気まぐれ






 死にかけジャッカルの息が落ち着くまで待ってたら、当たり前だがシンゲン達を見失ってしまった。

 と言うか、そもそも律儀に追い続ける必要は無かったんじゃ。


「…………何してる、の?」


 ふと平坦な語調で話しかけられ、振り返る。

 誰かと思えばハガネ。いや、声で分かってはいたけど。


 ――部屋で寝てたんじゃないのか?


「…………さっき起きた、わ……で……何してる、の?」


 手持ち無沙汰なもんで、ジャッカルと一緒にクレープ食べてる。

 お前もどうだ、と食べかけを差し出したら、普通に受け取られた。

 冗談だったんだが。


「…………おいし」


 歯型を舌先でなぞるようにカスタードクリームとチョコレートソースを舐め取るハガネに、取り敢えず一連の出来事を伝えておく。


「…………そう」


 彼女は俺が話を終えるまで黙っていたが、やがてクレープを噛みちぎる。

 次いで残りを再び俺の口に突っ込み、踵を返し、立ち去ってしまう。


 相変わらずの自由人。

 そして、どうやら間接キスって概念は、アイツの中には無いらしかった。






「…………捕まえてきた、わ」


 合流したシンゲンが、もう少しのところでバナナみたいな果物の皮に滑って取り逃がしてしまった、なんて今日び冗談でも聞かない珍事を語る最中、ふらりと建物の陰から現れたハガネ。

 短く淡々と述べる彼女は、気絶し白目を剥くスリのオッサンを引きずっていた。


「おおっ! コイツはまさしく! 助かったぞハガネ!」

「ふむ……どういう風の吹き回しだ?」


 喜ぶシンゲンを他所、怪訝そうに尋ねるジャッカル。

 確かに、ハガネが手を貸すなど俺も予想外。


「…………手伝わないとは……言わなかった、わ」


 どうでも良さそうに告げ、腰のサーベルを、つぅっと指先で撫ぜる。

 好奇の視線が鬱陶しかったのか、そのままハガネは俺の後ろへと隠れるように立ち位置を移した。


「がははははっ! 何はともあれ確保だ! オラ財布返せ!」

「ぐべほっ!?」


 文字通り叩き起こされるスリのオッサン。

 いくら同情の余地皆無なコソ泥相手とは言え、もうちょい加減しないと死ぬぞ。






 盗まれた金を取り返した後、オッサンは滞りなく警備隊に引き渡された。

 最後までキャバ嬢と思しき女の名を叫んでたあたり、救えない。水商売に入れ込んだ人間の末路のひとつとして、よく覚えとこう。


 尚、シンゲンは昼間に大声で喚き散らしながら散々あちこち走り回ってた件も合わせ、事情聴取のため任意同行中。

 万一、話が拗れたら面倒なため、弁の立つジャッカルも付き添った。


「あぁ楽しかった。ピヨ丸ちゃんも、乗せてくれてありがとうねぇ~」


 空が橙へと染まった夕刻。残る三人と一匹で、昼間より人気の減った通りを往く。

 右隣にはピヨ丸を肩に留まらせた上機嫌なカルメン。左隣には目を閉じたまま歩く無表情なハガネ。なんとも対照的。


「今から、どうしましょうか。帰りは遅くなりそうだと言ってましたけどぉ」

「…………どうでもいい、わ」


 しかし歩きにくい。ハガネは兎も角、カルメン近い。

 スキンシップに抵抗の無いタイプなのは分かってるが、こう寄り添われては一歩一歩で気を遣う。

 エスコートって大変。世の彼女持ちの苦労が偲ばれる。

 今度シンゲンに歩幅歩調を合わせるコツでも聞こうか一瞬だけ考えたが、アイツの場合は縮んだカルメンを背中にくっ付けてるのが大半だったわ。聞くならジャッカルにしとこ。


 あと……できれば腕を組むのは勘弁して欲しい。

 何故なら『灰銀』のことを思い出すから。ぶっちゃけ、今も少し背筋が冷えてる。

 あの女と比べたら、カルメンは肘に当たる柔らかさが控えめだけど。


「…………キョウ」


 どう言ってカルメンに離れて貰うか考えていたら、不意に逆側の袖を引かれた。

 誰、と疑問を挟むまでもなくハガネである。


 ――どうした?


「…………ん……いいえ。なんでもない、わ」


 少しだけ開いた瞼の隙間から覗く赤い瞳は、なんでもないと受け取るには些か剣呑な色を伴っているように窺えた。

 が、本人が言うなら深く追求はしない。俺はそういう人間だ。


 ハガネは何か思案する素振りを見せた後、やにわ俺達と別の方へ向かってしまう。

 止める間もなく彼女が裏路地に踏み入る間際、鋭く響いた口笛の音。それを聴いたピヨ丸がビクッと身を震わせ、消えた背中を追うべく急ぎ飛び去る。


 瞬く間、二人だけとなってしまった俺達。

 如何したものかと顔を見合わせ――取り敢えず、晩飯にでも向かう運びとなった。


 ちなみに、結局離れてくれとは言い出せなかった。楽しそうなところに水差すの、苦手なんだよ。

 結論。女性と腕を組んで歩くのは、ひどく肩が凝る。






「…………出てきな、さい……いつまで、つけてくる、つもり?」

「チッ……いつから気付いていた?」





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