おひとり様女子の365日ら~めん🍜ライフ

綾瀬アヤト

豚骨らーめん 福○軒 大宮店

 厚生労働省職員にして、埼玉県さいたま市の年金事務所に所属する会社員、乃木遥のぎ はるか

 年齢二十五歳・独身・彼氏ナシ……彼女はいわゆる「おひとり様女子」だ。


 しかし、決してモテない訳ではない。


 否、モテる。

 高身長・スレンダー体型で、しかも美人だと評判だ。

 そのうえ仕事もキッチリとこなし、クレーム対応も丁寧で来庁者にも評判がすこぶる良い。

 そんな彼女がモテない訳がない。


「乃木君、その……今夜一杯どう――」

「――スミマセン、予定がありますので」


「乃木さん! 良かったら今晩、ボクと食事に――」

「――スミマセン、予定がありますので」


「あのー、乃木さん……今日は中途採用の新人さんの歓迎会が――」

「――スミマセン、予定がありますので」


 定時は十七時十五分。

 仕事上がりには食事へ誘われる事もひっきりなしだった。


 しかし遥は誘い文句の内容は問わず、全ての誘いを断って必ず定時に上がる。

 断り文句だって一言一句変わらずに、しかも被せ気味に言って退ける鋼のメンタルだ。(断りのコミュニケーションだけは冷酷だと同僚からの評判が悪い)


 ――何故ならば、仕事上がりに食べるラーメンこそが遥の生き甲斐であり、情熱を注ぐための時間なのだから。



 ◆◆ 🍜🥢🥚 ◆◆



 仕事帰りに遥は一軒の店の前に辿り着く。

 吊り下げられた暖簾を潜って中へ入ると、其処は店内を充満する湯煙がダクトに吸われながらも、なお熱気と活気にあふれたラーメン屋の店内だった。


「さて、今日は『豚骨らーめん 福○軒 大宮店』よっ!」


 意識は大きく、実際は小さな声での意気込みを囁いた。

 券売機を楽しそうに見つめながら千円紙幣を挿入。メニューランプが点灯する。



『ここは何と言っても、一杯五百円のリーズナブルかつ正当派の「豚骨ラーメン」が店の顔!

 そして一個百円でオーダーできる大ぶりな「唐揚げ」もオススメ。

 個人的にこの二つは絶対に外せない。


 そこでなんと!

 ラーメンに唐揚げ二個、そのうえ小ライスまで付いている「満腹セット」が七八〇円と超良心価格で置かれているのが最大の目玉なのよねぇ。


 ……少し量はヘヴィだけど、この時のためにお昼は我慢したのだから、今夜は頑張っちゃう!

 もちろん麺は細麺バリカタ。豚骨系はコレで決まりね』



 一瞬間の思案から食券を押下して発券。

 案内されたカウンターの端席へ腰掛け、「バリカタでお願いします」と告げながら店主へ食券を渡す。かなり固い麺のゆで方だが、更に固いオーダーもあるのだ。


 手荷物バッグを背凭れに置いて浅く座り、長い髪はアップに纏める。

 先出しされた水へひと口――と、している間になんと全てのオーダーが「お待たせしました、満腹セットです!」と出揃ってしまったのだ。


 『全然待っていませんよ!?』と思いつつも、箸を割って満面の笑みを浮かべた。さすがは細麺バリカタラーメン。僅か二分と提供もスムーズだった。

 揃ったセットの写真を一枚だけパシャリと撮影し、密かに声を出して感謝の一声。


「いただきます!」



 ◆◆ 🍜🥢🥚 ◆◆



 まずは麺をリフトアップ。

 バリカタ麺は力強くスープから引き出されると、そのまま遥の口へと運ばれてゆく。細いながらも確かな歯応えが、この麺の魅力だ。


「少しスナック感覚もある弾力……やっぱクセになるわぁ」


 正に噛み締めながら、遥は続きトッピングであるチャーシュー・ネギ・メンマ・きくらげの四点をオンザライス。

 具材をご飯の上に乗せれば、チョットした小丼気分も味わえご満悦だ。


『チャーシューはラーメン丼の端から端へと渡され、まるで一本橋のように大判な一枚。

 バラ肉の素直な脂に胃が喜ぶーっ!

 さすが「にくづき」に「うまい」と書いて脂……王様のトッピングだわぁ。


 ネギは青ベースで正統派とんこつのお供。

 爽やかさが食欲をさらに掻き立ててくれる。


 メンマはいわずもがな。漬け込んだ甘味がスープの塩味と対比されて、双方が際立つ名脇役ね。

 ラーメンに合わせた最初の人出てきなさい。このラーメンを是非ご馳走したいわぁー!


 きくらげはもう豚骨のズッ友ね。

 歯応えと風味が塩味の強弱に一役買ってて、箸が止まらない!


 ……このカルテットをご飯に乗せてしまうという贅沢。

 いや、暴挙を許して欲しい!』


 心情豊かに、されどその顔は一心不乱。

 美しい彼女が真摯に食へ向き合う姿は、他客の箸を止めてしまう効果があるらしい。


 合間に摘まむ唐揚げは遥の拳ほどはあろうか。

 良く味の染みた胸肉。一般的にはモモ肉の方が柔らかいとも言われるなか、ここの唐揚げは相当に抵抗が少ない歯応えだ。それでいてシッカリと胸肉ならではのボリューム感があるのだから、完全にいいとこ取りの一品である。


『これこれぇっ! ライスも間に挟んで唐揚げ定食よっ!』


 一気にライス茶碗は空になってしまう。


 横で見ていたサラリーマン風の男性は替え玉をオーダーする直前であったが、遥の食べっぷりを見て、急遽ライスを追加で頼んだのだ。

 ……否、サラリーマンだけではない。

 寧ろ離れた席の客たちも、ライスやトッピングの追加オーダーをする始末だ。


 そんな意図せず経済に貢献する遥は、次に暴挙へと出てしまう。


「ココへ背徳の香り……にんにくを投入ッ!」


 明日はまだ平日。しかも朝から出勤だと言うのにトンデモな選択をした彼女。

 加えて卓上調味料のゴマを入れるのも忘れず。(紅生姜は遥が苦手だったので見送る)

 お蔭で後半はスタミナ満点のスープへと早変わり。

 狙い通り、少し柔らかくなった麺を一気に掻き込んで残りを完食した。


 レンゲを置いてにんにく風味の吐息をひとつ。

 戦いを終えた彼女が髪を解いて――


「ふー……ご馳走様です!」


 手を合わせてラーメン丼をカウンターへ上げた遥が席を立つ。食後は速やかな退店こそ、ラーメンファンのマナーだ。


 バッグ片手に店主へ一礼をし、颯爽と店外へ出る直前。売り上げに一役買ってくれた彼女へ「ありがとうございますー! またのお越しをお待ちしてます!」と、いつもより張られた声で送り出された。


「満腹ーっ!」


 他の客にも密かに見送られて暖簾を潜る彼女は、視線を背中に受けて伸びをする。

 満足感に包まれつつ僅かに汗ばんだその身体を、夜風は涼しく迎えてくれた。


「替え玉はまたの機会に……ニンニクは勢いでやっちゃったけど、明日はマスクとブレス錠剤で乗り切るぞぉ!」



 彼女は明日の夕食もラーメンを食すだろう。

 それだけは天地が入れ替わっても揺るがない決定事項だった。



 ◆◆ 遥が開設しているラーメンブログ「ラメログ」、本日の記録 ◆◆


 訪れた店:豚骨らーめん 福○軒 大宮店

 オーダー品:満腹セット(豚骨ラーメン、唐揚げ、ライス)


 味:★3.6

 コスパ:★3.9

 雰囲気:★3.5


 ポイント:おひとり様にオススメ。何と言ってもコスパが良く、チャーシューと唐揚げのクオリティは特筆! 大宮では貴重な豚骨専門店で、駅チカのアクセスも◎。秋葉原にも店舗あり。

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