのようだ。それでもブジンさんは笑う。


 悪魔も血を流している。片足と片腕を斬りつけられ、最初程動きにキレが無くなっている。だが奴は5メートルを超える巨体。血の絶対量が違う。


 明らかにブジンさんの方が満身創痍だ。それでもブジンさんから闘志は失われていない。


 だがそれは強がりにしか見えなかった。


 このままではブジンさんは――――――


 僕に何かできる事は!?考えろ!!


 思考を休めるな!脳みそを回せ!!


 ふらふらのブジンさんに悪魔がとどめとばかりに鋭い爪で突きを放った。ブジンさんにはもう避ける力も残されていない。


 ブジンさんはカウンターとばかりに剣を突き立てた。それは悪魔の胸に刺さり。


 ブシャアアァァ!ぼとっ……


 ブジンさんの右腕が剣を握ったまま地に落ちた。切断された腕からは血がドクドク飛び出してくる。


 悪魔がそれを見てニタァと嗤う。勝利を確信したのだろう。ブジンさんのカウンターはほんの僅かに先端が刺さっただけだったのだ。


「おい……何勝った気になってやがる……」


 ブジンさんはそれでも倒れない。落ちた右腕を勢いよく踏みつけて、その衝撃で浮かび上がった剣を左手でパシッと掴んだ。


「俺は両手剣使い!!両利きに決まってんだろうが!!」


 それは確かに悪魔の意表を突いた。ブジンさんの振るった剣は悪魔の左胸に吸い込まれていく。何度も何度も斬りつけた場所だ。


 いかなる動物も心臓を破壊されれば死に至る。ブジンさんは最初からこれだけを狙っていたのだ。


 剣は左胸を大きく斜めに斬り裂いていく。いかに硬い体を持とうとも関係ないとばかりに。


「俺が最強だ!!!」


 最後の力を出し切ったブジンさんは肩で息をしながら叫んだ。


「…………」


 ニチャァと口角を上げた悪魔。その口から飛び出してきたのは身の毛もよだつこの世の不快を全て混ぜ合わせたような声。


「こいつ……!!!」


 そのただただ悍ましい声で悪魔が喋った。そしてもはや戦闘など出来ないブジンさんの心臓へ向けてお返しとばかりに爪を振りかぶる。


「ブジンさん!!!」


 無我夢中だった。初めて体が動いた。碌に考えなど纏まっていなかったが、今から走っても間に合わないと背負っていた自分のリュックを思い切り投げた。中には食べきらなかった食糧や遺物がずっしりと詰まっている。


 リュックは放物線を描き、腕を振りかぶって最も体勢が不安定になった瞬間の悪魔の顔へとクリーンヒットした。


 !!!


 悪魔は驚愕と同時に体勢を崩して階段を転げ落ちていく。


 今しかない!


 ブジンさんに駆け寄り、腰のあたりに腕を回してブジンさんを支えつつ階段を登ろうとした。


 だがふらつくブジンさんを一人ではとても支えきれない。そこにすかさずジェニが反対側の腰を支えにきた。


「んんん~~~!」


 二人で協力してブジンさんを支える。


 扉は開いていない。それでも僕たちは階段を登るしかない。


「ヘヒャァァ!」


 体の芯から震え上がるような笑い声に振り向くと、階段を下まで転げ落ちた悪魔が顔にそれは楽しそうな笑みを浮かべて階段を四つん這いで猛追してきていた。


「オトン頑張って!!!」


「ヤバい!!!まだ開かないの怪物!!?」


 必死に階段を駆け上がりながら、扉を開けようともがいている怪物を急かす。


 怪物は砕けてしまいそうなほどに歯を食いしばり、筋繊維が千切れてしまいそうなほどに力んでいた。


 扉は僅かに数センチメートルだけではあるが開いている。


「頑張れ怪物!!!」


「頑張れ!!!」


「ヘヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」


「ひぃっ!」


 悪魔はもう半分以上階段を登ってる!凄まじいスピードだ!


「怪物早く!!!」


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 雄叫びと共に重い音を立てながら扉が開いた。


「行け!!!早く!!!」


 限界などとうに超えているのだろう。怪物の切羽詰まった声を聴きながら、僕たちはその横を潜り抜けた。


「来いエルエル!!!」


 だがエルエルだけが来ようとしない。


「無理よ!!!私は外では生きられない!!!」


「知らん!!!いいから来い!!!」


 エルエルは一瞬の逡巡の後、怪物の下を潜り抜けて入ってきた。


 そして遺物を操作すると、光を失っていた転移紋が眩く光り……


 僕たちはランジグへと転移した。






【余談】

悪魔と対峙して生き延びた者はいない。ブジンですら過去の攻略では一度も出会ってない。故に悪魔の正確な情報は大して世間には知られていない。ただ恐ろしい門番がいるとだけ噂されている。

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