振り向けばそこに






 ジャッカルといいカルメンといい、ウチの女性陣は男女の距離感に対する認識が俺と噛み合ってない。

 これが酸いも甘いも味わった大人の女か。さりとて、双方を別つ異性への免疫の差を加味しても、些か以上にスキンシップが気安過ぎると思う。


 ……まあ、理由は大体想像できるが。

 ジャッカルは役者。舞台上では一言一句に至るまで身振り手振りを添えるのが当たり前。その延長に近い感覚なのだろう。

 カルメンに至っては日系と言えどスペイン人。価値観に相違が生じるのは自明。


 分かってる。頭では分かってる。本人達に一切悪気など無いことも含めて。

 が、こっちだって健全な年頃の青少年だという事実を、頼むから御配慮願いたい。二人とも、特にカルメンは超がつくほどの美人なのだから。


 ――男はつらいわ。


「がははははっ! なーにキョウ、そう複雑に考えるな!」


 風が心地好い夜半。すっかりと盛況を取り戻した温泉街を歩く湯上がり。

 未だ残るジャッカルの肌の感触を意識の外に追い出すべく努めていると、横のシンゲンに背中を叩かれた。

 痛い。


「俺様も、朝起きたら小さくなったカルメンが腹の上で寝てたりするが、もう慣れた!」


 ああ、うん、時々居るね。知ってるよ、シンゲンとは同じ部屋で寝泊まりしてるから。

 冷え性ゆえ夜は温もりが欲しいとかなんとか。ジャッカルもハガネも一緒に寝てくれないのだと。

 だからって男部屋に潜り込むか普通。ここまで来ると、日本人と欧州人とで異なる価値観云々以前の問題な気が。


 ……しかし、セットで行動する姿もよく見かけるし、ホント仲良いよなアンタら。天然ボケと単純思考で波長が合うんだろうか。

 傍目からも近いものを感じるのは確かだ。両名、俺を弟みたいに扱ってくるあたりとか。


「なんなら俺様がイイ店に連れてってやろうか、んん? を踏めば自然と女慣れもする。くっつかれるくらいは気にならなくなるもんだぞ?」


 ――遠慮しとくよ。まだ十六なもんでね。


「お堅い奴め! じゃあ、あと二年経ったらな!」


 楽しみにしてろよ、と背中をバシバシ叩かれる。痛い痛い。

 仲間内で唯一の男同士、可愛がってくれてるのは有り難いが、もうちょい丁寧な扱いを希望する。俺はアンタと違ってデリケートなの。


 ちなみに余談だが、西方連合の成人年齢は十五歳。飲酒や風俗店の利用、各ギルドへの登録なんかも、そこで解禁となる。

 即ちハガネは本来ならアウトだったんだけれど……なんでも大陸南部に十二歳で成人扱いの国があり、ギルド証の発行元を書き換える強行策でゴリ押ししたらしい。

 いいのかそれと思わなくもないが、登録の時点で特別措置を受けていたとは。流石シンゲン共々初仕事で中級傭兵に昇格した期待のルーキー。

 この分だと上級昇格も何かの拍子でポンとやってのけそうだ。出世が早くて羨ましいね。






「そんじゃ、俺様はちょいと一杯引っ掛けてくるわ!」


 美味なる酒の匂いに誘われ、夜の街に消えて行くシンゲン。

 久々の冷えたビールだとか言って温泉でも散々飲んでたのに。ハンマーで殴られても平気な強靭過ぎる肉体には、同じく頑健な肝臓も備わってるらしい。


 …………。

 さて。一人になってしまったが、どうするか。

 飯はまだいい、長湯で食欲が湧かない。何せジャッカル達が上がるまで出られなかったからな。つくづく濁り湯で助かった。

 腹が減るまで近くの店でも冷やかそう。暇潰し用に本を見繕うか。


 軽く辺りを見回し、ちょうど本屋らしき場所が目に入る。

 向かおうとした瞬間――肩に、誰かの手が置かれた。


 ――?


 一瞬シンゲンかと思うも、それにしては細いし小さい。

 女性陣は揃って垢すりとマッサージを受けてる筈。いくらなんでも終わるのが早過ぎ……る……?


 ――あ。


 何気なく注いだ視線。同時、無意識に声が零れた。


 ひどく真っ白な。あまりにも真っ白な、病すら想起させる左手。

 その指先。五爪を彩る、黒いマニキュア。


 どちらにも覚えがあった。忘れられるワケなどない。

 錆びた動きで振り返る。まさか、何かの間違いだと、繰り返し繰り返し否定しながら。


「やっと一人になったか」


 抑揚に欠ける語調。薄めのアイシャドウで縁取りした切れ長な双眸。気だるそうな鉛色の瞳。

 赤いルージュを引いた唇から深く静かに吐息する彼女――『灰銀』の輪郭を見て取った直後。俺は、なんでここに居るとかそういう疑問は全部放り投げ、まだ遠くには行っていないだろうシンゲンを呼び戻すべく、大声を上げようとして。


「騒ぐな」


 ――んぐっ!?


 公衆の只中ゆえ、手荒を嫌ったのか。

 後頭部を掴み、強く引き寄せての、文字通り押し付けるようなキスによって、敢えなく言葉を封じられた。





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