第99話 剣鬼ブジン・シャルマン①


おめぇ!」


 階段の下側にいる悪魔からしたら上側にいるブジンさんに位置的優位はあれど、それでも圧倒的巨体から繰り出される攻撃の衝撃に、爪を弾いたブジンさんは顔をしかめる。


「オトン!!」


「ブジンさん!!」


「だがなぁ!!」


 続く二撃目を弾きながらブジンさんは吠える。


「お父さんは、負けないんだよ!!」


 三撃目を強く弾き、悪魔の体勢を少しだけ崩したブジンさんの腕に血管が浮き出るほど力が込められていく。


「最強を見せてやる!!」


 大上段に構えて握りしめた身の丈程もある特大の両手剣の柄からはミシミシと鳴ってはいけない音が僅かに上がる。ブジンさんはその場から勢いよく飛び上がると、空中で一回転し、剣に更なる勢いをつけて悪魔の胸部目掛けて思い切り振り下ろした。


 2メートル越えという重量級の体を持ちながらも、その剣技はジェニのように軽やかかつ豪快だ。闘魂の込められた重い一撃は吸い込まれるように悪魔の胸部に命中し、その圧倒的な衝撃から悪魔が後ずさる。


「凄い……」


 僕の口からはただその一言だけが漏れ出していて、けれどその一言が全てを物語っていた。


「ちっ!」


 舌打ちしたブジンさんは、


「まだまだぁ!!!」


 僕の言葉すらも遮るように叫ぶと、体勢を崩した悪魔へと突貫した。


 階段を蹴り飛ばして再び宙に浮きあがると、斜めに回転して先程と同じ場所に特大剣を叩き込む。揺らめく神父服に更なる切れ込みが入る。


 高速で回転しながら、全く同じ位置に攻撃するというのは恐ろしく難易度の高い芸当だ。それを実戦で、しかも命のかかったここ一番で決めてしまう。


 悪魔は今度はよろけることなくなんとか階段に踏みとどまったが、ブジンさんの攻勢は全く衰えずに瞬時に次の攻撃へと移っている。


 斬り上げ、斬り降ろし、薙ぎ払い、突き、あらゆる攻撃を有り得ない程の速度と正確さで胸部に集中させて叩き込んでいく。


「これが………………」


 目に映る英雄の姿に、僕は命の危機に瀕しながらも我を忘れて見入っていた。


 最強の人物が最強の生物と本気で戦っている。その最中に繰り広げられる極限まで研ぎ澄まされた技巧の数々に思わず目を奪われる。


 悪魔の攻撃は恐ろしく速く、そして強力だ。だからこそ悪魔が攻撃モーションに入る前にその攻撃の芽を潰し、悪魔に一切反撃を許さずに畳みかける。


 たった一つのミスさえも許されない極限の戦闘であるにも関わらず、ブジンさんの攻撃の手は留まることを知らない。


「ロメロ、グリム、ジャック――――――。仇は今、ここで討つ!!!」


 射殺してしまうほどに鋭い眼光で悪魔を睨んだブジンさんの全身に力が込められていく。柄はもう指の形に変形し、壊れてしまうのではないかと言うほどの勢いで階段を蹴った。


 100キログラムを優に超える体が悪魔に肉薄すると同時に、その腕と特大剣が視界から消える。速すぎるのだ。人間の目ではもう追う事すら敵わない。


 僕にだってわかる!これがブジンさんの本気の一撃!最強の必殺技!


鬼鬼断絶ききだんぜつ!!!」


 ニチャァ……


 誰もが決まったと思ったその時、悪魔の口が横に吊り上がったのを僕は見逃さなかった。


 ドゴォーーーン!!!


 およそ剣から出たとは思えないような音が轟く。


「かはぁっ!!」


 だがその場には腰を落として半身になり、両手を左右にピンと伸ばした状態で悪魔が立っていた。


 カランカラン……特大剣が階段を転げ落ちていく音がやけに大きく耳を打つ。


 その瞬間にジェニが息をのんだ。攻撃を打ち込んだはずのブジンさんが階段に激しく身を打ち付けて倒れていたからだ。


「オトン!!!」


 悪魔は楽しそうに肩を震わせる。ゆらゆらと気持ち悪く揺れながら笑っている。まるでバカな獣を嘲笑うかのように。


「おい……嘘だろ……?」


 斬り裂かれた服の隙間から覗いてる、悪魔の胸には傷がある。傷はある。が、その傷は……


「なんでほとんど効いてないんだよ……」


 浅い。浅すぎると言ってもいい。ブジンさんの連撃をあれだけ受け続けたというのに、その胸には猫に引っかかれた程度の傷しかついていなかった。


「オトン!!!オトン!!!」


 ジェニは気絶したブジンさんを必死に揺さぶっている。何度も何度も父を呼ぶその後ろ背に、のそりのそりと悪魔が迫る。


「ジェニ!!!悪魔が!!!」


 僕の声に反応したジェニはバッと後ろを振り向いた。


 でもその時にはもう悪魔は腕を伸ばせばいつでもジェニを殺せる距離まで迫っていた。


「ジェニ……ジェニ……じぇ、ニ……」


 声が裏返って、息が苦しくて、脳に酸素が回らない。内臓が締め付けられるように痛む。手足が冷たい。目と口はもうずっと開きっぱなしだ。


 ジェニを失いたくない!!でも動けない!!さっきから体は根が生えたようにいう事を聞きやしない!!


 いや、仮に動けたとして僕に何が出来る?ブジンさんですら歯が立たなかった相手に、半端者の僕に何が出来る?


 何も……出来ない……


 ブジンさんを背に腕を大きく広げてきつく睨みつけるジェニに、悪魔の手がゆっくりと持ち上がる。


 ああ……ああ……ジェニ……ジェニ……


 悪魔の右手がジェニのがら空きの心臓に迫る。


 パシッ!


「言っただろ……娘に……手を出すな……」


 その右手をジェニの前に躍り出たブジンさんが左手で掴んで止めた。だが全身を激しく打ちつけたためか、鳩尾に掌底をくらったためか、ブジンさんは上手く息を吸えていない。


「ジェニ……アニマを連れて……先に逃げろ……」


「でもオトン剣が……」


「心配すんな……ここにあるじゃねぇか……とびきりの宝剣が……」


 そういうとブジンさんは右手でジェニの肩に下げていた宝剣を抜いた。


 悪魔もただ黙って見ている訳ではない。その間に振りかぶったもう一方の腕でブジンさんを貫こうとする。


 それをブジンさんは斬り弾く。悪魔の腕には浅くだが確かに傷がついた。


「舐めんなよ……俺は……最強だ!!」






【余談】

悪魔の翼ではその巨体を浮かび上がらせるのは不可能だ。故に飾り以上の価値は無いのかもしれない。

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