依頼達成






「おぉ皆様! 先程、無事に温泉が湧き始めたと報告を受け、お迎えに上がらせて頂きましたぞ!」


 氷が全て溶けた後、異なる世界で造られた機械の構造を容易く紐解いたジャッカルとカルメンの手によって汲み上げ装置を再稼働。暫し経過を観察、全く異常無しと判断。

 帰り道は恙無く地下遺跡から出た俺達を、喜色満面のハヤック氏が待ち構えていた。


「いやはや、まさか陽も沈まぬうちに解決されてしまうとは! いえ、勿論このハヤック、お会いした時から皆様のことは只者ではないと確信しておりましたが!」


 おべっか丸出し。揉み手なんかする奴、実在したんだ。

 知事って割に腹芸とか向いてないな、この人。


「流石ハヤック様。つい先刻まで『あんな過激派クレーマー集団で本当に大丈夫だろうか』『もし死なれたら私の責任問題に』などと何度も口走っておられたにも拘らず、見事な掌返し。その厚顔無恥ぶりには、ワタクシただただ感服するばかりで御座います」


 大仰な身振り手振りと合わせ、つらつら並ぶ、ありきたりな美辞麗句。

 その全てを台無しとする、後ろで控えていたバトラー氏が発した台詞に、ハヤック氏の表情が面白いくらい引き攣った。


 まあ、そんなことだろうとは思ってたけど。

 絶対に良い第一印象ではなかったよね、俺達。


「……は、ははっ、ははははっ。バトラー、居眠りでもしていたのではないか? どうか皆様も誤解なさらず。そのような世迷言、私は一切――」

「キルヨ様を『変な色の髪』、シンゲン様を『頭が悪そうな原始人』、カルメン様を『胸は無いものの腰つきがけしからん小娘』、ハガネ様を『根暗チビ』、そしてジャッカル様を『クレーマー眼鏡』と――」

「黙れぇッ!! お前って奴は、なんで、よりにもよって本人達の前でバラすかなぁ!?」


 想像以上に言いたい放題だった。変な色の髪って。

 あと、キルヨじゃなくてキョウな。ひっでぇ間違え方。


「誰が原始人だコラ。学校の成績はドベから数えた方が圧倒的に早かったのは確かだが」

「セクハラって、この世界でも訴えたら勝てますかぁ?」

「…………むかついた、わ」


 俺、普通の黒髪にメッシュ入れてるだけなんだけど。

 そんなに変? やめた方が良さげ?


「クハハッ、クレーマー眼鏡か……今の話、是非とも詳しく聞きたいものだな、知事?」

「ひぃっ!? も、もももも申し訳ございませんっ! 謝礼はたっぷりと致します、だからどうか命だけはー!!」


 邸宅でサーベルを向けられた体験が相当トラウマらしく、土下座まで晒し、許しを乞うハヤック氏。

 気持ちは分かるけど、仮にも一都市の代表を預かる立場の人間が軽々しく地面に頭擦り付けるってどうなの。

 こりゃ支持率が下がるワケだと、なんとなく納得した。






 相談の末、謝礼云々の言質も取ったし、ハヤック氏の陰口に関しては手打ちという結論に落ち着いた。

 邸宅まで乗り込んだ件も、これで有耶無耶だろう。


 尚、温泉だが、流石にまだ湯温が低いため、再開はやはり明朝あたりになるとの話。

 遺跡にボイラーでも積んであればすぐだったんだけど、無いものは仕方ない。


 なので、今日のところはホテルまで引き上げることに。

 熱いシャワーを所望する。低体温症こそ免れたとは言え、このままじゃ風邪引きそうだ。


 …………。

 ただ、そんな帰路の只中。

 を聞かずにいられなかった俺は、長い逡巡と葛藤を経た後、口を開いた。


 ――あー。なぁ、ハガネ。


「…………ん」


 横を歩く彼女が、視線だけ此方に向ける。

 俺が離れてからずっとそうしてるように、すんすんと、着物モドキの振袖や自分の髪の匂いを嗅ぎながら。


 ――もしかして俺、汗臭かったりとかしたか?


 意を決し尋ねたはいいが、頷かれたらどうしようと気が気でなかった。

 普段から身嗜みには割と手をかけてる分、きっとしばらく立ち直れない。

 くさいって、軽く言葉の暴力だよね。ナイフで腹とか刺すレベルの。


「…………別に」


 否定するなら嗅ぐのやめてくれ。不安になる。


 ……まあ、ハガネの性格や普段の言動を鑑みるに、気遣いで言葉を濁したりはしない筈。

 よって大丈夫、俺大丈夫。大丈夫。大丈夫。


「…………すんすん」


 でも取り敢えず、帰ったら念入りに身体を洗おうと思った。





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