一章 三節 三項

豪華報酬






「諸君! 今日こそは温泉に行こうじゃないか!」


 温泉街閉鎖の騒動から三日後。

 ホテルで皆と昼飯を食べてたら、朝早くから出かけてたジャッカルが姿を見せるなり、高らかに叫んだ。

 少しは声抑えろよな、舞台の上じゃあるまいし。周りに迷惑だろ。


「ご機嫌ですねぇジャッカルさん。何か良いことでもあったんですかぁ?」

「クハハハハッ、如何にも! さあ、刮目せよ!」


 カルメンの合いの手を受け、掲げ挙げられた一枚の書状。

 知事のサインと判が入ったそれには、大きく『貸切許可証』と記されていた。


「此度の報酬一金貨に加え、温泉街で最も好評な浴場を貸し切らせた! ちなみに金の方は既に分けてある、一人一袋ずつ受け取ってくれ!」


 各自へ投げ渡される革の小袋。片手で掴むと、見た目より重い感触。

 一金貨を五等分ってことは、つまり二十銀貨。

 日本円換算で百万前後にも及ぶ額を、雑に扱うんじゃない。






 温泉街の高台を独占する形で建てられた露天風呂。

 岩場を切り抜いた落ち着きある景観と、町並みを一望できる立地が合わさった、サダルメリクでも三指に連なる人気スポット。


 なるほど。ジャッカルが太鼓判を押すだけあり、見事なものだ。

 この絶景を俺達だけで貸切とは贅沢。沈み行く夕陽に照らされながら入浴というシチュエーションも、申し分ない。


 やっぱり混浴だったが。


「っ……くあぁ、キンッキンに冷えてやがる!」


 持ち込んだビールを大ジョッキで飲み干したシンゲンが、涙目となって歓喜の声を上げる。


 冷蔵庫が無い浮遊大陸に於いて、本来は限られた条件でしか飲めない代物。

 けれども、そう。カルメンの異能アイスエイジによって、まさしく凍る寸前の冷たさを味わえるようになったのだ。


「美味い、美味すぎる! やっぱビールはこうでなくっちゃな!」

「満足頂けたなら、良かったですよぉ」


 温まった岩に寝そべるピヨ丸の傍へと腰掛け、足湯を楽しんでいたカルメンが笑う。


「おかわり!」

「はぁい。ふーっ」


 手を添えての、静かな吐息。

 一瞬で凝華した水蒸気、即ちダイヤモンドダストを伴ったそれが空のジョッキに纏わり付くと、見る見る氷で覆われた。


 正直、温泉ごと俺達まで凍ってしまわないか少々不安は感じているものの、カルメン曰く地下遺跡にて披露した、異能の核心に触れる解放パージとは異なり、ごく断片――表出フェイスという、上澄みに過ぎないものを使っているだけなので大丈夫、らしい。


 細かい理屈はさて置き、冷気を操れるのは実に便利だ。

 西方連合一帯、来月あたりから本格的な夏季に入ると聞くし。


「…………すやぁ」


 ふと別の方を見ると、肩まで浸かって寝息を立てるハガネの姿。ホント、どこでも寝れるのな。

 いつもは流したままの長い髪が、今は頭の上で団子状に纏めてあった。


 ちょっとした出来心で触ってみると、髪の塊だけあって柔らかくも弾力がある。

 癖になりそうな感触。なんだコレ、頼めば普段からこの髪型に変えてくれるだろうか。


「ん……? ふむ、この角度……もしや!」


 よくよく考えたら、眠る虎の尻尾で遊ぶみたいな恐ろしい真似をしていたことに気付くと同時、ジャッカルが勢い良く湯殿から立ち上がる。

 しかも、位置的にほぼ俺の目の前。意外とプロポーションの良い肢体を、間近でまともに拝んでしまった。

 普段の言動があまり女を感じさせない分、ギャップによって破壊力はひとしおだ。

 なんだかんだ、ガワは相当な美人だし。


「ほらキョウ! こっちに来てみろ、凄いものが見られるかも知れないぞ!」


 凄いものは既に拝見させて頂きました。つか隠すぐらいしろ恥知らず。

 手を引っ張るな。諸事情につき今は立ち上がるワケにいかないんだ。


 濁り湯で助かった。膝立ちを保ってどうにか誤魔化しつつ、崖淵まで寄る。

 すると――殆ど沈みかけていた夕陽が、地平線に消える間際。強く緑色に輝いた。


「おぉ!? なんだ今の、すげぇ!!」

「綺麗でしたねぇ……」


 同じくそれを見たシンゲンとカルメンが、感嘆の声を零す。

 ちなみにハガネは寝たままだった。勿体ない。


「緑閃光。中々に稀な現象だぞ。オレも実際目にするのは初めてだ。異世界め、つくづく楽しませてくれる。まるで夢のようだな」


 ほうと溜息を吐き、余韻に浸りつつ俺へ寄り添うジャッカル。ヒールを脱げば彼女の方が低いため、必然、身体を預けられる形となる。

 感動したのは分かるけど、裸で密着するな。


「……本当に、夢でも見てるみたい。私の望んだ全てが、ここには残らず揃っているんだもの」


 ふと耳朶を這う、常よりも甘やかな囁き。

 結局当分このままだったので、素数を諳んじ平静を装い続けた。


「む、キョウ。君、割と引き締まった身体つきだな。何かスポーツ経験でも?」


 腕だの脇腹だの撫で回すな。頼むから。





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