一章 三節 四項

side out:五ひく一






「よぉ、誰かキョウ見なかったか? 部屋に戻ってねぇんだよ」


 浴場貸切から一夜明けた昼下がり。

 ホテルのロビーへと集まり、ポーカーをやっていたジャッカル達三人が陣取るテーブルに顔を見せたシンゲン。

 そんな彼の問いに対し、女性陣はと言うと、揃って首を傾げるばかりだった。


「ふむ……温泉を出て以降、会ってないな。キョウが夜遊びとは珍しい。フラッシュ」

「…………同じく、よ……ストレート」

「クアッズでぇす」


 カードを捨て、三連最下位ですっかり少なくなったチップ代わりの板チョコを無感情に見つめるハガネ。

 逆に三連勝中のカルメンは、戦利品を積み上げつつ顎に指先を添え、思案の素振り。


「んー。私、ホテルに帰る途中で見かけましたよ? 銀髪の女性と一緒でしたぁ」

「…………銀の、女?」


 胸を掠めた不穏。すっと、ハガネの半眼が細まる。

 それに気付いてか気付かずか、頬杖をついたジャッカルが口を開いた。


「ここらでは珍しい髪色だな。東方人か?」

「もしやキョウの奴、朝帰りかぁっ!? こうしちゃいられん、大人の階段を上った弟分に赤飯のひとつも炊いてやらねーと!」


 手元に炊飯器どころか米すら無いにも拘らず、慌てて走り去るシンゲン。

 そんな後姿を、なんとも言えぬ様子で見送る一同。


「全く……さ、もうワンゲームだ。今度は五枚賭けと洒落込もう、ここまで首位独走された分を一気に取り返させて貰うぞ」


 肩をすくめたジャッカルが、場を仕切り直す。

 どうでもいいけれど、浮遊大陸は南部の一部地域でしかカカオ豆に類する植物が育たないため、必然的にチョコレートは高級品。

 重ねて、彼女達が賭けているのはネットスーパーで買った代物。日本の物価に則った価格設定のため五枚一銅貨だったが、こちらで売りに出せば、不純物の少なさや使われた砂糖の質なども合わさって、その数百倍は値が跳ね上がるだろう。

 正味の話、一枚一枚が銀貨に等しい。仲間内のゲームで使うには、些か高価に過ぎる。


 尤も、ジャッカルは転売や横流しなどの行為を美学に反するとして好まないため、彼女達にとっては元々の価値観そのまま、手軽な菓子という扱いなのだが。


「構いませんけど、種目は変えませんか? ポーカーって計算が簡単すぎて、あんまり面白くないんですよねぇ」

「クハハハハッ。いいだろう、ではダウトだ」


 観察力がものを言う、自分に有利なゲームを臆面もなく提示するジャッカル。

 慣れた手つきでカードを配っていると、伏し目で黙り込んでいたハガネの表情に、少しずつ険が寄り始めた。


「…………カルメン。キョウは、本当に……銀髪の女と、一緒に居た、の?」

「え? えぇ、はい。ちょっと遠目だったんですけど、確かにキョウくんでしたよぉ?」


 ほわほわと肯定するカルメン。

 だが。


「一緒に居たと言いますか、担がれてたと言いますか。運ばれてるって感じでしたけどねぇ」


 そう続いた台詞にトランプを取り落とし、絶句するジャッカル。目を見開くハガネ。

 つまり、それは。


「思いっきり誘拐じゃないか!?」

「……あ。そういう捉え方もありますねぇ」

「寧ろ他に何があるんだ!」


 常軌を逸した知能、埒外な計算能力こそ持てども、天然気質でどこか思考のズレたカルメンが唯一の目撃者であった不幸。

 怒鳴り声を上げたジャッカルは、返す刀で事の結論に行き着いた。


「銀髪、銀髪……って、まさか前にキョウが言っていた暗殺ギルドの女!? だとしたらマズい、急いで探しに行かなければ! シンゲン、シンゲーンッ!」

「あ、あ、待って下さいよぉ~」


 立ち上がる際、勢い余ってテーブルを蹴り倒しつつ走り出すジャッカルと、ピヨ丸を引き連れ、その背を追うカルメン。

 すわ何事かと、ホテルの従業員や寛いでいた他の客達からの奇異の視線が注がれる。


 一方、膝を抱えた姿勢で椅子に座ったまま動かないハガネ。

 やがて彼女は何も言わず、床に散らばったチョコレートを拾う。


 そして。纏めて数枚、粉々となるまで握り潰しながら。心底忌々しげに、歯を軋ませた。


「…………せっかく、見逃してやったのに……あの女ァ……」





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