武器は装備しても使いたくないぞ






「森が見えてきたぞ!」


 ナシラ出発より三日目の朝。

 都合二度ほど魔物との小競り合いを挟んだ行軍の末、誰かがそう叫んだ。


「ほう、あれが『慚愧の森』か。十字山脈に防壁を張り巡らせる以前は、自殺の名所だったらしいぞ?」


 ジャッカルさん、嫌なこと言わないで。

 こちとら、ただでさえテンション爆下がりなのに。


「その所為で森の魔物が人間の味を覚えてしまい、近隣諸国は一時期、手を焼いたそうだ。そもそも防壁が建造されるに至った遠因とも――痛い!」

「…………うる、さい」


 と。油でも塗ったかの如く饒舌なジャッカルの脛を蹴り飛ばすハガネ。


 珍しい。彼女、凶暴なりに分別は弁えてるため、明確な敵意や害意を示さない限り、案外手出しは控える方なんだが。

 まあ単純に周囲への関心が薄いだけ、とも受け取れるけど。いざやる時は凄絶だし。怖過ぎ。


「…………キョウが……嫌がってる、わ」

「む……そいつは失敬。配慮が足りなかったな、すまん」


 眉根を寄せ、低頭するジャッカル。

 蹴った後、ハガネが何言ったかは声小さくて聞こえなかったものの、いいよ別に。


 第一、アンタの配慮は斜め上な場合が大半ゆえ、寧ろ好き勝手やってくれた方が矛先を避けやすい分、幾らかマシ。


「よし! お詫びにひとつ、プレゼントだ!」


 要らない。どうせロクなものに非ず。気遣い無用。

 そう固辞できるほど自己主張の強い人間だったらと、時々夢想する。


 波打つ空間の歪みから落ちた、ジャッカル曰くのプレゼント。

 差し出されるまま、内心渋々受け取る。嫌だなー。


 ――手袋?


 鞣し革の生地に金属製のナックルガードが備わった、如何にも厨二病が好みそうなデザインの黒いオープンフィンガーグローブ。

 正直、俺の趣味には沿わぬけれど、善意十割の眼差しで此方を見つめるジャッカルの手前、取り敢えず嵌めてみる。


 形も大きさも、ぴったり拳に合うジャストサイズ。

 寸法を測られた記憶、無いんですが。


「クハハハハッ! 君を暗殺ギルドの女郎より連れ戻した後、何かしら身を守る武器が必要と考え、用意していたのだ! 設計はオレ、魔物関連の素材集めはシンゲンとハガネ、製造はカルメンだぞ!」


 武器。オサレ系ファッションアイテムかと思いきや、籠手ガントレットの類らしい。

 言われてみれば、ナックルガードもバイク用などと異なり、尖ってる。


 ――え? これで人とか殴れってこと?


 無理無理無理無理。すごく痛そうだもの。

 ちょっと殺傷性が高過ぎます、先生。持ち物検査とかされたら、お巡りさん呼ばれるレベルだってば。


「案ずるな! そら試運転だ! 騙されたと思って、そこの岩を一発!」


 ぶんぶん首を振るも、ひとまず試せと、手近な岩を指差すジャッカル。


 ……待てよ。魔物由来の武器防具は加工次第で時折、旧時代の遺産や異能ゴスペルほど埒外ではないにせよ、特殊な効果が備わる場合もあると聞く。先日、ハガネが買い求めた短剣のように。そういう代物を『魔具』と呼ぶらしい。

 もしや、外見に反し意外と安全な道具なのではなかろうか。例えば、殴ってもダメージを与えず意識だけ刈り取る、みたいな。


 半信半疑、俺は己より少しだけ背丈の低い岩にジャブを打ち込む。


 果たして我が予想は、半分アタリで――半分ハズレだった。


「命名『粉砕爆砕ブレイキング』と『喝采オベイション』! 殴ったものを殴った方に爆発させる魔具! 破壊力は拳の強さに比例するぞ!」

「熱や衝撃に強い魔物の革を使ったので、両手が痛む心配もありませんよぉ」

「いや。粉砕爆砕はいいが、なんで喝采?」


 ジャッカル、カルメン、シンゲンの話し声。

 酷い耳鳴りで、やけに遠く聞こえる。紡ぐ言葉の意味も、全く頭に入ってこない。


 眼前の光景を、ただ唖然と眺める。


 ノーダメージどころか、破片となって吹き飛んだ岩。一気に見晴らしの開けた視界。

 突き出した拳を引き戻すことも忘れ、茫然自失。延長線上に誰も居なくてマジ助かった。


 やがて心身の硬直が解けてからも、何事かと騒ぐ周囲など構っていられず、立ち尽くす。

 少しずつ事態を飲み込み、その元凶たるグローブの嵌まった手を凝視する。


 ふとジャッカルが、後ろから肩に腕を回してきた。

 自然、背中で押し潰れる柔らかな感触。甘い香水の匂い。


「気に入ったか?」


 …………。

 アンタ馬鹿ですか? 護身の範疇、ビル一棟分くらい飛び越えてんだろ。

 使えるかっての、こんな危険物。





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