どこまで「嘘」だったのか
- ★★★ Excellent!!!
- 辰井圭斗
想い出の詩、という言葉を見て、良い印象の言葉だなと思うのです。想い出、とそう漢字で書くならば、いや、例え思い出であったとしても、ニュートラルよりもポジティブな言葉に思われます。ひとは案外おもいでというものを信頼しているのか、それとも信頼できないとは知っていながら夢見るしたたかさなのか、分かりはしませんが。とにかく、本編とタイトルで印象に乖離があるなと思ったのです。それが、大変この作品らしく見えました。
繰り返し繰り返し記憶は信用ならないという彼の言葉が示されて、「俺」は「彼女」の言葉によってあることが嘘であったと悟ることになり、それがこの話のメインの帰結であるようにも見えるのですが、どうしてももう一ヵ所目が惹かれるのです。
「自分のことをしっかりと見てくれる安心感がある、っていうかね。」
昏い嫉妬に満ちていたように語られた「彼」との日々は果たして記憶の通りだったのか。あれは「友人」という言葉を口に出さぬまま、その実「彼」のことを理解していた日々でもあったのではないか。それは嘘というより、見方によればということかもしれません。ただ、それならばなお一層、それには気付かない、そしてあそこに至った彼が人間的であるように見えるのです。
追記というか話題が変わりますが、ある程度うまい作家というのは技巧だけで一定以上の作品を書けてしまいます。たとえ、魂がのっていなくてもある程度読まれる作品は書けてしまう。そのことに自分で気付いてから、作家によっては新たな戦いが始まったりもするのですが、そういうことがあるので私はうまい作家の「巧い」作品を読むと少し心配になるのです。で、サトウさんが「うまい作家」であることは衆目の一致するところだと思いますが、本作は技巧と書きたいことが溶け込んでいる良い作品で、そういった心配がいりませんでした。
書き手としては勇気が出る作品でもあります。