スリを捕まえろ






 周りの建物よりも高い空を、ピヨ丸が旋回する。


 人間一人一人など米粒大だろう距離。けれど、ワイバーンの視力は猛禽類をも凌ぐという。

 だとしたら、例えば仲間内で一番視力の良い俺が目の前で見るよりも遥か鮮明に、眼下の全通行人を捉えている筈。


「さっきの小僧から聞いたスリの特徴は教え込んだけどよ、そもそもアイツに人の顔って区別できんのか?」

「可能だ。魔物の大半は最低でもカラス並みに賢い」


 つまり生物の中じゃ相当頭が良い部類か。

 シンゲンの疑問に対するジャッカルの返答を聞いて、なんとはなし、そう考える。


 と。思案に耽る意識を引き戻すかのように、甲高い鳴き声が響いた。


「見つけたようだぞ」

「御用だぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」

「きゃーっ♪」


 ピヨ丸の向かう先へと突撃するシンゲン、その肩に張り付いた二頭身形態のカルメン。

 人混みなど物ともせず掻き分け、直進して行く。まるでブルドーザーか除雪車だ。

 凄まじい。同時に迷惑甚だしい。やるなっつったのに。


 ――すいませーん、通りまーす。


「失礼、失礼、失礼……」


 がら空きとなった道を小走りで抜け、ジャッカル共々二人を追う。

 ざっと見た感じ、どうやら通行人に怪我はさせていない様子。

 良かった。この人数だと、謝罪の菓子折り用意するのも相当な苦労だし。






 しばらく走った後、角の向こうに消えたシンゲン達。

 相手は身長二メートル近いデカブツ。はぐれる方が難しいけれど、一応こちらも少しだけ足を急がせる。


「あぁっ!? テメーは昨日のオヤジ!」


 タンクトップ越しの鎧じみた背中、逆立った白髪を再び視界に収めると同時、耳朶を叩く大声。

 カルメンとは別の意味で目立つ存在感の化身に駆け寄ると、何やら中年男性と相対していた。


「む。団子鼻の横に大きなホクロ、やや小柄で恰幅良し……間違いない。奴だ」


 あとシンゲンの反応を見たところ顔見知りっぽい。

 これは益々、犯人の可能性が出てきたんじゃないのか?


「シンゲンさん、お知り合いですかぁ?」

「昨日この辺を散歩してた時に声かけられた! だっつってな!」


 きんにくうらないし。


「クソッタレめ、さては筋肉相を見るとか言って俺様の身体を触った時に財布スりやがったな!?」


 きんにくそう。


「ケチなコソ泥が! よくも『千年に一人の筋肉をお持ちです』なんて出任せで煽ててくれたな!」


 そいつは合ってると思う。


「な……何を仰られているやら分かりませんな。スリ? この私が、ですか?」

「るっせぇ、ネタは上がってんだ! 財布返せ!」


 いや、証拠ひとつねぇよ。

 シンゲンお前それ、絶対言ってみたかっただけだろ。


「……ち、ちくしょう! なんでバレたんだ!」

「あっさり吐いたな。まあ、視線の動きや声の震えで丸分かりだったが。シンゲンの恫喝を受けて尚、とぼけていられる胆力があるようにも見えんし」


 流石は歩く嘘発見器ジャッカル。役者の観察眼って凄い。

 しかし、しらみ潰しも覚悟してたが、まさか調査開始から一時間足らずでスピード解決するとは。


「さあ、神妙にお縄を頂戴――」

「こんなところで捕まってたまるかぁッ! 今日も明日も明後日もスってスってスりまくって、その金でミラルダちゃんにバッグとネックレスを買ってあげるんだ!!」


 あ。逃げた。意外と足速い。

 つかキャバ嬢か何かに貢ぐ金欲しさのスリかよ。世も末だな。


「待てやゴルァ! 俺様の名誉を貶めたんだ、そう簡単に逃げられると思うなよ!」

「ピヨ丸ちゃん、レッツライドオン♪」


 見た目よりも俊敏な身のこなしで雑踏を走り抜ける、スリのオッサン。

 対し再び人間ブルドーザーと化し、人混みを直進するシンゲン。

 カルメンは近くを飛んでいたピヨ丸に飛び移り、その背へと跨る。二頭身形態のまま。


 マジ今更だけど彼女、質量保存とかどうなってるんだろう。一度抱えたことあるが、サイズ相応の重さだった。


「追うぞキョウ。面白くなってきた」


 ――アンタもアンタで楽しそうだな。





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